第4話 勇者の資質
第四話 勇者の資質
魔狼の群れを無事に掃討して、苦い薬草をヒールポーションで口直しした。
その後、冒険者ギルドに登録しに来た際に、明らかになった自分の名前。
両親の微妙なネーミングセンスに疑念を感じるも、更なる事実が判明する。
「ど、どういうことだ、俺は魔王から世界を救う『勇者』のはずだ!?」
勇者ピヨヒコはギルドで登録して明らかになった自分の名前に戸惑う。
しかしそれ以上に自分の現在の職業に困惑した。
登録された自分のカードの職種の欄には“浮浪者”と書かれていたのだ。
と言うか浮浪者ってなに!? 無職より酷くない? 記憶も無いし父親も既に死んでるらしいけど、職業どころか住むところも無い“根無し草”って意味か!?
「ええと、ですから今からそれを説明いたしますね」
ギルドの受付で対応してくれた女性は少し困った顔をしながら説明してくれた。
その話によると【勇者の称号】は、今はまだ職業ではなく、この国の王様から特別に与えられた名声みたいなものらしい。もっともその勇者の称号もこの国の為に命を屠して魔王の軍勢と戦った、偉大な父親の実績によるものらしいのだが……
この世界で目覚めて、父の記憶どころか自分の記憶すらなく何もわからない今の青年にとっては、勇者という“使命”だけが自分を支える唯一の存在意義だったので、それがいきなり浮浪者にまで格下げされたので、思わず取り乱して声を荒げてしまったのだが、気を取り直して落ち着こう。
「職業に関してもギルドに登録されたばかりですので、これから本当の勇者を目指して鍛練するのもありですね、他にも今なれる基本職も幾つかありますので、先ずはその職種のスキルを磨くのもありだとは思いますよ、それに“真の勇者”になる為には与えられた勇者の称号も必要になりますから……その、なるべく勇者らしい行動を心掛けてくださいね」
「勇者らしい行動?」
何か含みを兼ねた言い方に疑問を感じたが、受付嬢のアンナさんが言うには各職種に就くには、自分が行った行動による実績や鍛練による熟練度上げなど、色々な要素が関係してくるそうだ。
本物の勇者になる為の条件とかはよく分からないが、民衆からの期待を裏切らない誠実さとかもきっと必要って事なんだろう……と言うか今更だけど、勇者ってそもそも職業なのか?
「本来なら冒険者に登録するには、経歴など含めて適性を審査するのですが、勇者様は魔王討伐の任命を受けているのでその辺は特例として優遇されているんですよ」
「え、そ、そうなのか」
それなら登録料も免除して欲しかったのだが、と思ったがそれは云わないでおこう。
「それではまず、ピヨヒコさんにはメインとなる武器を決定して貰いますね、これは装備から切り替える事も出来ますが、職種によっては装備出来ない武器や制限によって扱えない防具もありますので気を付けてくださいね」
どうやら基本職に就くには使用するまずメインの武器を選んで、それに沿った職業に就くことで基礎ステータスに補正が付くらしい。そして更にその基本職から派生した上位職とかもあるようだ。
「えっと、それなら取り敢えず剣で」
決めるも何もまだ錆びた剣しか持ってないから他の選択肢もないのだが。
「メインの武器を扱う事で、熟練度が上がり一定値に達すると、その武器の基本の技スキルを覚えます、職業の方もそれに沿った行動や鍛練で職種スキルを覚えますがそれらは通常のレベルとは別の扱いなので覚えておいてくださいね、それと魔法職に就くことで魔法を扱う事が出来ますが適性によって使える魔法が変わってきますので、それに杖は魔法職に関連しますが、魔力を補助するものと近接戦闘向きで種類が分かれますので取り扱う際には気を付けてくださいね、あと個性や特性によって覚える固有スキルもあり……」
「え、いやいや、待って、多い多い、説明が複雑でよく分からない! 技スキルに職業スキル? 属性の適性? 固有スキル? そもそもレベルって何!?」
レベルとは個人の強さを表す数値のようなものらしい。どうやら魔物を倒す事で経験値を得て、定められた規定値に達する事で上がるようだ。そしてレベルが上がると各ステータスが上昇する。
自分のカードを見てみたらそこには『レベル2』と書かれていた。
