第5話 見習い魔術師アルマ

第五話 見習い魔術師アルマ


 ギルドでの登録を済ませ、武器屋で装備を新調した盗賊のピヨヒコ。

 噴水広場で待機していた魔術師の女性に話し掛けられたが、まだ慣れない自身の名前を呼ばれたので条件反射で苦い薬草を食べた時のような渋い顔をしてしまった。


「え、あ、あの、すみません、人違いだったでしょうか?」


 オドオドとした態度で、申し訳なさそうな顔をしながら聞き返された。

 如何にも魔法使いみたいな格好だけど、一体何者なんだろう? 

 俺の事を名前で呼んだって事はこちらの事情を知ってる感じなのかも?


「あ、いや、俺が勇者であってますよ、どのようなご用で?」


 名前の事で複雑な気分になったが、この女性が悪い訳でもない。

 ピヨヒコは無理やり愛想笑いを作り対応する。

 女性は人違いではなかったと安心したのか改めて口を開く。そして何やら手渡して来た。


「えっと、ですね、私はこう言う者です」

「ふむふむ? 見習い魔術師のアルマ?」


「勇者様のサポートをするようにと国から派遣されて来ました」

「サポート?」


 彼女が言うにはこの王国のお偉いさんに要請された魔術師との事だ。


 挨拶を済ませて王国の要人からの封書を差し出されたので内容を確認してみると、なんでもまだ見習いではあるけど優秀な術師らしい。

 この国の地理や情勢にも詳しく博識で、魔物の知識もあり魔法にも精通しているアルマが勇者の支援者として、魔王討伐の任務に一緒に同行すると言う内容だった。


 詳しい選考の経緯や生い立ちなどは書いてないが、常に何処かオドオドした感じで身構えてるし、正直あまり頼りにはならなそうな印象なのだが。


 それでも記憶もなくいきなり勇者に任命されて、この世界の常識などまるで知らないピヨヒコにとっては有難い申し出だったので断る事なく承諾する。


「わかった、よろしく頼むよ、えっと、アルマ」

「はい勇者様、ではこれから宜しくお願いしますね」


 アルマは優しい笑顔でそう言った。


 城下町での泥棒騒ぎで勇者の評判はあまり良くないと思ったが、もしかしたらその事を知らないのかもしれない。自分に対するアルマの印象は特には悪くはないようにも感じた。

 敵意がないならこちらも寛容な気持ちで仲間として迎えて、真面目に対応するとしよう。


 これから一緒に冒険するなら仲良くはしたいところだしな。


 ラララン~ラララン~ララララン♪


 すると唐突に何処からか仲間の加入を祝福するような効果音が流れてきた。

 周囲を見渡しても演奏してる音楽家などは居ないのだが、アルマにはこの音とか、自然と流れてくる曲とかは聞こえているのだろうか?


 それに俺の背後を追従する違和感しかない画面もだけど、特に反応はしてないし今までの周りの反応からしても、アルマにも見えてないとは思われるのだが、仲間になった直後に変な質問をして、頭のおかしな奴だと思われるのも嫌なので、取り敢えず心の中に留める事にしよう。


 そんな事を考えていたら、アルマが何か云いたげな様子でこちらを見ていたので聞いてみた。


「その、お互いの実力も把握したいので近場にある狩り場で試しに戦闘してみます?」

「狩り場?」


「ええ、近くに手頃な探索エリアがあるんですけど、危険度も低いので初心者には推奨される場所なんですが、どうでしょうか」

「わかった、お互いの事をもっとよく知る必要はありそうだしそうしよう」


「そ、そうですね」

「……えっと、場所とかも分からないから案内を頼めるかな?」


「は、はい」


 アルマからの提案でお互いの能力や実力を把握する事にした。


 確かにお互いの能力を知らないと、いざという時に困るからアルマの提案に同意はしたのだが、何かまだぎこちない感じで、何処となく気まずい空気だ。

 協力して一緒に魔物を退治したりすれば、その内に打ち解けるだろうか……


 ついでなので出発の前にギルドに立ち寄って、薬草採取のクエストも受ける事にした。

 ポーションなどは冒険者にとって必須の消耗品なので、原料の薬草は常に納品依頼があるらしい。

 手持ちの薬草を納品しても構わないのだがどうせなら基本的なクエストの手順や流れも覚えたい。


 手傷を負った場合を考えると、苦い薬草のままでも回復手段としては必要なので、自分達で使う分も含めて余分に採集するとしよう。


 準備を済ませて【初心者の狩り場】と呼ばれる探索エリアに、アルマに案内されて来た。


 初心者がよく利用する場所らしいが、話によるとこの辺りの平原にはワーキングウルフの様に、群れで襲ってくる魔物もあまり居ないようで、主に“ファーラビット”と呼ばれる、モコモコした毛皮に覆われた角の生えた兎の魔物が出現するらしい。


 初心者でも苦戦する事はないが、素早い動きで攻撃が当てづらく油断するとその角で怪我する事もあるようだ。他にも大きな猪の魔物とかも稀に出現するとの事だ。


「初心者専用の狩場か、こんな場所があったんだな、知らなかった」

「冒険者は大体ここで戦闘して、戦い慣れていく感じですね、冒険者ギルドに登録する際にギルドの職員からこの探索エリアを先ずは推奨されるはずなんですけど……」


「え、そうなのか? そんな話は聞かなかったけど」

「そ、そうなんですね、まあ担当のギルド職員にもよりますから」


 ギルドで対応してくれた眼鏡の受付壌さんは少しおっちょこちょいな性格なのかもしれない。

 そう考えてピヨヒコは、そんな失礼な設定を勝手に生やした。


 実際は登録の際の書面を書いてる時にそんな説明をされていたのだが、よそ見をして余計な事を思考していたので、普通に聞き逃していたのだが、それを指摘するものはこの場にはいない。


「ギルドに登録する前に少し外を探索したけど魔狼なら何匹か居たな」

「この周辺地域の魔狼ならウォーキングウルフですね、群れで行動する事が多いので場慣れしてないと1人で戦うのは危険なんですが……」


「囲まれたけど薬草もあったから何とかなったけどな」

「あまり無茶はしないでくださいね、ソロで活動してる冒険者も居るには居ますが初心者に限らず、基本的に魔物との戦闘はパーティー推奨ですから」


「あ、ああ、そうだな気を付けるよ」

「無事で良かったです……」


 何か気を遣われた。確かに1人で魔物と戦うのは俺も危険だと思うけど、その判断を背後の少年がしてくれるとは限らないのが切ないところだ。


 他愛のない会話をしたが、打ち解けてないからかお互いにまだ少しぎこちない。

 そのまま探索してたら、薬草を幾つか見つけたので黙々と摘んでいく。


「……」

「……」


「……」

「……」


「あ、あの」

「む?」


 沈黙に耐え兼ねたのかアルマの方から話し掛けて来た。


「えっと、本当はここよりも更に進んだ魔女の森に泉があるのですが、その付近が薬草の群生地になっているんですよね、乱獲は出来ないので一度にそこまで搾取は出来ないですけど」

「ふむふむ?」


 何でも探索フィールドで拾える素材になる薬草や花、それに果物などの食材は、決まった場所に植生してるようで、一度採るとある程度は時間を空けないとリポップしないらしく、採れる数には限りがあるらしい。


 リポップって何だ? 知らない言葉だったのでアルマに素直に質問してみた。


「リポップは採取した素材、もしくは倒した魔物が再び出現する事を指す言葉ですね、攻略済みのダンジョンでも宝箱とかが稀にリポップするようです」

「なるほど、何か美味しそうな名前だな」


「え、そうですか?」

「なんか甘いお菓子とかそんな印象があるかも」


「……もしかしてホイップ?」

「え、あ、それかも、何か語呂が似てたから間違えた」


「そ、そうですか……」

「ゲフンゲフン、取り敢えず教えてくれてありがとう」


 と言うか記憶喪失なのにホイップクリームの事は何故か知ってるんだな。

 アルマも知っていたなら、この世界には普通にお菓子とかもあるようだ。


「いえ、分からない事があればまた気軽に聞いてくださいね……フフ」

「!」


 ぐぬぬ、恥を晒してアルマに笑われたので話を誤魔化す事にした。


「ま、魔女の森か、泉までは行かなかったけどその辺りで魔狼が群れで襲って来て戦ったんだけど、何故か敵が順番に行動して来たんだけど……」

「ええ、戦闘には行動順があるので基本的には素早さが速い順からになりますね」


「あ、やっぱり行動順があるのか……」

「ですね、様々な要因で行動順にも変化があるので注意は必要ですが、例えば魔法の詠唱や属性による状態異常によっても行動に変化はありますし、あと敵の攻撃による行動阻害やバフやデバフの状態によっても順番が変わって来ます、それと職種のスキルによっても行動順に影響はありますよ」


