第5話




5

もうすぐネイトは三歳になる。


ちょこちょこと走り回って、目が離せない時期だ。言葉もたくさん覚えて、表情も豊かになった。

そして、またクリスマスがやって来て、彼は行ってしまった。


今回からアルフレッドは、大聖堂とは言わずに、マウリエ山へ行ってくると屋敷の者に告げていた。

私は何も気付いていない振りをして「いってらっしゃい」と笑顔で夫を送り出した。


アルフレッドが出て行ってから、私は二年前に見つけてそのまま隠していた彼の手紙を取り出した。


『愛する人へ


年に一度しか会えなくなってしまったが、それでも私の気持ちは永遠に変わらないだろう。

自由に会うことが叶わない苦しみを感じながら、この手紙を書いている。

また一年後の12月24日、君に会える日を楽しみにしている。

それまでの間、君のことを想いながら、毎日を過ごしていくよ。

どうか、私の愛が君に届きますように。


愛を込めてアルフレッド』


もう何度も読み返してしまったせいで、便せんは薄汚れ、日に焼けてボロボロになっている。

いちいち手紙を取り出して読まなくても、内容は暗記しているのに、同じことを繰り返してしまう。彼の手紙に書いた言葉が、呪縛のように心から離れず、ただ無力感に包まれる。


そして、昨年と同じようにアルフレッドは疲れて帰ってきた。夜は夫婦の寝室のベッドで眠りながら、苦しそうな表情を浮かべる。

年に一度しか彼女と会えないことが悲しいのか、それとも「さよなら」と言って、数時間前に別れた愛する人を想ってなのか。

彼の頬を伝う涙の正体が何なのかを考えたくはなかった。





***



春になり、夏がきて、秋が過ぎれば、また冬がやって来る。

何度もその季節を繰り返し、私はその都度、今年こそ、夫が私たちと一緒にクリスマスを過ごしてくれると願った。


七度目のクリスマスがやってきて、ネイトも七歳になった。アルフレッドの血を受け継いだのか、ネイトは風を操る魔力を持っていた。

厳しく使い方を指導しなくては、人を傷つけてしまう恐れがある。



「旦那様、ネイト坊っちゃんがまた風魔法で、洗濯物を吹き飛ばしてしまったんですよ」


「マーヤ、僕は洗濯物を乾かすのを手伝ったんだ!」


「ネイト、魔力をコントロールできないのに、遊びで使うのはよくない。ちゃんと魔法学園で学んでから使えと言っているだろう」


毎日のようにネイトはアルフレッドから叱られている。

私が見る限り、ネイトはちゃんと使う時と場所を考えて魔法を使っているように見えた。

けれど、まだまだ完璧に制御できるわけではない。とにかく魔法を使うのが楽しい時期なのだろう。

普通、子どもがこんなに大きい魔力を持つのは珍しく、将来は優秀な魔法使いになると皆から期待される子だった。


「普段はちゃんと、魔力制御のピアスを付けているよ。マーヤを手伝おうと思っただけだ」


「まったく、旦那様が甘やかすから、こんなやんちゃに育ったんですよ!」


乳母のマーヤがネイトのお尻をペシンと叩いた。

きっと逃げることは可能だっただろうけど、自ら罰を受けているところをみると、ネイトは反省しているのだろう。


「父さんは氷の魔法だから、分からないだろうけど。僕は風魔法だから、使えるチャンスが少ないんだ」


確かに、風を起こす必要がある状況は少ない。戦闘などでは有利になるけど、普段の生活ではあまり役に立たない。


「理由はどうあれ、制御を学んでからでないと駄目だ。分かったな?風は危険な魔法だぞ」


怒られてネイトはしょんぼりと肩を落とした。



「クリスマスプレゼントに、もっと大きな制御ピアスを贈ってやる。学校が始まるから、それを毎日つけて行くように」


「え!いらないよぉ……クリスマスのプレゼントは旅行にしてよ」


「旅行?」


「父さん、今年は僕もマウリエ山に連れて行ってほしいです。一度、マウリエ山の神殿を見てみたい」


「そうだな。一度はネイトも連れて行きたいな。だけど駄目だ、あそこは物凄く寒い場所なんだ。また今度暖かい季節に行こうな」


ネイトは七歳になっていた。好奇心旺盛な年ごろだ。

アルフレッドは、毎年彼女とそこに泊まっているのに、私もネイトも一度もマウリエ山へ行ったことがない。


「何故ですか?クリスマスの山なんて、すごく綺麗じゃないですか。スキーとかもできるのかな?」



「駄目よネイト、お父様はお忙しいのよ」


私は彼の代わりに、ネイトを優しく諫めた。子どもに愛人のことを知られるわけにはいかない。


「ネイト、神殿には大事な用事で行っているんだ。父さんにはどうしても叶えたい願いがあるんだ。だからすまないが、また夏になったら一緒に行こうな」


「絶対にですよ、約束ですからね」


アルフレッドは「分かったよ約束する」と、ネイトを説得した。


夫の愛人の存在が明るみになり、社交界で噂せるのは、誰のためにもならないだろう。

相手の女性は既婚者だろうから、彼女の夫にバレても困るし、変な噂が立つと、アルフレッドや私、そしてネイトのためにも良くない。

それに、少なくとも結婚してから、アルフレッドは私を大切にしているし、生涯私と共に居たいと言ってくれている。

私から探りを入れて、何か行動を起こすつもりはない。不貞の証拠を見つけ、夫を責め立てるようなことはするべきじゃない。

私たちは幸せなのだから、わざわざ波を立てる必要はない。


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