第2話 初めての戦闘
第二話 初めての戦闘
見知らぬ場所で目が覚めたら、目の前には初老の髭のジジイが居た。
しかもそれまでの記憶もなく、背後には不思議な画面が浮かび、更にはその中に居る謎の少年に何故か操られているという、まさに空前絶後、全く訳の分からない状況だ。
理解不明のまま期待の勇者として魔王討伐の旅に出るも、速攻で引き返して町に戻ってきた。
「ハァ……何か歩き廻って疲れた」
城下町に戻った後に情報収集の為にあちこち探索させられた。
聞き込みでの情報だと、どうやらこのファンタジーな世界には“魔王”と呼ばれる存在が居て、そいつが使役する魔物と、魔族と呼ばれる種族によって、かなりの被害を受けているらしい。
この【グランバニラ王国】には人族以外にも多種多様な種族がいて魔王が率いる魔王軍を畏怖し恐怖しつつも、多種族同士が協力しながら何とか暮らしている。
魔族に抗う人々にとって、この国は“最後の砦”であり希望なんだとか……
この大陸の名だたる冒険者達が集結して“冒険者ギルド”を設立して運営し、素材の採集や魔物の調査、討伐を“クエスト”として貼り出し生計を立てている。
そんな大国でも魔王軍の猛攻で、数年前には大規模な被害が出たようだ。
その戦禍の中、凄腕の冒険者として魔王軍の幹部と交戦し、激闘の末についに勝利し、魔王軍の残党を撤退に追い込んだのだが、その代償として命を落としたのが自分の父親らしい……
突然この世界で目覚めた俺には、そんな英雄譚を聞いても、残念ながら何も思い出せないのだが。
「それにしても軍資金が300ゴルドだけとは、勇者の扱いが何か酷い」
手元にあるお金は、ゴルドと呼ばれるこの大陸の通貨で、改めてお城を訪れた時にこの国の大臣に何度かしつこく話し掛けたら、魔王討伐の軍資金だと言われて貰った。
何で最初から渡さなかったのかは謎だけど、怪訝な表情をされたしケチなのか?
そしてもうひとつ謎なのが……チラッ
青年が背後を見ると、そこには宙に浮かぶ不思議な【画面】があり、更には画面のモニター越しにこちらを覗いている謎の【少年】の姿があった。
その画面には外枠はなく、四角い平面で奥行きもなく、何故かは分らないが自分の事を常に背後から一定の距離感で追従して来るのだ。振り向いて触ってみようと近寄ったら、背後に回り込まれるし、こちらから離れようとすると追従してくる。
そしてどうやら、俺は自分の意思とは関係なく、この少年に操られながら行動しているらしい。
いや、何を言ってるか分からないと思うが、俺にも訳がわからない。
こちらから話し掛けても特に反応はなく、向こうの声はたまにブツブツと聞こえてはくるのだが、フラグやらテンプレなど、意味不明な聞き慣れない言葉をよく呟いている。
そんな自身の置かれている状況を再確認してみたのだが、改めて沈んだ気分になってくる。
「……ズーン」
背後から追従してくるだけなので、こちらが意識しなければ普段は画面が視界には入らないから、それが唯一の救いだが、この理不尽な状況に対して納得が出来ない。
それでも画面の少年の“目的”は俺と一緒なのか、勇者として魔王を討伐する為の行動も一応はしてくれているようだ。
記憶のない今の俺には魔王どころか、まだこの世界の常識すら分からないから、使命を果たす為にもこの世界の情報を集めて色々と知る必要がある。
城下町に引き返したかと思ったら、積極的に住人に話し掛けて情報を集めたのだ。
とは言え初対面の相手にも関わらず、自分の意思とは関係なくフレンドリーに話し掛けたから、こちらも最初は少し緊張したし、相手によっては警戒されて無視されたりもした。
でも一応、勇者として認識はされているようで、この国の情勢など色々と詳しく教えてくれた、お喋り好きの気の良いおばちゃん達も居たので助かった。
それで噂程度ではあるが、集めた情報を統合した結果、自分の素性も少しだけ知った感じだ。
とは言え俺が勇者に選ばれた詳しい経緯とかまでは分からないけどな。それに何であんなお城の謁見の間で目が覚めて、それまでの記憶すら失っていたのかも分からないし。
しかも画面越しに謎の少年に操られてすらいるし、何がどうなったらこんな状況になるんだよ!!
