伝心

祇光瞭咲

***

 私には特殊能力がある。

 おそらく、人一倍運の悪い私に、神様が同情して特別な力をくれたのだろう。私は自分の身に降り掛かる危険を事前に察知することができるのだ。


 私は本当に運の悪い子供だった。住んでいたマンションの屋上から植木鉢が落ちてきたり、工事中の看板が倒れてきたり。一酸化炭素中毒で死にかけたこともあったし、階段を下りようとしたら突然足元にビー玉が転がってきたこともある。けれど、そのたびに私は身の危険を察知して、事故を回避することができていた。


 何か事故に遭いそうな時、必ず妙な胸騒ぎがするのだ。背筋がぞくりと湧き立って、居ても立っても居られなくなる。そうした予感によって何度も命を救われたので、やがて私は自分の危機察知能力を信じるようになった。


 私があまりに運が悪いことについて、両親は酷く心配していた。一度ならずお祓いにも行かされた。妹の亜美とは四六時中一緒にいるけれど、亜美には私のような経験がない。明らかに私だけが、事故に遭いそうになる確率が極端に高いのだ。


 そんな私が大学進学を機に独り暮らしをすると言い出すと、両親は強く反対した。


「独りで暮らすなんて危険すぎる」

「何かあったらどうするんだ」


 両親はそう言って私を引き留めようとしたが、合格した大学は自宅から通うには遠すぎたし、何より私自身が独立することを望んだのだ。結局両親は私の意思に根負けし、独り暮らしを認めてくれた。

 心配の言葉ばかり掛ける周りの人々に対して、前向きに応援してくれたのは妹の亜美だけだった。


「頑張ってね、真美お姉ちゃん」


 亜美は目に涙を浮かべながら、家を出る私を見送ってくれた。


「たまには実家に帰ってきてね。約束だよ」


 意外なことに、私の四年間の大学生活は平穏そのものだった。皆の心配をよそに、危険な目に遭うことは一度もなかったのだ。もちろん、危険を察知する特殊能力も一度も働くことはなかった。


 大学生活は楽しかった。勉強にサークルにアルバイトに、と精力的に学生生活を謳歌していた私は、在学中ほとんど実家に帰らなかった。帰ったのは年末年始の数日間だけ。それでも、毎日を楽しんでいる証拠だから、と両親は許してくれていた。

 だけど、楽しかった毎日は大学四年生の冬に終わりを告げた。両親が交通事故で亡くなったのだ。地元には珍しい大雪が降った日で、車がスリップして民家の石垣に衝突してしまったのだという。運転していた父はもちろん、助手席の母も、救急隊員が駆け付けた時には死亡していたそうだ。


 私は大学の近くで内定を得ていた会社を辞退し、実家に戻った。私と妹は二人きりになってしまった。

 両親のいなくなった実家は、とてもとても広く感じた。どんなに暖房を点けても暖まらない。私と亜美に残されたのは、両親に掛けられていた保険金だけだ。二人分なので金額は多かったけれど、代わりに失ったものがあまりにも大きすぎる。亜美はそのお金を専門学校の学費に当てたようだけれど、私にはそんな風に前を向く気力はない。新しい就職先を探す気にもなれず、咽び泣いて毎日を過ごした。


 実家に戻ったことをきっかけに、私の不運は再発した。同時に、危険を感じる特殊能力も戻ってきた。


 ぐっと冷え込んだ二月のある日。

 私は久しぶりにあの感覚を味わった。


 その日は友達と出掛ける予定があった。塞ぎ込む私を心配し、中学時代の友人がドライブに行こうと誘ってくれたのである。それは両親の事故のために車の運転ができなくなった私のリハビリも兼ねていた。


 ぞわり、と。

 胸のざわめきを感じ取った私は、出発の予定よりもだいぶ早く起き出した。薄っすらと明るんだ早朝。出歩いている者は誰もいない時間。


「そうだと思った」


 駐車場にしゃがみ込む黒い影に向かって、私は言う。


「やっぱりあんたのせいだった」


 亜美が立ち上がる。私と瓜二つの顔を火照らせて。白い吐息が明け方の空へと昇っていく。


「お父さんとお母さんのことも、そうやって殺したの?」


 私は車のマフラーに目を向ける。マフラーには透明な丸い何かが詰め込まれていた。氷だ。


 両親が事故に遭ったあの日、亜美は両親の車にも同じ細工を施したのだろう。マフラーを塞がれて行き場をなくした排気ガスは、エアコンのダクトを通って車内に戻る。亜美はそうやって両親を一酸化炭素中毒に陥らせた。

 中毒症状によって意識を失った両親は、交通事故を起こす。通常、死因が見て明らかな場合は検死解剖など行われないから、両親は問題なく事故死と判断された。細工に使った氷は事故の際にはずれたか、溶けて消えてしまっただろう。証拠は何も残らなかった。


「子供の頃から不思議だった。姉妹なのに、いつも一緒にいるはずなのに、どうして私だけが危ない目に遭うんだろうって。だけど、実家を離れて確信したよ。あれは全部あんたが仕組んだことだったんだ。亜美はずっと、私を殺そうとしていたんだね」


 亜美はただ微笑んだ。


「何を言っているの、お姉ちゃん。あたしは何もしてないよ。これだって、誰かの悪戯に気付いて取り除こうとしていただけだよ」

「誤魔化しても無駄。亜美も私の妹ならわかるでしょう? 双子は以心伝心なんだって。あんたの考えていることくらい、私には手に取るようにわかるんだよ」


 そう。

 私は最初から気が付いていた。気が付いていて、けれど認めたくなくて、知らないふりをしていたのだ。

 私に備わった危機察知能力。あれは偶然を予知していたのではない。妹の亜美が私に殺意を抱いた時、その意思を読み取っていたのである。


 亜美は私と同じ顔を歪めて、諦めたように笑う。


「だって、仕方ないじゃん。ずっとお姉ちゃんのことが嫌いだったんだもん」


 私は人一倍運が悪い。

 私の人生で最も運の悪い出来事はきっと、亜美のような非道な人間を双子の妹に持ってしまったことである。


「同じ顔の人間は二人もいらないんだよ、お姉ちゃん」

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