骨は巡りて

おくとりょう

お尻から血が出た。

 お尻から血が出た。それはもう、ゆるんだ蛇口みたいにちゃぽちゃぽと。


 笑ってくれていい。オレ自身、バカみたいだと思うから。

 ただ、血が出ているときは、もう死ぬのかと思った。だって、ちゃぽちゃぽと血のしたたる音が個室に響いていて、なかなか止まる気配もなかったから。


 おまけに、お腹が痛いのにうんこが出なかった。下腹が排便をうながすような鈍い痛みを訴えているのに、うんこが硬すぎるようで、キバッてもなかなか出てこない。それどころか、キバると血の勢いがよくなって、ドバドバとしたたる音が大きくなる。下腹の鈍痛はドンドン強くなる。

 痛みのあまり目玉の奥がチカチカし始めた。視界がじんわり黒く染まる。ケツから出れないうんこが焦って、頭から飛び出ようとしているのかもしれない。そんな不安を抱きながらも、オレはただただ悶えて絶望するしかなかった。


 どうして、オレがこんな目に。

 ……心当たりがないわけではなかった。たぶんアレだ。昨夜食べた肉だ。骨つきだったのだが、捨てるのがなんだかもったいない気がして、骨まで食べた。骨を残すヒトは多いが、別に毒があるわけではないし、せっかくカルシウムを摂取する機会でもあるのだから、食べた方がお得だと思う。


 でも、やっぱりオレがバカだった。

 おそらく、あの骨が消化されたあと、吸収しきれなかった部分が固まって、激カタうんこになったのだろう。全部吸収される予定だったのだったのに。吸収されないだけでなく、こんなに出血させられるなんて、全くお得ではない。

 そういえば、骨を食べるハイエナのウンコはカルシウムが多くて白いと聞いたことがある。きっとあれもかたいのだろう。ただ、ハイエナがケツから血を出して泣いてるイメージはないので、肛門も硬いのかもしれない。もしくは、硬いウンコを出すための特別な排便方法でもあるのかもしれない。もしそうならば、今すぐにでも教えてください、ハイエナさん。ここにあなたの助けを必要としているヒトがいます。どうか、どうか……。


「――なんて、アフリカに意識を飛ばしているだけじゃしょうがないから、結局、したたる血の音に怯えつつ、ゆっくり激カタうんこをひねり出したんだけど、もうあんな体験はこりごりだわ」

 そう言って、彼は肉を骨から綺麗に削いて、頬張った。ご飯中にうんこの話なんてするんじゃねぇと思ったものの、下品な話でもいいと言って、「最近あった面白い話」をふった手前、苦笑いを返すしかなかった。

「もう骨は食べない、絶対。……てか、うるせぇよ!静かにしてろ」

 彼が勢いよく頭を蹴飛ばすと、耳が裂けそうなほどの悲鳴をあげていた肉の持ち主の頭は低い声を漏らして、床に転がった。

「お前は肉頼まないの?ここのは安い割りに旨いぜ」

 ボクは自分の頼んだベジタリアンメニューを食べながら、生返事を返す。そして、「こいつはきっとまた骨を食べるんだろうな」とぼんやり思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

骨は巡りて おくとりょう @n8osoeuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画