ワンダークエスト 二面世界の冒険譚

白川夜舟

第一巻

第1話 旅立ち

第一話 旅立ち


 ファンファーレが鳴り響く。

 ここは城下町、周囲を見渡すと人々の羨望の眼差しと歓声。


『なんでこんなことになったのか……』


     ◇


 久し振りに会った叔父から譲って貰ったゲームを自分の部屋で起動する。


 タイトルは【ワンダークエスト】量販店のワゴンセールで買った中古ソフトらしいのだが、聞いた事も見た事もない、全く知らないタイトルだった。


「うーん、何かレトロな感じの安っぽいパッケージだけど、面白いのか?」


 何となく興味を持ったので遊んでみる事にした。もしつまらなかったとしてもどうせ貰い物だし、暇潰し程度に楽しめればそれで構わない、そう考えていた。


「まあ少し遊んでみてから判断するかな……ポチッとな」


 ジャンルはRPGみたいだけど、パッケージを見た感じだと王道ファンタジー的な世界観らしい。


 えっと、まずは主人公の性別と名前を決めて──……



 デェン、デ~ン♪

    

 時は暗黒の時代

 世界は魔物を率いる魔王に支配され


 デェェン、デデデ~ン♪


 大地には悪意が蔓延り

 人々は魔物たちに苦しめられていた


 デデドン♪


 しかしそんな絶望の渦中に

 世界を救うべく一人の勇者が現れた


 パアァァァァァ♪


 テロップが流れ、騒々しい効果音と共に眩い光に包まれる──


     ◇


 暗転していた意識が覚醒する。

 目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。


「……あれ?」


 周囲を確認すると、目の前には立派な髭を生やし王冠を被った王様らしき人物と、その傍らには、お妃様らしき豪華なドレスを着た女性が居る。

 他にも大臣みたいな男に、鎧を着た騎士、神官のような男まで居た。


 何やら視線を感じる……この場の全員が俺を見ているけど、誰だコイツら?


 煌びやかな刺繍が施された赤い絨毯に大理石で出来た柱、そして玉座。

 そこはまるでファンタジー世界のお城の“謁見の間”のような場所だった。


「え、なんだこれ?」


 記憶はハッキリしないが“異常事態”なのは理解した。

 状況が掴めずに困惑してると、王様らしき初老の男が口を開いた。


「ついに旅立ちの日が来た、もはや魔王に立ち向かえるのはお主しかいない」

「え? いや、何を言ってるのか訳が分からないし、突然そんな事を言われても困るんだが」


 いきなり変な事を言われて青年は困惑した。


 流れる沈黙。


「ついに旅立ちの日は来た、もはや魔王に立ち向かえるのはお主しかいない」

「は? いや、だから旅立ちの日って何の事を言っているんだ?」


 再び流れる沈黙。


「ついに旅立ちの日は来た、もはや魔王に立ち向かうのは、お主の宿命だ!」

「いや、そもそも状況が理解出来ないんだけど、なにこれ? 宿命?」


 すると王様のような格好をした白髪の男は先程と同じ台詞を再び繰り返す。

 最後のだけ何か主張が強めだが、何だこのジジイは、ボケているのか?


 状況が分からず、青年は目の前の男に対して怪訝な表情を浮かべる。

 すると白髪のジジイはそれに反応して、こちらを睨み返してきた。


「さあ旅立てその日が来た、もはや魔王に立ち向かえるのはお主しかいない」

「いや、どんなに言われても魔王討伐なんて無理なものは無理なんだが……」


 何度もしつこいな、と言うなんだよ魔王って? そんな変なのが居るのか!?


「さっさと旅立つのだ、魔王もお主が来るのをきっと待ち侘びているだろう」

「……はい」


 ?? 何だ今の? もしかして俺が『はい』って言ったのか!?

 自分の意思とは関係なく肯定する返事をしてしまい青年は戸惑う。


「そうか、お主の父君も勇敢で偉大な戦士だった、しかし魔王の配下との戦いで……おっとすまない、ツラい事を思い出させてしまったな」


 いや、ちょっと待て、何だこれ? 状況が理解出来ない……ここは何処だ? 何で口が勝手に、一体誰なんだコイツらは!? と言うか……


 俺って誰だっけ?


