怪異 つららめ
つららめという怪異がおります。
漢字で書くと「氷女」。
まぁ、別の名がしれておりやす。
いわゆる雪女ってね。
見た目はヒトと、なんら変わりゃせんそうです。
透き通る雪のような白い肌。
絶世の美女なんだとか。
このつららめは元々は人間の女なんだそうで。
悲恋の果ての思いが重なり、混じる。
元は清らかな想いも、やがては穢れる。
そんなものの成れの果て。
それがつららめになると。
つららめは人間のフリをして、人里に現れ人間の男を氷漬けにして連れ去るんだとか。
悲恋を果たそうとでもしてるんですかねぇ。
ーえぇ?
つららめを祓う方法ですかぃ?
難しいことをお聞きなさる。
確証はありんせんが、ひとつお聞かせできる話がごぜぇますな。
これは100年ほど前の山奥の村での話らしいですが。
ある男が険しい冬山に入っていった。
通常、冬山に入っていくことはありんせん。
えぇ、お分かりの通り。
死にに行くようなもんですから。
でもね、そうせざるを得ん事情がありやした。
あまりにも雪が降りすぎるのです。
秋頃から何故か雪がふりはじめ、実るはずの作物はたちまちに枯れてゆく。
狩りに出ようにも雪深く動物の姿も見えやせん。
細々と食いつないでおりやしたが、この冬を越えられんことは目に見えておったのです。
体力のない女、子供から倒れていきやした。
それは、その男にも例外ではありんせん。
最愛の妻子が倒れ、たとえ命を失うとしても動かずにはいられんかった。
少しでも食べられるものを.....。
そうして山に踏み入ったワケです。
だけれどね、そう甘くはない。
吹雪く雪に足跡は消され、男はたちまちに迷ってしまった。
先も見えなけりゃ元来た道ももう知れず。
出来るのはひたすらに歩みを進めるだけ。
どれだけ歩いたのかも分からない。
男がもう諦めてしまおうかと思った時、目の前に小さな山小屋が見えやした。
見覚えの無い小屋で、幻かとも思いやしたがそれを頼る以外のすべもございません。
ゆっくりと近づいていくと、小屋の戸が開き中から雪のように透き通る美しい女が出てきやした。
「こんな吹雪の夜に何用で山へ。
お入りなさい。」
女に導かれ、男は山小屋に入りやした。
囲炉裏の焚かれた小屋は天国のように暖かかったでしょう。
「こんなものしかありませんが、体を温める足しにしてください。」
差し出された椀には山菜と獣肉の汁。
これ幸いと男は1口飲んだがそれ以上は飲めやせん。
妻子の顔が、強く浮かんだんでしょう。
代わりに、大粒の涙を流した。
驚いた顔の女に、男は事情を話し、汁の礼と村に戻ることを伝えた。
残した汁を村に持ち帰りたい事も伝えた。
「そんなことが.....汁はお持ち頂いて構いません。ですがいま外に出れば確実に死ぬでしょう。せめて夜明けまでは休んでいきなさい」
男は悩んだが、女の言うことにも一理ある。
早く帰りたい気持ちを抑えて小屋で休ませてもらうことにしやした。
いかほど時間が経ったか。
疲労困憊の男は横になり休んでおりやした。
でも、男はなんだか違和感を感じました。
冷たくて仕方ない、先程までの小屋とはまるで違う凍っているかのような寒さ。
ふと顔を上げると目の前には女が立っておった。
先ほどとは打って変わって温かみの微塵もない顔。
女は、つららめだった。
目当ての男を探してこの村近くの山に現れたんです。
男の体は氷に包まれていきます。
男は全てを悟りやした。
女はこの世のものではないこと。
その女に殺されるだろうこと。
村に訪れた異常な雪の原因はこの女であろうこと。
と思いたって、男は叫んだ。
「待て!これからおれはどうなる。」
女はクスクスと笑いやした。
日常茶飯事の命乞いとでも思ったのでしょう。
「知れたこと。氷に漬けて故郷の山に持ち帰るのさ。心配しなくても痛くはないぞ。ただ死に絶えるだけよ。」
ところが、それを聞いた男は笑ったんです。
それどころか、早くしろとまでいう始末。
そんな男は今までにおりませんでした。
たまらず、つららめは男に問うた。
「なぜそんなことを言う?死が恐ろしくはないのか」と
男は言います。
「この異常な雪はお前のせいだろう。ともなればお前がおれを故郷に連れ帰るのなら、村に残した妻と娘は助かる。これほどにありがたいことはない」
つららめは震えた。
つららめは悲恋の果ての存在、悲恋を果たそうとする存在です。
一方で、男は深愛。
悲恋とは対局を表しておりました。
「愛するもののために己の命を差し出すというのか?」
「愛するものがいない世界で自分が生ながらえる意味があろうか。もしも救える機会ならおれは喜んで命をかける。」
男が答えた瞬間、つららめは溶けるように消えていった。
男はそこで意識を失った。
次に起きた時、男は驚愕した。
小屋も女も跡形もなく消えうせ、山の横穴に倒れていた。
そしてあれほどに酷かった雪は止み、段々と溶けようとしていた。
そして傍らには見覚えのある山菜と捌かれた獣肉が置かれていた。
それが、昨夜の出来事を夢ではないと強く思わせた。
ともあれ、つららめと雪の危機は村から去ったのだ。
.....とまぁこういった話でして。
えぇ最初にも言った通り、確証はありません。
ただ、こんな話もありやす。
雪女を成仏させるには親愛を持って抱きしめ、女を溶かすまで離さないこと。
なんてね。
兎にも角にも、悲恋の結晶、つららめ。
その存在には多くの情念が渦巻いているのでしょうや。
その存在を救い祓うものが親愛という情念であると聞いても、あっしは不思議には思いませんねぇ.....。
おっと、刻がきたようで。
これ以上はムリなんですよ。
初めにも言ったがこれは「怪異譚」。
理の外の話ですから。
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