「……ズズーン」
そして情報収集のついでにお城の場内や城下町を徘徊し、更には住人が普通に生活している家屋にまで勝手に不法侵入し、その家の壺や樽を調べて、更には本棚や箪笥の中身まで物色したのだが、それは決して自分の意思ではなかったとだけ伝えておこう。
もちろん抵抗はしたさ、でも自分の意志では何故か抗う事が出来ず、背後の画面の少年の意志によって勝手に身体が動いたのだ。
そもそも魔王軍に対抗する為には、消耗品である回復アイテムは必須だし、強い武器や防具などの装備も揃えないといけないのに、たった300ゴルドしか渡さなかったこの国の大臣が悪い。
だ、だから俺は、俺は悪くない!
押し寄せる罪悪感を青年は何とか誤魔化して自分の中で正当化した。
別にそこまで正義感が強い訳ではないが、泥棒行為は普通に犯罪だ。
勇者として人々に暖かく迎えられたその当日に牢獄行きとか洒落にならないが、町の人の冷たい視線を感じつつも、今のところ特に咎められたりはしていない。
取り敢えずその成果もあって現在の所持金は1.000ゴルドになっていた。
別に住人の家の家財や金品を直接的に盗んだ訳ではなく、聞き込みしたついでに見つけた不要な素材や消耗品などを道具屋で売って儲けたお金だ。それに元々、手元に100ゴルドは持っていたらしく、城下町を徘徊して手に入れた金銭など微々たるものだ……
再び訪れたお城を探索したら合計500ゴルドほど見つけたのだが、これも魔王を倒す為に仕方がなかったのだと自分に言い聞かせる。
背後を見ると罪悪感を感じてる青年とは裏腹に、画面の少年は何も悪い事などしてないような、罪の意識など微塵も感じさせない清々しい顔をしていた。
その様子を見てると気分が落ち込み、深々とした溜め息が出てくる。
「……ズズズーン」
いや、正直ビックリしたよ? 入れる住居に無言で押し入りその家のタンスやら壺を自分の意思とは関係なく勝手に漁るんだよ? 人の身体を操って何してくれてるんだよ。
しかも住人の目の前で、いくら背後の少年がまだ子供とはいえ信じられなかったね。
この少年には一般常識はないのだろうか? しかも中身に対して文句まで言うんだよ、うっそだろお前!? 通報されないのが寧ろ不思議なくらいだったわ。
そりゃ町の人から冷たい視線も浴びせられるよ、本当にビックリだよ。
薬草や解毒のハーブなどの消耗品も手に入ったが、持ち主には悪いがこれも勇者としての使命を果たす為の糧にさせて貰おう。青年は心の中で深く謝罪した。
それと再び訪れたお城も全て見て廻った訳ではなく、お城の衛兵が通せんぼしていて侵入出来ない階層や、鍵が掛かっていて開かない扉もいくつかあった。
何か地下へと続く階段も見掛けたが、ここにも守衛が立っていて通れなかった。
少年が意地になって粘ったので三階に続く階段の前に居た兵士を牽制して、反復横飛びしながらどうにか通れないか試みたのだが無理だった。
兵士は何も言わなかったが、必死に道を塞いでいたので仕事熱心だと感心した。
いや、寧ろ何で捕まらなかったのか不思議だったわ。
それに操られていたとは言え、お城には売れば金になりそうな家財とかもあったのだが、それには目もくれず壺や樽などを中心に調べていたな。
何を基準に漁ってるのかは分からないが、少年なりに判断基準でもあるのか?
