004. 英雄ヴァリク様、庭で語る安らぎ
「英雄ヴァリク様、庭で語る安らぎ」
ノクスリッジ山脈の地で幾多の戦いを制した我らが英雄、ヴァリク様。その剣に宿る力と背に輝く羽根は、神の祝福を受けた象徴として国民の誇りとなっています。
しかし、戦場での凛々しい姿とは異なり、邸宅で見せるヴァリク様の穏やかな一面をご存知でしょうか。
聖王国教会本部の敷地内にある邸宅を訪れた私たちが目にしたのは、花壇で丁寧に手入れをするヴァリク様の姿でした。
ラヴェンダーやジャスミン、ラナンキュラスといった色とりどりの花々が並ぶ庭は、静かで心安らぐ空間です。
「花を育てる時間があると、少しだけ心が落ち着くんです」
そう語るヴァリク様の声は控えめで、どこか柔らかい響きを持っていました。戦場から戻るたびに、庭で過ごすひとときが彼の心を癒しているのだと感じられます。
映写魔法で掲載しているのは、鮮やかな黄色のラナンキュラスを見つめるヴァリク様です。取材の最中、彼はその鉢をそっと持ち上げ、優しい目で見つめていました。その仕草からは、花を愛でる純粋な思いが伝わってきます。
戦場で勇敢に戦う姿とは対照的に、庭で見せる素朴で人間味溢れる一面──そのギャップこそがヴァリク様の魅力を一層引き立てているのかもしれません。
ヴァリク様の「もう一つの顔」を知ることで、彼がただの英雄ではなく、私たちと同じ「人」であることを実感するでしょう。
◆
「やったな、ロベリア! 今回の記事、大反響だ!」
編集部の一角からトーマス編集長の声が響いた。彼の手には、今朝発行されたばかりの新聞が握られている。デスクに向かっていた私が顔を上げると、編集長が満面の笑みを浮かべながらこちらに向かってきた。
「え、本当ですか?」
「本当も本当だ! 書店や露店で売り切れ続出だ。お前の記事を読んだ人々が、ヴァリク様がこんなにも人間味のある方だったなんて、と口々に話している。噂になってるぞ!」
嬉しさと驚きで胸が高鳴る。私が書いた「英雄ヴァリク様、庭で語る安らぎ」が、まさかこんなに注目されるとは。
「無論、継続して取材する許可も取ってきた。次もあるぞ、ロベリア!」
編集長が新聞を手の甲で叩きながら笑う。
「そ、そんな……実感湧かないです」
言葉にならない思いで顔を伏せると、近くにいたリリィ先輩が椅子を勢いよく引き寄せ、私の肩をポンと叩いた。
「おめでとう、ロベリアちゃん! やるじゃない!」
先輩の勢いに、周りの記者たちも口々に声を上げる。
「着眼点が良かったな」
「聖王国教会の許可をもらってきた編集長も、なかなか神経図太くて凄いけどな」
「おい、そこ。誉め言葉になっとらんぞ」
次々と掛けられる言葉に、嬉しさで胸がいっぱいになる。でも、同時にプレッシャーも感じてしまう。次の記事では、もっと良いものを書かなくちゃいけない──そんな責任感がじわじわと湧いてきた。
「ロベリアちゃん、今日の仕事が終わったら飲みに行こうよ! これはもうお祝いするしかないわよー!」
リリィ先輩がニッコリと笑いながら言うと、周囲が「賛成!」と口々に言いだす始末。編集長も「おお、それはいいな!」と乗り気になる。
「あ、いや、あの! 次のインタビューの準備に取り掛かりたいんですがっ!」
慌てて言い訳をしようとする私に、編集長がニヤリと笑って言った。
「まぁまぁ、今夜くらい羽根を伸ばして良いだろうよ。次の記事は、もっとお前らしさを出してくれればそれでいいんだ。今のまま、肩の力を抜いて書けよ」
そう言われて、少しだけ心が軽くなった気がした。皆に見守られながら、私は机の上の新聞に目を落とす。そこには、私が書いた見出しと、ヴァリク様の横顔が載っている。掲載位置も地味で、文字数も控え目だが、確かに私が書いた記事だ。
──これが、私の一歩目。
高揚感を胸に、私は静かに微笑んだ。
◆
「ダリオン殿と前線にいて、お困り事はございませんか?」
馬車が小さく揺れる中、私は正面に座るヴァリク様に尋ねる。戦地へ向かう道中、静まり返った馬車内に、普段より幾分か沈んだ自分の声が響いた。
ダリオン殿はこの馬車には同乗してはいない。最前線でヴァリク様を出迎えるため、早馬で先に向かったのだ。
ヴァリク様は膝の上で手をいじりながら、少し考え込むように目を伏せた。それから、小さな声で答える。
「……ないかな。ダリオンは、良い人だから」
「良い人? それはまた……どの辺がでしょうか?」
ヴァリク様は言葉を探すように少し間を置き、ぽつりと呟いた。
「……ちゃんと、見ててくれる。気づく……ことが、あるんだ。たぶん……」
その言い方があまりにも曖昧だったため、私は思わず片眉を上げて苦笑した。
「何だか曖昧ですね、ヴァリク様。私にはヴァリク様が無理しているようにしか思えませんよ」
「そ、そうだよね……」
ヴァリク様は少し焦ったように眉を下げたが、すぐにまた言葉を探すように目を伏せた。
「でも……その……ダリオンは、何も言わないけど……いろいろ……気にしてくれてると思う」
「気にしてくれてる……?」
その言葉に、私は首を傾げた。
「……ああ、えっと……うまく言えないけど……その……」
ヴァリク様は窓の外に視線を逃しながら、不器用に言葉を紡ぐ。
「……俺が……困ってるときとか、なんか……手助けしてくれる。たぶん……優しいんだと思う」
そのぎこちない言い方に思わず笑いそうになったが、ぐっと堪えた。
「そうですか……まぁ、ダリオン殿のあの態度を見ると、確かに分かりにくいですけどね。もしかしたら、本当にそういう部分があるのかもしれません」
ヴァリク様は私のその返答に、少しだけホッとしたように小さく頷いた。窓から差し込む光が、彼の横顔を淡く照らしている。
私はそれ以上は何も言わず、ただヴァリク様の視線の先に目を向けた。馬車の外には、戦地へ続く鬱蒼とした森が広がっている。
「……ヴァリク様にとって、ダリオン殿はお優しい方に見えるんですね」
私がぽつりと呟くと、ヴァリク様は小さく「うん」とだけ返事をした。
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