【ギルドカード】は名前や職業以外にも現在のレベルやステータスの詳細、覚えているスキルなど、様々な情報が記録されていて、更にこの王国での身分証明書にもなるようで、仕組みは分からないけど持っているだけで自動で情報が更新されるらしい。
技スキルや職業スキルに関しては説明されてもよく分からなかったので、覚えた時にでも実際に使ってみて、改めて効果を確認する事にしよう。
そして、この世界には“魔法”と呼ばれる不思議な力もある。
戦闘を有利にする術なら是非とも率先して覚えたいところだ。
「魔法に関しては冒険者ギルドよりも、魔法を専門に研究してる施設がありますので、詳しい説明や魔法適正の有無はそちらで行う必要がありますのでご了承ください」
「あ、はい」
どうやら今すぐ使える訳ではなさそうだ。
「各職種の説明の他にも魔法による属性の関係性や、各武器の特徴なども戦闘指南を含めてもっと詳しい説明を聞くことも出来ますよ、魔物の弱点など知っておけば戦闘も有利になりますので」
「なるほど、確かに戦闘の仕組みとか色々覚えれば有利には戦えそうだな」
こちらが興味を示すと受付嬢のアンナさんは得意気な感じで、眼鏡をくいっ、としながら、別室で特別講習を受ければ座学や実戦も踏まえて、もっと詳しく教えてくれると強くオススメしてきた。
この世界の常識や戦闘のルール、更にはスキルの詳細や武器の扱いなども含めて、まだ殆ど知らないピヨヒコにとって、それは魅力的な提案だった。
「そ、それなら、お願いしようかな」
「とても良い判断だと思います、それでは習得したい内容に合わせて専門のギルド職員による特別講習となりますので、受講する場合一回300ゴルドになりますね」
「あ、やっぱり遠慮しときます」
「!?」
受講料の話になりピヨヒコは受付嬢さんのその提案を速攻で断った。
自分の意思ではなく画面の少年による判断ではあったが、現状だと所持金も不足してるので有料ならまたの機会でもいいな、とはピヨヒコも思った。
「えっと、戦闘における基礎知識など、詳しく知ることで生存率も……」
「あ、結構です」
それでも食い下がるギルドの受付嬢さんを更に軽くあしらう。
笑顔が少し引き吊っている受付嬢さんの視線が痛いので目を反らす。
戦闘の基礎やその応用など、知識があれば自身の為になるのは重々承知なのだが、己の身を守る為の武器や防具はもっと重要だ。背後の少年もそれは理解しているのだろう。
コイツさては金持ってないな、と察した受付嬢さんも諦めたようだ。
「コホン、まあ余裕がある時にでも必要に応じて受講してくれても構わないですよ、全ての講習を受けるとギルド認定の【見識者】の称号も授与しますので、それでは現在の職種を変えるなら引き続き、職業の変更手続きをさせて戴きますね」
勇者もどきピヨヒコの今の職業は浮浪者。このままでは魔王は倒せないだろう。そう思い受付嬢さんから提示された転職可能な職業をタブレットで確認する。
すると武器の選択項目には【剣使い】【盾使い】【槍使い】【弓使い】【槌斧使い】【杖使い】【素手】と書かれていて、更にそこから今の条件でも選択可能な職業の項目には【見習い冒険者】【剣士】【斥候】それと何故か【盗賊】が表示されていた。
「え? なんで盗賊……あっ!」
そう疑問に思ったが、ピヨヒコには心当たりがあった。町に戻って最初に情報収集した際に、お城や居住区で人目も気にせず、壺や樽などを漁り、それだけに留まらず侵入可能な住居に無断で押し入り、調べられるタンスや本棚など勝手に調べて、換金出来そうな素材や戦闘で使えそうな消耗品とかを掻き集めたのだ。
その姿は第三者から見たらまさに盗賊、もしくは泥棒、さもなくば窃盗犯、或いは空き巣、でなければ居座り強盗、よくて乞食だ。
もちろんこれらの所業は青年の意思によるものではなく、背後の画面の少年に強制された結果なのだが、とても勇者とは思えない自身の行動を思い出して、再び憂鬱な気分になる。
ズズズーン、と気分が沈んだピヨヒコは背後の画面の中の少年を強く睨み付けた。
◇
「ふーむ……」
基本的な操作やチュートリアルならゲームを進めれば自然と覚えるだろうし、取り敢えず受講は後回しだな、戦闘システムや世界観とかも遊んでれば理解すると思うし。
称号って要素もあるから、見識者に何か特殊な効果とかあるなら、内容によっては欲しいところだけど、職業の選択はちょっと悩む。と言うかタブレットがあるなら、銃とかもあるのか?