まあ城の家具など衛兵の目の前で盗んだら、確実に捕まるとは思うが。
それとお城や城下町を探索した際に綺麗な硬貨みたいなものを何枚か見つけた。
一見すると金貨にも見えるのだが、何故かこれは売らずに所持するようだ。
小さいメダルみたいだが、ゴルドでもないし、何か使い道があるのだろうか?
◇
「うーん、何か思った以上に広いな、しかもまだ町の地図とかも持ってないし」
テレビの画面を観ていた少年はそんな事を呟いた。
見た目は坊主頭でまんまるい顔をしている、まだ幼げな小学生だ。
探索しながら調べられる箇所はなるべく調べてたけどあまり収穫はなかった。
しかも話し掛けても無視されたり、逃げ出すNPCまで居たし、変な仕様だ。
ゲームを遊んでいたプレイヤーの少年は、愚痴を溢しながらも聞き込みで分かった情報を整理してみる事にした。攻略サイトなどもまだ見てないので、重要そうな内容は簡単なメモを取っておいた。
この王国は中央に高台にあり王城を中心にして城下町が広がり、その周囲を城壁が囲っていて、外部からの攻撃を防ぎ、魔王軍の侵攻を妨げているようだ。
中央には【グランバニラ城】があり城壁に囲まれて敷地もかなり広かった。
そして東、西、南、北で用途に合わせて、区画分けされている。
北区は【王国管理区】と呼ばれ、城壁で区切られ王族関係者や貴族、裕福な富豪などが暮らしている貴族街や娯楽街があるようで、豪華なお屋敷が建ち並び、更には大聖堂と呼ばれる神を讃えて信仰し、礼拝する為の建物などもあるようだ。
その他にもこの国の騎士団が使用している拠点や訓練施設に、魔法を研究している専門家が集う魔導修道院とか言う施設もあるらしいのだが、関所があってまだこのエリアには入れなかった。
西区は【一般居住区】と呼ばれ、国民の住居以外にも生活必需品や日常消耗品を扱う商店街や、市場に、魔物の肉を下取りする肉屋にレストランなどがある。
水路や下水道、井戸などもありNPCが井戸端会議をしていたのだが、ご都合主義的な噂好きのお助けモブキャラが居て、王国の情勢とか含めて色々と教えてくれた。
東区は【職人区】と呼ばれ、冒険に必要なアイテムを売ってる道具屋に、武器や防具を扱う店と、それと連携した鍛冶屋、回復アイテム関連の専門店などもあり、それらを生業としている職人達が生活している。商人とかの出入りも多いようだ。
南区は【ギルド区】と呼ばれ、お城から南門へ続く大道りと、その中間に噴水のある大きな広場があり、その傍らには国から認められた、冒険者ギルドが運営されている。併設された酒場や宿屋に素材の解体屋が連携して経営しており冒険者達の生活の糧となっている……と言う設定らしい。
各区画には外に続く城門があるらしいけど、冒険者は基本的には南門を使うようだ。
建物は石造りの床に石壁や木材、レンガ造りの家屋が主流になっており、まるで中世ヨーロッパの様な雰囲気で、如何にもファンタジーな世界観をした町並みだ。
ゲームやラノベでよくある世界観だけど、銃とか機械は出ない感じか?
取り敢えず城下町をぶらぶらと見回りながら探索してみたけど、グラフィックは思ってた以上に精巧で、マップはちゃんと高低差まであるから、移動が想像以上に大変だった。
まだ入れないエリアや施設とかも多かったので、気が向いたら後でまた探索しながらアイテムを漁るのもありかもしれない。
と言っても一般居住区を漁った感じだと、大したアイテムはなさそうだけどな。
何か野菜とかの食材も幾つか手に入ったのだが、そのままだと素材扱いで使えなかった。
レストランとかもあるみたいなので料理を作って回復アイテムにしたりする感じかも?
