第14話 万国の労働者よ、あべこべなれ
「――誰に言われたか知らないけれど、
さっさと帰れと鋭く貫く視線に「はいそうですか」と頷く訳にはいかない。ミエコは同じ入口から入ってきたヒノエに向かって、拳を降ろしながらも睨み返した。
「……やっぱり怪異が原因なのね。
「
「え……」
音もなく近づいてくるヒノエの
「危険な怪異が居るって言ってるの。アナタじゃ何の役にも立たないわ、邪魔なだけよ」
冷たい言葉――。
級長の
「ごめんなさい。……でもね、私も此処に来なきゃいけなかったのよ」
――
そう言葉にしようとした瞬間。
天井からぶら下がった白熱球が突然激しく瞬き始めた。バチバチと
「なッ、なに?」
「――ッ! 危ない!」
ヒノエが飛び出すように駆け寄り、ミエコの襟首を掴んでぐいっと引き寄せた。「キャッ」と短い悲鳴が漏れた直後、彼女の立っていた場所に何か大きな物体が落ちてきた。
ガンッ――、と大鐘鳴るが如く、耳を
「……これは」
ヒノエの肩越しにミエコは見た。
舞い上がる
横たわっていたのは金属製の
大きさ
「危ないじゃないの、まったく」
ヒノエが飄々と呟く。
ミエコは拳に力を入れて気を落ち着けた。
「なんで、……なんでこんなものが上から……」
あるはずがない。
これは工場の
すべては
――ヒヒヒヒヒヒ!
何処からともなく甲高い声が響き渡った。
脳髄を錐で抉るような甲高い男の声だ。伊沢のバリトンと対を成すような声色に、ミエコは辺りを思わず見回した。
「だ、誰――ッ!」
『毎日毎日くっせぇ靴ばっか入れられて、俺ぁ空を飛びたくなったぜぇ! ヒヒヒヒヒ!』
跳ね返ってくる
ミエコ眉間が自然と寄ったが、それは無意味だとミエコはすぐに悟った。
――
――お父様が言っていた、あべこべ現象の原因。
「あんたがこの工場を騒がしている怪異、ね」
努めて冷静に語調を鎮める。
舐められぬよう、刺激しないよう慎重に言葉を選んだが、怪異は気遣いなどお構いなしに放言を繰り返した。
『
『毎日休暇という名のロウドウ! レッツ・ストライキ!』
『聖戦、停戦、はい敗戦! コーマイなお言葉なんて誰も聞いてねぇぜ!』
『万国のロードーシャよ、バラバラになれ! ――ヒヒヒヒ!』
何処かで聞きかじったであろう
「聞くに堪えない暴言を吐くのも今のうちよ。大人しく
――ヒヒヒヒヒヒヒヒ!
面妖な高笑い。
その声に呼応するように白熱灯はバチバチと瞬き爆ぜる。2階の窓はビリビリと震え、静まりかえっていたコンベアが、――きっと逆なのだろう、けたたましい音を上げながら動き始めた。
この
「伊沢さんは?」
「――非番。アナタもさっさと帰って寝た方が良いわよ」
酷く
――帰すつもりはないのね。
そっちがその気なら、こっちも応えてやるまでだ。拳に力を入れ、ヒノエに背中を預けるように肩を寄せた。
「相手は?」
姿の見えない敵。
どこから来るか分からない。
ヒノエはチラリと視線を寄越すと、深い溜息をつきながらも錫杖をくるりと回して虚空に向かって構えた。ミエコの背を守るように、彼女も背中を預けた。
「
「あ――、天邪鬼ゥ?」
日常の比喩でしか使わない言葉。
ミエコが
『ヒヒヒヒ! 神も鬼も男も女も、もうどうでも良いぜェ!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます