今度こそ守るから~もう二度と最愛の人を失いたくない~

椎名由騎

今度こそ守るから~もう二度と最愛の人を失いたくない~

 雪がしんしんと降る街の見えない場所に座り込む1人の男がいた。髪はボサボサ、髭は伸び放題、目元には隈、そして汚れた服。何も声を発さず、ただただその場に座っていた。どのくらい座っているのかは髪や肩に積もった雪が物語っていた。

 静寂に包まれるこの場所でその男はジッと動かない。身動き一つしない男は瞼が段々と重くなる。寒いという感覚もなくなっていた。

 命が終わると言った感じに瞼が閉じたのと反対に口が微かに動く。か細い声でこう言った。


「雪なんて嫌いだ」と。


 言い終わるのが先か意識が無くなったのが先か分からないぐらいで命の火が消えた。その筈だった。




 彼が次に瞼を開けた時に広がったのはどこまで続くのか分からない闇が広がっていた。


「ここはどこだ……妻は…娘は…」


 彼は自身の人生が終われば会えると思っていた。愛する妻と可愛い愛娘に会えると本当に思っていた。しかし実際に今、目の前に広がっている場所には一切何もない。誰もいない。ただ無音の空間だけが広がっていた。おそらく天国でもない。ある可能性に彼は乾いた笑いを吐いた。


「地獄に落ちて当然か……愛する二人を守れなかったのは俺のせいだ」


 ごく普通の家庭だった。仕事に疲れた身体で家に帰ると迎えてくれる妻と小さい足で駆け寄ってくる娘の姿にそれだけで疲れが取れた。この幸せが続くように守っていこうと彼も心に決めていた。しかしそれは一つ一つ崩れ落ちていった。


 妻から友人に登山に行かないかと誘いがあった事が一つの発端だった。元々運動が得意だった妻は行きたそうにしていた。彼もその気持ちを察しして行く事を了承して出かける時も見送った。帰って来た時に楽しそうな表情が見れたらと思っていたが、次に会えたのは目を閉ざし冷たくなった妻の姿だった。妻を見送ったその日の山に着いて見ると天気は雪で普通であれば登山を止めるべきだったが、友人は登山に関しては経験者であった事から山に登ったのではないか考えれられた。しかし雪が積もり、足元が踏み固められていない事がちょっとの刺激で雪崩となり、妻と友人は雪崩に呑まれて発見された時には息をしていなかった。


 妻の事でどん底に落ちていた彼だったが、それでも小さい娘がいた事がまだ原動力になっていた。妻の分も彼が代わりに大切に娘を育てた。高校、大学としっかり卒業し、就職先も決まり、運転免許証を取得した。社会人として長い人生が始める最中に大学の友人達と卒業旅行へ北海道に行く事になっていた。空港まで送り届けて、キャリーケースと引きながら娘は笑顔で彼に手を振って「行ってきます!」と言って空港の中へ入っていった。それが元気だった娘の最期の姿になった。

 その後、娘の乗った旅客機は離陸直前で吹雪いており、その年、記録的な寒波であった。通常であれば飛行機の操縦は問題ない。しかし運転手のミスによりその旅客機は離陸直後に墜落した。原因はエンジンの防氷装置を起動していなかった事、翼に雪や氷が乗っている状態で離陸を始めた事が挙げられた。旅客機に乗っていた乗客の大半が亡くなった。娘もその事故で亡くなった。


 雪によって二人の最愛の人を奪われた。だから彼は雪が嫌いになった。そして二人を彼が止めていればと彼は心底後悔し、彼自身を責め続けた。そして今回彼は路地裏で亡くなった。妻と娘のもとに行きたかっただけだった。二人に会えない事が罪なら罰を受けようと考え、彼は再び瞼を閉じた。


「――――…!」

「―――――――――」


 彼の耳に何かが聞こえた。何と言っているの変わらないが。彼は首を左にひねった。


「―な――…!」


 だんだんと声が聞こえてくる。そしてどこか懐かしいような声。


「―なた―…!」

「?」


 彼はそんな訳ないと考えていると、次に聞こえた声ははっきりしていた。


「あなた!!起きて!」

「!?」


 突然の声に彼は飛び上がった。隣に居たある人に彼は思考が止まった。


「もう!今日も仕事でしょ?いつまで寝てるの…」


 呆れた表情をして彼を見つめていたのは亡くなった筈の妻の姿だった。


「ふ、冬海?」

「そうよ。もう…まだ寝ぼけてるの」


 怒った声色で言っている妻は彼の知っている妻の姿そのものだった。夢としか思えない出来事だが、夢でもいいと思って妻を勢いよく抱き締めた。突然の事に驚いた声を上げた妻、その後に廊下から聞き覚えのある走る音が聞こえ、妻を抱きしめたまま、そちらに目を向けた。


「ままー!ぱぱおきたのー!」


 そこには幼い頃の娘がそこにいた。夢みたいな出来事の連続で思考が止まりかけたが、目に留まったカレンダーに目を見開いた。そこには2005年12月のカレンダーが掛けられていた。



 彼、雪風聖一は2005年妻・冬海が亡くなった年に戻った事を意味していた。



 これは一度亡くしたものを守る夫であり、親としての再出発リスタートだった。

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今度こそ守るから~もう二度と最愛の人を失いたくない~ 椎名由騎 @shiinayosiki

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