でも薬草とか回復ポーションは普通にあるんだけど、料理なんて要素必要なのだろうか。
それと探索中に“アルミシア記念硬貨”とか言うのを何枚か拾ったけど、道具屋では換金が出来なかったから数を集めて便利なアイテムと交換する感じのやつかな? 探索意欲が煽られて楽しいけど、これってあの大作ゲームの小さなメダルのシステムをそのまま模倣してるよな?
あと探索していて気になったのは、各区画に“不思議な黒い柱”の様な建造物が設置されていて調べてみたら、うっすらと光り出した。
特殊なオブジェクトで何かのアーティファクトみたいな感じだが用途は不明だ。
セーブポイントとかではないのだが、まだ機能してないようで使えなかった。
「いや、最初からこんなに情報量が色々あると、全部は覚えきれないんだけど」
と言うか設定が細かい。遊んでいればその辺は自然と覚えるとは思うけど。
取り敢えずは手持ちの所持金で、武器とか防具の装備を整えるとするかな。
◇
「はぁ、何か町の人の視線が冷たくて精神的にも疲れた、広いから移動も思ったより大変だし」
最初の歓迎パレードのように過度な注目を浴びたりはしてないから気楽なのだが、何故かこちらから話しかけないと反応すらしてくれないのでそれはそれで何か悲しい気分になる。
「さて、これからどうするのか……」
「なー」
聞き込みを終えてから、ギルド区にある噴水広場の椅子に座って休んでいたのだが、いつの間にか目の前には一匹の黒い猫が居た。
撫でようかと思い手を伸ばしたのだが、そのまま猫はスタスタと歩いていった。
「猫とかも普通に居るんだな……」
何か小さい角みたいのが生えてた気がしたんだけど、気のせいか?
その猫を目で追っていると、視線の先にはローブを着て、鍔の広い三角帽子を被った、いかにも魔法使いみたいな格好をした若い女性が居た。
見た感じ普通に可愛らしい容姿なのだが、第一印象としては何となく儚く可憐と言うか、気弱で人見知りな印象を受けるのだが、無言でこちらを見ている。
「じぃ……」
視線が交わり目が合うのだが、何か戸惑いつつもその場からは動かないようだ。
この女性も町の人と同じでこちらから話し掛けないと反応しないのだろうか?
用があるなら声を掛けようかとも思ったのだが、オドオドしているその女性を華麗にスルーして職人区の方に勝手に歩き出してしまった。
「……っ!?」
何か言いたげな表情をしてはいたが、無視されると思ってなかったのか狼狽している様子だ。
自分の意思ではないが何となく気まずい。本当に申し訳ないと心の中で伝えた。
そして向かった先は武器と防具を扱うお店だった。魔物を倒すにしても先ずは装備を充実させる必要があるからな、お金も少しはあるし、ここで装備を購入するのだろう。
「いらっしゃい、ここは武器と防具の店です、どういった品をお探しで?」
「えっと、どんな装備があるかも分からないし取り敢えず見せてもらうよ」
店主に挨拶をしてから並んだ商品を品定めする。
今の装備は【冒険者の服】に【冒険者のマント】それと頭には宝石らしき綺麗な石が填まってる【鉄の額当】そして武器が【錆びた剣】だ。
鎧すら着てないし、これでどうやって魔王を倒せと言うのだろうか。
青年は頭を抱えて悲観しながらも商品の選別をする事にした。とにかく自分としては命を大切に、をモットーに先ずは防具を優先的に購入したいところだが。
目に付いたのが【軽鉄のバックラー】250ゴルドと【鞣し革のレザーアーマー】500ゴルドに【軽鉄のアーマー】1.000ゴルドだ。
他にも何かめちゃめちゃ高い鎧もあったのだが、買えないので今回は除外だ。