「ふむふむ? 何か色々とあるんだな」


 何やら難しい説明をされたが、ちんぷんかんぷんだ……

 とにかく戦闘は素早さの順番に行うとだけ今は覚えておこう。


 アルマの説明だと戦闘を繰り返していれば、自分の順番も自然と理解出来るようになるらしいが、魔物との戦闘は【ターン制バトル】とも呼ばれ、自分の行動は【行動ターン】と呼ぶらしい。


 最初の自己紹介で博識だとか優秀な術師だとか強調されていたので自慢か? とも感じたけど、本当に色々な事を知ってるようだ。

 それに思ったよりは明るい性格でよく喋る、教えてる時は笑顔で生き生きとしている。


 俺の方は記憶喪失でこの世界の常識もまだよく知らないし、物知らずで恥をかく事もあるけど、知ったかぶりしたり、分からないまま勝手に理解したつもりになるよりも、ちゃんと質問して理解した方がいいな。今後も分からない事があれば素直にアルマを頼るとしよう。


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言うしな。それに会話してればお互い打ち解けて仲良くなれるとは思うし、話題があれば俺の方からも積極的に話しかけたり、質問するように心掛けよう。


 そんな事を考えていたら唐突に流れていた演奏が激しい曲調に切り替わる。


 テロテロテロテロテーラーラー♪


 ウォーキングウルフと戦った時と同じ戦闘曲だ。


「あ、出ましたね、あれがファーラビットですよ」

「……何か可愛らしい姿だけどこれも魔物なのか?」


 目の前には毛皮でモコモコしたまん丸な兎の魔物が居た。角が生えているのだが、つぶらな瞳と長い耳がなんか愛らしく、群れで出現はしてないようで単体だ。


 身構えているが魔兎は攻撃して来ない。その場でお腹をコロコロしながらこちらを見ている。

 その姿は想像以上に可愛らしく、どうすれば良いのか分からずに困惑したピヨヒコはへの字眉で困り顔をして、アルマとファーラビットを無言で交互にキョロキョロと見渡した。


「……ぷっ」

「!?」


 笑われた!? いや、確かにちょっとシュールな光景かもだけど。


「コホン、すみません、勇者様はファーラビットよりも素早いので、何か行動してみてください」

「あぇ? そ、そうか、わかった」


 そう促されたので覚悟を決めて武器を構えて攻撃する。


 ムキュ? ボヨンッ


 するとこちらの攻撃に反応してファーラビットは丸くなり弾みながら避けようとした。

 それでも当てられない感じでもなかったので上手く剣で斬り付ける。


 ザシュ!


 反撃はなくそのまま魔兎は倒され、黒い靄を霧散させ消滅する。

 武器を買い換えた影響もあってか一撃で仕留める事が出来たようだ。


 しかしその見た目の可愛さもあり罪悪感がかなりある。しかも先制攻撃の一撃で、一方的に仕留めたので手に残る斬った感触はワーキングウルフの時の非じゃない。


 罪の意識で剣を握った手が少し震えているのを感じる。

 魔狼の時と同じで血とか臓物は何故か出ないけど“魔物”だからなのだろうか?


 そうだ、これは世界を脅かす魔王が使役する凶悪な魔物なんだ、可愛い見た目に騙されて油断してたらこちらが殺られる。そう自分に言い聞かせて正当化する。


 それでも心の中では安らかに眠ってくれとお祈りはしておこう。


「楽勝でしたね、流石は勇者様です」

「あ、ああ、ありがとう」


 アルマに褒められると少し嬉しく感じる。


 その後も暫くエリア内のマップ探索と採取をしながら続けて何匹かの魔兎と遭遇したので戦った。

 群れないとは聞いていたけどこの場所だと多くても三匹以上同時には出ないようだ。


 その身体をゴム毬のように弾ませて、何度か攻撃を避けられたけど苦戦する事はなく倒せた。

 アルマの杖の扱いも中々達者だ。


 その後、探索中に何か蛇のような魔物も見掛けたけど、発見したら茂みに逃げて行った。

 魔物にも好戦的なのも居れば臆病なのも居るようだ。

 ファーラビットは見掛けると積極的に襲い掛かってくる印象はあるけど、アルマに聞いてみたら魔物の特性によって行動パターンも様々なようだ。

 