 自分の記憶を辿ってみても何でこんな事態になっているのか思い出せなかった。

 底知れない不安が押し寄せてきて汗が頬を伝う。一体なんなんだこの状況?


 もしかして“記憶喪失”ってやつなのだろうか!?


 見知らぬ場所に、見知らぬ天井、そして見知らぬ人達。

 自分の事すら何も思い出せない現状に恐怖し戦慄する。


 もしかしたら自分は知らぬ間に“異世界”にでも召喚されたのだろうか?

 元々は違う世界に住んでいて、何か不思議な力の影響を受けて、それまでの記憶を失った感じか?


 つまりこれは、異世界転移!?


 しかし自分の格好を改めて見てみると、鎧こそ着てないが周囲の人達と同じようなファンタジーな感じの服装をしていた。

 フード付きのマントを羽織り、腰には剣が納まった鞘を携え、頭には何か丸い宝石のような石が填まった鉄で出来た額当てをしているようで、まるで“冒険者”のような雰囲気だ。


 全く見に覚えのない自身の姿に青年は困惑するも、あれ、ちょっと格好いいかも?

 と思った。


「さあ勇者よ、ついにその日は来た、今こそ旅立つのだ!」

「……勇者?」


「お主ならきっと魔王を倒し、この世界を救う事が出来るだろう」

「!!」


 魔王、勇者、世界を救う、その言葉がリフレインして青年の心を揺さぶる。

 すると心の奥底から、何やらよく分からない“使命感”が溢れてくる。


「そうだった……俺は、勇者だ!」


 ここまでの経緯は思い出せないが魔王を倒し世界を救う。

 それが自分に与えられた“使命”なんだ!!


 状況はよく分からないが、何故か根拠のない自信が湧いてくる。


「さあ、勇者よ、機は熟した、今こそ旅立つのだ!」

「コクリッ!」


 途中から何か投げやりな言葉を発していた王様や、大臣達に見送られ強く頷く。

 俺は勇者、それ以外の何者でもない。


 不安は払拭されて、力強く謁見の間を後にして振り返ると、そこには……


 デデドン!!


 空中に浮かぶ、不思議な四角い【画面】があった。

 そしてその中には【見知らぬ少年】が居て、こちらを観ていた。


「ふぁ!?」


 え、誰? なにこの画面!? 何で浮いてるの!?

 これからの冒険に思いを馳せていた青年は突然の意味不明な出来事に困惑した。


「アハハは……何か変なものが、なんだこれ!?」


 画面の中の少年と目が合うが特に反応がない。なにこれ? なんだこれ!? 

 訳の分からない状況に更なる追い討ちをかけられた青年は“混乱状態”に陥る。


「な、なんだお前は、え、なにこれ、何をしてる!? なんでこっちを見てるんだ、なにか言えー!!」

《……?》


     ◇


「今時こんなベタな開幕ストーリー展開なのか、選択肢もループで強制するなら最初から選択肢なんて付けなきゃいいのに、うーん、でもまだ冒頭だし取り敢えず飽きるまでは遊んでみよっと……」


 部屋のテレビに映ったゲームを操作しながら、画面を眺める少年。


 久し振りに会った叔父から貰ったゲーム『ワンダークエスト』を遊び始めたけど、よくある平凡なストーリー展開に何処か古臭さを感じて愚痴を溢していた。

 とは言えグラフィックは思った以上に精巧で、キャラデザを含め、建物など全体的な作り込みも中々なものだ。  


「それにしても何か変わった感じの主人公だな? まあ別にいいけど」


     ◇


 くそっ、こっちの声は聞こえないのか? あっちの方は何やらブツブツと独り言を言ってるけど、まるで会話になってない。しかも微妙に視線が合ってるようで合ってないから気味が悪い。


 それにしてもどういう事だ? 気が付いたらお城と思われる場所に居て、背後には何か変な画面が浮いていて、その中に変な奴が居て、こっちを見ていて……

 俺は勇者だよな? それは間違いないと言う確信は何故かあるのだが、それ以外の記憶がない。


 現状を整理しながら青年はトコトコと歩き出す。そしてその事に違和感を感じる。


「……ん?」


 あれ、何で俺は歩いてるんだ? 身体が……勝手に動いてる!?