武器の方も種類はあるが【鋼のダガー】550ゴルドと【鋼のショートソード】900ゴルド、そして両手で扱う【鋼のロングソード】1.200ゴルドが手頃だ。
投擲専用の武器などもあるらしく、弓や槍なども売っているが、取り敢えずは剣で戦ってみたい。
「うーん、武器一つとっても思った以上に色々な種類があるんだな、どれも強そうだけど」
ロングソードなどは両手で扱う為に威力はあるが、その代わり盾は一緒に持てないようだ。
剣や槍に弓や杖、盾にも種類があり、長さや大きさによって値段や性能も異なるようだ。
ポーション類などの回復アイテムも必要だしここで所持金を全て使う訳にもいかないが。
やはりここは堅実に、堅牢堅固とまではいかなくとも防御を固めたいところなのだが……
◇
「先ずは強い武器だな、攻撃力こそRPGの真髄だし」
武具屋のショップ画面を見ながらそんな事を呟く少年。
防具はお金に余裕が出てからでも取り敢えずは問題ないだろう。
先ずは出来ることを確認しつつ、ガンガンやろうぜ、の精神だ。
序盤だしシビアな価格設定ではあるが、色々とやりくりしながら装備を整えていく感じは嫌いではない。戦闘とかして終盤になればどうせ金なんて余ってくるだろうし、序盤のこのタイミングでの買い物の方がワクワクして好きだ。
この国の大臣から貰った300ゴルドには遠足のおやつ代かよ、とも思ったが。
でも物価的には日本円にすると1ゴルドが大体100円くらいの感じなのかな?
うーん、どうせならもう少しお金を貯めて、早めに強い武器を買った方が効率的かな、最低限の回復アイテムは拾ったのがあるし、町の外に出て魔物を狩りながら、足りない分のゴルドを稼ぐか、このゲームの戦闘システムがどんな感じなのかも取り敢えず把握しておきたいし。
「……と言うかこれ装備にも色々と要素がある感じか、耐久度なんてのもあるし面倒だな」
◇
ここは城下町の外のフィールド。
青年の意思は反映されず、結局なにも買わずに初期装備のまま町の外に駆り出された。
出来れば小回りの効く軽鉄のバックラーくらいは欲しかったな、と言うかいきなり実戦かよ。
まあ俺も戦闘の感覚とかは早めに掴みたいから異論はないけど、拾った薬草なら幾つかあるからなんとかなるか? いや、やっぱり異論も不満もあるよ、色々と準備不足だし!
この周辺の情報は城下町を廻った時に多少は聞けたから、危険な場所にさえ行かなければ魔物もそこまで強くはないとは思うけど……
そもそも魔物との戦闘ってソロでするものなのか? 普通は一緒に戦ってくれる仲間をまず集めるものなんじゃないのか!? 縛りプレイなんて俺は求めてないぞ!?
魔物だって弱ければ群れを成すくらいの知恵は持っているのに、この少年は何を考えてるんだよ。
それに何で“冒険者ギルド”を避けたんだろう?
クエストを受注すれば報酬を得る事も出来るし、どう考えても最優先で行くべき施設だよな?
あの少年はひねくれた性格なのか?
そう考えて青年は恨めしげな表情で背後の画面を確認した。
「城下町の外に出てもやっぱり付いてくるのか……って、あれ、画面がない!?」
あ、いや違う、やっぱり付いて来てる、しかも何だあれ!?
「てかなにこれ、何かデカくない!? な、なんだこれ!?」
デデドン!!
普段とは違い背後の上空に巨大な画面があり、その中に何時もと変わらない少年の姿があった。
画面のサイズに合わせて少年も巨大化していて、上空から大きな顔に見下ろされている感じだ。
「え、え? なにこれ? でっか……」
突然の変化に困惑する青年。
それによく観ると座りながら何やら手に持っているようだが、あれは何だろう?
背後からこちらを覗いているのは変わらないので、後ろさえ確認しなければ視界には入らないし、意識しなければ既にそこまで気にはならなくなっていたのだが、いや、それにしてもデカくない!?
「お、落ち着け、まずは深呼吸だ……すぅー、はぁー、よし、大丈夫だ、忘れよう、あれはただの大きな四角いパネルだ、俺とは何も関係ないものだ」
背後から視線を感じつつも精神を安定させる為に自然と【スルースキル】を覚え身に付けた。
現実逃避でしかないのだが、今の青年には必要なスキルだった。
巨大な画面には戸惑うが既にここは外だ、いつ魔物が襲ってくるとも限らないので警戒を怠らないように気持ちを切り替えよう。
「……む? なんだあれ?」
手前の上空を見上げると何やら、空に浮かぶ島のようなものが見えた。魔法と呼ばれる不思議な力もあるようだし、空を浮かぶ不思議な鉱石とかもあるのかもしれない。自分が知らないだけで、きっとそういう世界観なのだろう。
視界には入る距離だが、すごく遠いわけでもなく、近すぎるわけでもない。
絶妙な距離に鎮座するように浮かんでいる。天空の城でもあるのだろうか?
なんとなく見ていたら『バ○ス!』と、謎の呪文を唱えたくなった。
幻想的な光景にワクワクするが、あんな高い場所に浮かんでいてはどうする事も出来ない。
気球とか何か空を飛べる方法とかもあったりするのだろうか?
そのまま街道に沿って暫く歩いていたら道が二股に分かれていて、看板が立っていた。
内容を確認すると右の道を行くと【魔女の森】とも呼ばれる深い森があり、左の道沿いに進めば、王国の近隣にある【リンソーン】と言う村に行けるようだ。
「ふむふむ、隣村の方はそれなりに距離があるみたいだな」
そう言うと身体が勝手に動く、どうやら魔女の森の方に行くようだ。
「ハァ、良かった、流石に準備不足のまま遠くの村まで徒歩でとことこと歩くのは嫌だしなぁ」
近隣の町や村には基本的には乗り合いの馬車など使って往来するようだ。無理をすれば徒歩でも行けない距離ではなさそうだが、下手すると何日か掛かるかもしれない。
夜営するなら灯りやテントなども必要だろうし、遠出するのは準備不足で流石にまだ無理だろう。
この辺の街道沿いは見晴らしも良く
「この辺の街道は魔物も居なくて穏やかだし、魔王の脅威に平和を脅かされていると言われても、何か実感が湧かないなぁ」
情報収集した感じだと城から続く街道は幾つも枝分かれしてるようで、看板に書いてあった近隣の村や森以外にも、鉱山などにも続いているようで南門以外から出て、街道を道沿いに進めばまた違う場所にも行けそうだ。
冒険者は基本的には王国のギルドでクエストを受注して町の外で魔物を狩りながら装備を充実させたり、戦闘を繰り返して腕を磨いたりするらしい。
そうして個々の力を鍛える。過去には魔王討伐の為に傭兵団を募り、攻勢に出て奪われた領土を取り戻したとか、王国の騎士団を中心に魔物の大規模な侵攻を防いだとかも、一般居住区で井戸端会議をしていた噂好きのお喋りなおばちゃん達から色々と聞いた。
勇者と言っても個人の力には限界はあるだろうし相手は魔王だ。この国だけではなく、他国とも協力しながら奮戦しているのだろう。
何か少し勇者としての立場と自信を失いつつもあるけど、今は自分に出来る事をするとしよう。まずは弱い魔物と戦って戦闘に慣れる必要がある。
そんなことを考えながら魔女の森に入ると、再び変化があった。
背後を見てみると追従する画面がまた前と同じ普通の大きさに戻ったのだ。
「あ、戻った、何だかんだ気にはなってたから良かった……いや、良くはないが、この訳の分からない状況が、決して良い訳がない!」
青年は少年に操られてる今の状況に慣れつつあるのを根底から否定した。
どうやら背後の画面は外に出るとあの大きさになって、城下町や森など探索する場所では普通の大きさになるようだ。と言う事はあの少年が巨大化した訳ではなく、画面の大きさに合わせて中の映像も拡大されてる感じかな?