武器によって個々に熟練度があって技スキルを覚えるようだが、関連した職業に就くとその職種に見合った行動によりポイントを得て、それをスキルツリーに消費する事で職業スキルなど覚えるみたいだ。魔法職に関しても属性の適性などがあるみたいだし、しかも説明は別の場所だとか。
いちいち細かく分かれてるな、広いから移動するのも面倒なんだけど、しかも魔法を覚えられる施設って町を探索した時はまだ入れなかったエリアの区画だよな。
これ最初は選べなくてメインシナリオを進めたら魔法職が解放される感じなのか?
それに初っ端からシーフが選択肢にあったけど、この盗賊職も条件付きで解放される職種らしい。
何も考えずに取れるアイテムを普通に漁ったけど、それがフラグになって転職の条件を満たした感じかな。それに道中で出会った商人に噂の事を言われたけど、漁り行為が悪い噂として広まっている感じなんだろうな。
それにしたってRPGでアイテム漁りが、シナリオとかにも影響するのは珍しいな。
主人公の行動によってNPCの好感度が変動するなら、数値によって他のイベントが発生しないとかもありそうだけど、もしかしたら加担する勢力とかもあって、シナリオも幾つか分岐して進んだりするんだろうか? 選択次第ではバットエンディングとかもあったりして?
このまま悪人プレイで悪事を重ねるのも面白そうだけど、やり過ぎて王国に指名手配されて逃亡生活の果てに魔王軍の陣営に加担したりとか、いや流石にシナリオの根幹的な分岐はないとは思うけど、取り敢えずクリアを目指すなら勇者らしい行動はしとくかな。
そんなことを考えながらも、少年が選んだ職業は『盗賊』だった。
最初は倒した魔物の素材を換金して、武器屋で“鋼のロングソード”を買って火力を底上げするつもりだったけど、森で戦闘した感じだと常に先制攻撃してたし、体感だとパラメーターの期待値以上に敵の攻撃を回避していた気がするので、両手が塞がる長剣よりも、片手で使える取り回しの良い武器の方がこの主人公には合ってそうだ。
盗賊の装備可能な武器種を確認すると短剣以外にも普通の片手剣や軽い盾なら扱えるみたいだし、職種ボーナスで素早さに補正も付くようだ。
職種による装備の重量制限なんて項目もあるけど、やっぱり設定が細かくて覚える事が多いな。
取得可能な職業スキルはメニュー画面の【スキルツリー】の項目から色々と確認出来た。
盗賊は斥候ほど探索能力はないが、隠密行動に関連した技能スキルも幾つか覚えられるようだ。
斥候が覚えられる罠の解除や自動マッピング機能とかはいずれ必要になりそうだけど、盗賊しか覚えられない窃盗スキルもあるし、盗み聞きなど情報収集で活躍しそうなスキルも幾つかあるな。
それに覚えたら戦闘で有利になるRPGではよく見かける強力なパッシブスキルもあったので、取り敢えずはこの技能を取得する為に熟練ポイントを貯めとくのもいいかもしれない。
今後に出会う仲間の能力や、職業によっては変更するかもだけど、差し当たり機動力を生かした戦闘スタイルを目指すことにしよう。
しかしこの主人公、操作してないと時間経過なのかランダム要素なのか、設定された仕草を行うようで、画面内をよく勝手に移動する。流石に画面の枠外まで離れたりはしないけど、まるで意志があるかのようにも思えるので正直少し不気味だ。
何かを訴えてる様にこちらを見てくる時もあるし、細かいところまで良く作り込まれているので、ゲームとしてのクオリティーはかなり高いと感心はするけど。
「いやでも、求めていた感じとは何か違うんだよなぁ……」
基本的な冒険者の説明を受けてギルド登録を終えた少年はそんな事を思った。
◇
