第4話
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数ヶ月、不安な気持ちを持ちながら、アルフレッドの様子を注意してみていた。
彼は怪しい場所へ出かけて行くこともなかったし、泊まりは全て仕事関係だった。
彼女とはあれ以来、手紙のやり取りはしていなかった。
彼は私を大事にしてくれて、普段通りに優しく、ネイトのこともとても気にかけてくれている。
一年ほど、まるで何もなかったかのような日々が過ぎていった。
あの手紙のことは、時間が経つにつれ私の頭の中から消えていった。
「アルフレッド、今度のクリスマスはネイトの記憶にも残るクリスマスよね。歩けるようになったし、言葉も出てきているわ。プレゼントは何か考えてらっしゃいますか?私は手編みのセーターを編んでいるんですよ」
ネイトにとっては二度目のクリスマスだ。一回目のクリスマスは、まだ幼くて何も覚えていないだろう。
「ネイトのために職人に頼んで庭にブランコを作ったんだ。子ども用の革靴も三足オーダーした。やっと歩けるようになったからな。柔らかい皮で作ったものだったら、子どもでも履き易いらしい」
「まぁ、素敵ですね!じゃぁ、クリスマスパーティーを盛大に開きましょう」
私は笑顔で旦那様に返事をした。
ネイトはやっと外遊びができる年齢になった。といってもまだブランコに一人で乗ることはできないだろう。
旦那様は、ネイトの物なら何でも買い与えてしまう。贅沢でわがままな子供にならないよう、ちゃんと教育しなくてはいけないと感じた。
「クリスマスイブの24日は仕事が入っているんだ。だからクリスマスパーティーは26日にしよう。ちょうどその日からは年明けまで休みが取れるからね」
「……仕事」
一気につらい記憶がよみがえった。
去年のその日、彼は仕事だと言って、愛人とマウリエ山へ泊りに行っていた。
私はずっと心の奥にしまい込んでいたあの出来事を思い出した。まさか、まだ彼女と関係が続いている?信じたくなかった。
「いつものことなんだけど、クリスマスは皆が休暇を取る。人がいなくてどうしても行かなくてはならない」
「……いや」
言葉にならない苦しみが、静かに心を締め付けた。
私は耐えられなかった。
「すまないなネイト、どうしても行かなくてはならないんだ」
「お願い、仕事は休んで下さい。その日だけは、私とネイトと一緒に過ごしてほしいの」
アルフレッドは悲しそうに眉間にしわを寄せた。
「その日は休めないんだよ。他にも家庭の事情がある人がたくさんいる。田舎の実家に帰省する者や、親族たちが集まるパーティーに行く者たちが休暇を取っている。私も大事な用事で外せないんだ」
「何故ですか?あなたは聖夜を息子と一緒に過ごしたいとは思わないのですか?」
「パーティーは別の日にもできるしな。ネイトとは年末も一緒に過ごせるし、新しい年を迎えるときも一緒だ」
アルフレッドはネイトの頭を撫でながらそう呟いた。
***
そして彼は、クリスマスを彼女と過ごした翌日、屋敷に帰って来た。
疲れ切った様子で子供部屋でネイトの顔を見ると、すぐに寝室のベッドで眠ってしまった。
「あなたは、なぜネイトと私を置いて行ってしまったの……」
ぐっすりと眠る彼の顔を見ながら、悲しみに打ちひしがれ訊ねた。
アルフレッドは目を覚まさない。
「愛している……すまなかった」
アルフレッドは寝言で悲しそうに呟いた。
彼の目の端に、涙の粒が光った。
眠っている彼の髪をゆっくり撫でながら私は訊いた。
「愛しているのは誰なの?私はカレンよ、私はあなたの妻よ……愛しているのよ」
かなり疲れているのだろう、夫は私の言葉には反応しない。
もう一度、アルフレッドの頭を撫でた。
「私はカレンよ、ここにいるのは、カレンよ……」
悲しみを抑えるために、私は唇を噛んだ。
翌朝、アルフレッドはお土産だと言って、ネイトにマウリエ山の形をした焼き菓子を渡した。バターの風味香る可愛らしいクッキーだった。
アルフレッドは昨年と同じように、マウリエ山に行って来たのだ。
夫は私のために水晶のブレスレットを買ってきてくれた。
しかし、愛人と一緒に行った場所の土産をなぜ堂々と妻に渡せるのか。信じられないと気分が悪くなった。
受け取ったブレスレットを、私の宝石箱にきれいに並べながら、メイドがアルフレッドに訊ねた。
「旦那様は、大聖堂へ行かれたのではないのですか?」
アルフレッドはドキリとしたのかもしれない。少し目を開いて、苦笑いしながらメイドに説明した。
「マウリエ山には神聖な神殿があるんだよ」
彼女は「そうなのですね」と、彼の返事に納得したようだった。
大聖堂は王都にあり、マウリエ山は3時間もかかる離れた場所にある。神殿があるからという説明では、普通なら納得はしないだろう。けれど、私も彼にどこへ行っていたのかを、詳しく尋ねることができなかった。
一年は365日ある。
彼が彼女と過ごすのは、そのうちのたった一日だけだ。泊りだから正確には二日。
残りの363日は夫は私のものなのだ。夫婦としては何の問題もないし、彼は息子も可愛がってくれている。そして何より、私は夫を愛しているから、我慢するべきなのだろう。
世の中の貴族が愛人を囲ったり、第二夫人を持ったりするのは当たり前だ。王都には娼婦や、酌婦もたくさんいる。少しぐらいの浮気には目をつむらなくてはならない。
彼が誰と過ごそうが煩く言ってはいけないと思う。
年にたった一度、遊びで女性を抱いているだけ。そう思えばきっと平気、たいしたことじゃない。
私は何度も自分にそう言い聞かせた。
クリスマス以外は、彼女との逢瀬はないようだから、そのうちきっと会わなくなる。そんな関係は長くは続かないはずだ。
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