どんな理屈なのかは分からないが、そう言うものだと諦めて受け入れる事にした。
そのまま少し進むと、だんだんと森が深くなってくる。
付近には泉もあるようだが、突然ゴソゴソと茂みが動く。
魔物の気配がしたので警戒を強めつつ武器を身構えると……
テロテロテロテロテーラーラー♪
唐突に、何処からか激しい曲調の戦闘曲が流れて来た。
「む、なんだこの曲は?」
そう言えばお城の中や城下町、それこそここまでの道中でも何故か分からないがその場の雰囲気に合った曲が流れていた気がする。
あまりにも自然な感じで聞こえていたからか、持ち前のスルースキルが発動して途中から気にもならなくなっていたのだが……
周りには誰も居ないけど、この演奏は何処から聞こえてくるのだろうか?
しかし戦闘に合う曲調を聞いていると不思議と気分が高揚しヤル気が湧く。
目の前に現れたのは魔狼が2匹。情報収集をした際に、この地域の周辺に出没する魔物の特徴も少し聞いたのだが【ウォーキングウルフ】と呼ばれているらしい。
突然流れた戦闘曲に気を取られていたが何故かそのまま待機している。とは言え敵意は感じる、ジリジリとこちらを見据えて今にも襲ってきそうな雰囲気だ。
見た目はそのまま狼なのだが群れで歩くその姿は統一性が取れていて、何か見ていて少し面白いのだが、連携しながら獲物を襲うようだ。
牙や毛皮が換金素材になり肉は食用になるようで、群れで襲われるとかなり脅威だが個々の強さはそこまでではないらしい。やはり情報は大事だ。
1匹ずつ確実に倒せば何とかなるだろう、流石に背後の少年もそのくらいの判断は出来る……と信じるしかない。さあ、初戦闘だ!
青年は少し緊張した様子で魔物と対峙する。
何かよく分からんが様子を見てるなら都合が良い、先制攻撃だ!!
「とりゃぁ!」
ズバッ! と錆びた剣で近い方の狼を斬りつける。
そして直ぐに距離をとって囲まれない様に警戒しつつ、動き出した狼の反撃に身構える。
「ぐはっ」「あいたっ」
しかし素早く襲い掛かる狼の攻撃を続け様に受けてしまった。
まだまだ体力には余裕はあるが、どうにも調子が悪い。背後に浮かぶ画面の少年に行動の選択をされてはいるが、別にその場から全く動けない訳ではないのだ。
ここまでの探索でも周辺を少し調べたり、軽く立ち回るくらいなら自力での行動は可能だった。しかし今の攻撃は見えてはいたのに上手く回避が出来なかった。
はじめての戦闘だし、まだ身体が思うように動かないのかもしれない。それならと慎重に魔物の次の行動を見極めているのだが、魔狼は2匹とも何故かその場から動こうとしない。
「……?」
疑問に思いつつも動かないならばと、再びこちらから攻撃を仕掛ける。
ギャイン!