ピヨヒコは自分のギルドカードに登録された職業欄の【盗賊】を確認して気分がげんなりした。
選択の決定権がなく行動の自由を少年に握られているのだが、現状だとどうする事も出来ないようなので、盗賊に対して凄く不満はあるが今は諦めるしかないか。
そう、これは試練なのだ。いつかは真の勇者になる為に必要な経験だと思い込む事にしよう。
ギルド受付嬢のお姉さんの説明によると、盗賊はその印象によって人気はそこまで無いのだが、職業スキルによって武器を扱う敵の持っている装備を剥ぎ取り、戦力をダウンさせたり、情報収集の能力に長けているので何かと需要はあるようだ。
また身軽な装備で素早い行動に適してるので戦闘の際には先制行動で魔物を牽制して、逃亡する場合にも有利に動けるらしい。そう言われると案外悪くないとも感じるな。
「基本的な説明は以上になります、それでは勇者様、今後の勇者様のご活躍を願っておりますので頑張って下さいね、冒険者ギルド一同、出来る限りのサポートはしていきますので」
「ああ、ありがとう、いつか真の勇者になれるように頑張るよ」
ギルドの登録も終わったので挨拶をして、素材の換金が出来る解体屋のカウンターに移動した。
倒した魔狼の素材はそこで引き取ってもらえるようだ。
査定してもらうと合計で250ゴルドになった。
細かい内訳はよく分からないが、素材の在庫や状態によって買い取り価格が変動するらしい。
だとしたら換金目当てで同じ魔物を乱獲すると、値崩れしたりもするのかもしれないな。
登録も済ませたので、ついでに【クエスト掲示板】を覗いてみる事にした。
ここで指定されたアイテムの納品や魔物の討伐に、ダンジョンの調査や攻略など、自分の能力にあった依頼クエストをこなして報酬を手に入れる流れだ。
冒険者カードには、ステータスなど色々な情報が載っているけど、ランクとかは特に記載されていないので、強さや等級などで冒険者を区分けされてはいないようだけど。
でも先程の説明だと、受注したクエストの達成回数や魔物を倒すとそれに応じて貢献度が貰えて、その情報がギルドカードに自動で更新されるらしいので、それを見てギルドの方で適正なクエストかどうかを判断するとの事だ。て事は貢献度が足りないと受注出来ない事もあるのか。
掲示板の周囲を観てみると、他にも冒険者が何人か居るのだが、何か妙な視線を感じる。
この国の王様から勇者として認められ、魔王討伐の為に行動している自分に対して、尊敬や憧れなどの畏敬の念がきっとあるのだろう。うん、おそらくそうに違いない。
ピヨヒコはその視線を期待と羨望の眼差しだと勝手にそう認識して思い込む事にした。
もしかしたら例の漁り行為が原因で、疑念や不信感から注目されている可能性もあるけど、その可能性からは目を背ける。うん、そんな筈はないから、きっと気のせいだな。
町に戻ってくる途中で出会った商人の、確か名前はサンソン? と一緒に居た冒険者がしていた護衛の仕事とかもこのクエスト掲示板で斡旋されていて、他にも多様なクエストが貼ってある。
また有事の際には【緊急クエスト】が貼り出される事もあるとか。そして、もしも必要な素材を自分で手に入れるのが困難な場合、受付で報酬を取り決めて受理されれば【依頼クエスト】として貼り出す事も出来るらしい。
冒険で手に入れた魔物の素材はギルドの解体屋で好きなタイミングで納品も出来るのだが、被害などがあり【討伐クエスト】として貼り出されていれば、依頼を達成する事で報酬が支払われる。
ギルドの掲示板を確認すると近隣の村で“ゴキブリン”と呼ばれる群れで統率されている魔物の被害があるらしく、討伐依頼が出されてるようだ。