 とは言えやはり魔兎は見た目が可愛らしいので、魔物とは言え多少なり罪悪感も感じるのだが、それでもドロップした素材は遠慮なく回収する。


 その様子を注目していたアルマは何やら感心している様子だ。

 可愛い魔物にも非情になれる胆力に対して評価してくれているのかも。


 少し自信を付けたピヨヒコだったが、途中で一度アルマが披露してくれた火の魔法は、見た目も派手で何か凄い威力だった。アルマの非情さも大したものだと恐ろしくなった。

 魔物とはいえ業炎に焼かれる特に罪の無い魔兎を見て、心の中で手を合わせて念仏を唱えた。


 おっとりした雰囲気で口調も丁寧だし、優しくて物腰も柔らかいが、この手のタイプはキレると案外怖いかもしれないので怒らせないように注意しよう。


 そのまま何度か戦っていると抵抗感もだんだん薄まってくる。


 慣れとは恐ろしいものだと感じるけど、経験値にもなるし、手に入れた素材は冒険を続ける為の生活の糧となるのだから魔物と言えどもその命に感謝しなくては。


 それとアルマに説明されたように行動順に関しても、戦っていると何となく自分の行動ターンが分かってくる。と言うか俺が理解してなくても背後の少年がまるで分かっているかのように指示を出してくる感覚がある。


 操られて実際に戦闘してるのは俺だが、その指示は今のところ的確とも言える。

 まだ年端もいかぬ子供なのにこの少年も戦闘に必要な判断力と、非常さを兼ね揃えているようだ。

 本当に何者なんだろうか……


「しかし初心者の狩場と言われてるだけあって戦闘の基礎を覚えるには最適な場所だよな、魔兎は遭遇すると敵意を向けて襲っても来るし」

「そうですね、ファーラビットは攻撃を仕掛けると弾んで避けるので、武器の扱いの訓練にもなりますし、それに角で攻撃を受けると致命傷にはならないですが、そこそこ痛いので、避けたり盾で受け流す練習にもなりますから、立ち回りも自然と覚えられますね」


 そう、そしておそらく初期装備だと一撃では倒せない。でも群れでは襲って来ないならソロでも何とかなるし、まさに初心者にはうってつけな感じの魔物だ。

 しかも王国からも近場だから、初めて探索エリアで攻略する場所としても程よい難易度だな。


 もしかしたらこの世界で一番弱い魔物なのかもしれないが、その可愛い見た目は魔物の中で一番かもしれない。非情ではあるが生物と戦う上で乗り越えないといけない精神面での成長にもなるな。


 暫く探索を続けていたら、そろそろ夕刻なのか、辺りが少し暗くなってきた。


「夜になると危険なので今日はこの辺で切り上げて帰還しますか」

「そうだな、なんか精神的なダメージも受けた気がするし帰るとするか」


「ああ、分かります、見た目は可愛いから抵抗感はありますよね」

「そ、やっぱりそうだよね? 俺の感覚がおかしいのかと思った」


 容赦なく過剰攻撃オーバーキルとも言える魔法を魔兎に放っていたので正直怖かったが、どうやらアルマにもファーラビットを普通に可愛いと感じる感覚は備わっていたようで安心した。


「女性冒険者とかだと、その可愛い容姿に魅了されて倒せないとかも聞きますね」

「そ、そうなのか、まあ気持ちは分かるが……」


「それでも需要があるのでおそらくこの地域だと一番狩られてる魔物でもありますけどね」

「需要? ああ、初心者には戦いやすいし、戦闘に慣れる為にも需要はあるのか」


「ええ、まあそれもあるのですが素材目的で狩られる事も多いですね、それよりも夜になると探索エリアも様変わりするので、慣れないうちは早めに帰還するのが良いかもです」


 夜は出現する魔物の種類も変化して、日中よりもかなり強くなるようだ。


 暗くなると視界も悪いので冒険者は無理して夜に出歩いたり、進んで戦闘しないで宿屋で寝たり、安全を確保してから夜営とかしてやり過ごすのがセオリーらしい。

 まあそうだよな、暗闇の中で無理に攻撃をして同士討ちにでもなったら目も当てられないし。


 アルマと来た道を引き返し、歩きながらそんな会話をしていたのだが……


 何か変だ、身体が重い。


 体力は問題ないようだが慣れない戦闘で自分が思っている以上に消耗しているのだろうか?

 もしもの事があっても困るので我慢などせずに一応アルマにもその事を伝える。


「ぐぅ、何か身体がダルいような、力が抜けるような、なんだこれ?」

「あ、それはもしかして勇者様――」


 テロテロテロテロテーラーラー♪


 その言葉を遮るように、いつもの戦闘曲が流れて、茂みからガサゴソと魔物が出現する。

 またファーラビットかと身構えながら視線を向けるが、そこに居たのは大きな猪の魔物だった。

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