先ほど斬りつけた手負いの1匹に追撃すると何とか仕留める事が出来た。倒されたウォーキングウルフからは黒い靄が噴き出し霧散する。するとそのタイミングでもう1匹の魔狼が動き出した。
「ぐあっ」
今度こそ避けたと思ったがまたしても攻撃を食らってしまった。
噛まれた左腕から激しい痛みが走る……ぐぬぬ。
◇
「初期装備だと雑魚相手でも少し苦戦する感じか」
ゲームの戦闘コマンドから選択肢を選び、攻撃を集中させて魔物を1匹倒したが、主人公だけでレベリングするのは流石にキツそうだと感じた。
「やっぱり早々に強い武器は必要だな」
それでも初期装備の【錆びた剣】の説明文を読むと、亡き父の形見の剣。とか意味深な事が書いてあるので、いつか関連イベントが発生する流れになりそうなので売らずに所持しておく事にした。
現在の装備だと狼を1匹倒すのに2ターン必要なのだが、狼の攻撃が集中すると体力が削られて回復が間に合わなくなりそうだ。狼4匹以上に同時に襲われると、ジリ貧になって削られそうだな。
戦闘の参加人数で得られる経験値が分割されるみたいだから、ソロの旨みもあるにはあるけど。
因みにこのゲームで魔物と呼ばれる存在はどんな形態でも“匹”と数えるらしい。
まあ統一されてる方が分かりやすくていいな。
「うーん、この探索エリアで1人で戦うなら、小まめに町に戻って回復しながら往復してレベルを上げていく感じかな」
この手の王道RPGは、最初の方は大半が近道などはなく、堅実に戦闘を繰り返すしかない。
それが醍醐味ではあるし楽しいのだが、このゲームの仕様だと移動が少し面倒そうなんだよな。
メニュー画面から進行中のクエストの確認が出来るのだが、メインシナリオを進めるなら先ずは冒険者ギルドに登録する必要があるようだ。
取り敢えずちょっとした金策のついでに戦闘システムがどんな感じなのか確認する為に外に出たけど、効率もあまり良くなさそうだし戻ったらギルドに向かうとするか。
そんな事を考えつつ少年は“たたかう”のコマンドを選択して、残った魔物にとどめを刺す。
◇
「……か、勝った」
軽く手傷は負ったけど、無事と言える状態で勝利する事は出来た。
倒した魔物を見るとその場で消滅して毛皮と牙と肉をそれぞれ1つずつドロップした。
初勝利の実感を青年は噛みしめる。
いくら魔物とは言えその命を奪ったのだ、少なからず思う事もあるのだが、平和の為だと自分に言い聞かせる。殺らなければこちらが殺られるのだ。綺麗事は言ってられない。
倒した魔物の亡骸は残らずに黒い靄が霧散して素材に変換されるのだが、何とも不思議な光景だ。魔物だからなのか? そしてどういう原理なのか青年が手を触れるとそれらのドロップした素材やアイテムは何処か不思議な“異空間”に収納された。
いや、何なんだこれは!?
探索で素材を手に入れた際も、またそれらを換金した際も、何もない虚空から出し入れしてたのだが、どういった仕組みなのか全く理解が出来ない。
所持してるアイテムの管理はどうやら背後の画面の少年が行っているようだが、これもあの少年の能力なのか?
持ち運ぶ手間がなくて楽だけど、少年の判断で戦闘での行動の成否も決まるからこちらとしては気が気じゃないのだが、不思議な強制力で自分では行動を選べないし、信用するしかないのか。
「ハァ、取り敢えず勝てたけど体力も少し減ったし、あまり無理はせずに、戦闘は極力避けて森を探索したいところだが……」
その願いが通じたのか、見えている敵を避けつつ周囲を探索したのち来た道を引き返すようだ。
青年は安堵した。
出来れば深傷を負う前に回復アイテムも所望するけど、手持ちの回復は薬草しかないんだよな。
見た目も青臭くて正直かなり苦そうなんだけど、これってそのまま食べる物なの?
いや、どうみても素材そのものだし絶対に苦いよね、煎じたり、調合してから使うやつだよね?
そんな疑問を抱いていると、再び近くの茂みがガサゴソと動く。
「!!」
テロテロテロテロテーラーラー♪
戦闘曲と共に目の前に現れたのは、4匹のウォーキングウルフだった。
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