勇者としては困ってる人々を見過ごせないし、戦闘技能などを磨く為にも討伐クエストを中心にこなして行きたいところだが、複数の魔物をソロで相手するのは現状だと厳しい。それは狼の群れと退治して実感したので、出来たらまずは仲間になってくれる優秀な人材を探したい。
「ちょっとすいやせんね」
そんな気持ちで意気込んでいたら、背後から声を掛けられた。
振り向くと、そこにはゴロツキみたいな格好の小柄な男が立っていた。
頭には小汚いフードを深く被っていて如何にも小物のような雰囲気なのだが……
「くひひひっ、これはこれは、期待の勇者様ではないですか」
なんだコイツ? 全く見覚えのないその男は自分が勇者であることを知ってるようだけど、何処となく失礼な態度で絡んできた。あれ、もしかして煽ってきてる?
「えっと、なんだお前は?」
「いやなに名乗る程のものでもありやせんのでお気になさらずに、くひひっ」
ギルドの受付カウンターやクエスト掲示板から見える範囲には、ギルドが運営してる酒場も併設されていて、食事も出来るようだが、そこで賑わっていた冒険者達も大袈裟に絡んでくる男の声に気付いたのか、何人かこちらを注目していた。
「いや実は俺っちも貴方様と同じく冒険者をしてるんですが、あれほど盛大にパレードで歓迎されたのに、その直後に堂々と町中で盗みを働いていると知って感銘を受けましてね」
「うぐっ、そ、それは……」
自分の意思での行動では無かったから反論したいけど事実ではあるのでピヨヒコは口ごもる。
こちらを見ていた他の冒険者に目をやると、バツが悪いから怪訝な表情になっていたピヨヒコに気が付き、皆一斉に目を反らす。別に睨み付けたつもりはなかったのだが、どうやら自分が思っている以上に今の勇者に対する人々の印象は良くないようだ。
我関せずと仲間内で会話したり酒を飲んでいる冒険者もそれなりに多いのだが。ギルドの職員もこんな事は日常茶飯事なのか、冒険者同士のいざこざにあまり関与しない規則なのか傍観している。
まあ別に言い争って騒いでいる訳ではないから当然か。
「くひっ……いや、別に責めてる訳ではありませんよ、実は俺っちも盗賊を生業としていましてね、その素質と度量を見込んで、もし一緒に仕事をする気があるなら仲間に誘おうと思いましてねぇ」
「仲間?」
そう言って男が目線を向けた先には、酒場の奥の一角で酒を飲みながらこちらの様子を伺っている冒険者が何人か居た。この小男も含めてパーティーを組んでるようだ。
その中心には身軽そうな装備の長髪の女性が居るのだがこの女がリーダーなのかもしれない。
見た感じ妙齢な美人ではあるが、まるで蛇のような不適な笑みと鋭い眼光で、こちらを品定めするように観察している。まあ特に敵意や悪意は感じないので、興味本位で声を掛けたのかも。
「ええ、どうでしょうかね、もちろん分け前もそれなりに……」
「いや、俺は勇者として魔王を倒す使命があるから盗賊稼業には加担しないぞ」
この台詞が自分の意思なのか、背後の少年の判断なのかは分からないが、ピヨヒコはその小男の誘いをきっぱりと断った。
「くっ、ま、まあ強要はしませんので、もし興味があるなら声を掛けてください、ウチ等のボスは大抵あの席に居ますので……では」
「え? ああ、分かった、それじゃあの」
その毅然とした態度に男は動揺したのか少し声が強張る。酒場に居た他の仲間も即答で断られるとは思ってなかったのか、ポカンとした表情をしていた。
何やら仕事の勧誘だったようだが、小男はトボトボと仲間の所に引き下がった。
俺としては既に断ったつもりなんだけど、あのお姉さんに話し掛けたらまた勧誘されるの?
◇
どうやらこのゲームは魔王の討伐を目指す【メインクエスト】に、ギルドの掲示板で受けられる、お使い要素のある【サブクエスト】以外にも、職業に関連する【ジョブクエスト】まであるようだ。
メニュー画面から進行中のクエスト一覧を確認してみたら、盗賊に転職したのがフラグになっていたのか、盗賊関連のイベントが発生したようだ。
酒場で盗賊のリーダーらしき女性と話すと“盗賊たちの狂騒劇”とか言う名称のクエストが進行するようだ。転職して即座に発生したし、初回は自動で断る仕様なのか、ピヨヒコが勝手に断ったけど、もしかしたら盗賊関連のチュートリアルを兼ねている感じなのかもしれない。
でも技能スキルや職業ポイントの取得方法は既に分かっているし、取り敢えずは保留かな。
この手のイベントはその職種に関連した強い装備や、特別なスキル、称号とかも獲得できるのが定番だけど、フラグを立てて措けば任意のタイミングで開始するようなので、面倒だし暫く放置だ。
まずはメインクエストを進めて仲間や装備が整ってから、余裕が出来たら、気が向いた時にでも挑むのが良さそうだ。別にゲームクリアに必須のイベントって訳でもないだろうし。
◇
ギルドから出た後は、武器を新調するようで再び武器防具屋に向かった。
そして手持ちの所持金で、鋼のショートソードと軽鉄のバックラーを購入した。
もう不要だと思われる“錆びた剣”だが、どうやら下取りには出さないようだ。
てっきり盾なしで威力重視の両手剣を買うのかとも思ったけど、ちゃんと防御面も考えて小盾は用意してくれたようだ。それにこのバックラーなら肘に装着出来るので持ち運びも楽だ。
個人的にも片手剣と盾の方が立ち回りやすいとは感じていたから、この組み合わせで良かった。
「うーん、それにしても全財産を
背後の少年はそれなりの決断力とかなりの胆力があるようだ。操られてるのは不服だけど、ゴルドならまた貯めれば良いし、買い物や戦闘の判断は今のところそこまで問題ないようには感じる。
漁り行為に関しては酷すぎて問題しかないけどな。
冒険者ギルドでも勇者らしい行動を心掛けろと釘も刺されたし、画面の少年も流石に改心したとは思いたいが、まさか機を見計らってまたやるつもりじゃないよな?
さて、この後はどう行動するのだろうか。
装備を買って所持金も素寒貧だからまた外に出て魔物を狩ったり、ギルドで簡単な採集クエストでも受注するのかな? そう考えながらも身体は勝手に動き出す。
着いた先は、町を探索した際も少し休憩した、ギルド区にある噴水広場だった。
冒険者ギルドと目と鼻の先なのだが、大きな噴水が特徴的で周辺には植林された木々に腰掛け用のベンチも幾つかあり、この国の住人や冒険者たちの憩いの場になっているようだ。
そして視線の先には、前にも見掛けた魔法使いみたいな格好の若い女性が佇んでいた。
最初会った時はそのままスルーしたけど、まだこの場所に居たようだ。
誰か人でも待っているのだろうか?
そんな事を考えたのだが足が勝手に進み、そのローブの女性の前まで近付くと立ち止まった。
近くで観てみると前にも感じたが小柄でとても可愛い容姿だ。
いや、それよりも、もっと目を惹く特徴もあるのだが。
そんな事を色々と考えていたら相手の方から話しかけてきた。
「あの、すみません、あなたは勇者ピヨヒコ様ですよね?」
「!!」
この名前にまだ馴染めずにいたピヨヒコは、女性に対して渋い表情を返す。
それと同時に、この名前が偽名などではなく本名なんだと確信させられた。
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