 そう言えばさっきも勝手に『はい』と受け答えしていたし。


 分からない、ちょっと待ってくれ、そもそも俺はどこの誰なんだ?

 勇者なのは何となく理解したけど、本当にこの世界の住人なのか!?


 困惑しつつも体が勝手に扉を開き、王様達の居た部屋から出る青年。


「どうなってるんだよこの世界は、何もかもが理解出来ない……えっ?」


 扉を閉めて廊下に出て振り向き、背後を見てみると……

 そこには空中に浮かぶ画面と先程の少年の姿があった。


「えぇーー!?」


 なんで!? どうしてまたコイツが居るんだ!? だってこの少年はさっきまで『謁見の間』に居たじゃん。それなのにどうして廊下に!? あれ、もしかして俺の後を付いてきてる!?

 背後に浮かぶ謎の画面の中には間の抜けた表情をした謎の少年、もうなにがなんだか訳が分からないよ。


「おい、そこの兵士あれを見てみろ、どう思う!?」


 近くに居た兵士に駆け寄って、背後の画面について問い掛けた。

 そう言えばさっきの謁見の間に居た王様や大臣達は、空中の異物に対して何も反応してなかったけど、もしかして自分にしかアレは見えていないのだろうか?


「これはこれは勇者殿、なんでもこのお城には隠し部屋があるそうですよ、そう言えば廊下の奥のランプが壊れていたな、修理しないと」

「……は?」


 質問に対して、兵士はまるで関係ない事を言い出した。会話が成立していない事に再び不安を感じる青年だったが、また勝手に身体が動き出す。


《なるほど、そのランプが隠し部屋のスイッチか、フフフ、ベタな謎解きだな》


 モニター画面の中からそのような声が聞こえたが、混乱していた青年はその台詞を聞き逃した。


「なんだよ、あの兵士まるっきり話が通じないじゃないか、しかもまた勝手に歩いてるし……もう本当にわけがわからん!」


 自分の意思と関係なく動いている状態に青年は戸惑っていたが、二階の廊下の奥にあったランプの目の前で足が止まった。そして何となく不自然なそのランプを調べると、カチッと音が鳴り『ボフン』と、何もなかった壁に扉が出現した。


「わぁ、隠し部屋だぁ……て、意味わかんねぇ!!」


 頭を抱えながらその小部屋に足を踏み入れる青年。


 確認するとその部屋には宝箱がいくつか並んで置かれていた。

 どうやらこの隠し部屋はこの城の宝物庫みたいな場所のようだ。

 その周囲には、他に人も居ないので静寂としてるのだが……


「いや、なんでここにも、お前は居るんだよ!?」


 そこには変わらず宙に浮かぶ、謎の画面があった。


 画面のモニター越しに映っている少年に質問を投げ掛けるも反応は特にない。

 しかし思った通りこの画面は俺の背後を追従しているようだ、ガサゴソ。

 何でこんな事に、あの少年は一体何者なんだ……ガチャガチャ、ガチャン。


 って、なにやってるんだよ俺は! 何でお城の宝箱を勝手に開けようとしてるんだよ!?


 あわわわ、これじゃあまるで泥棒じゃないか、そう思いつつも身体が勝手に宝箱を物色する。

 そして中身を確認すると……そこには『薬草×3』が入っていた。


《なんだよ、薬草かよ、他の宝箱はなんだぁ?》

「え?」


 目の前のモニター画面からそんな台詞が聞こえてきた。

 困惑しつつもそのまま他の宝箱も、身体が勝手に動き当然のように漁る。


 まさか、そういう事なのか!? パカッ、宝箱を開ける、パカッ、宝箱を開ける。

 まさか!! まさか!!!


 あいつが俺の身体を操っているのか!!!?


「そんな、バカな……」


 俺は一体、何者なんだ──


 城の外に出ると空は雲ひとつない晴天だったが、青年の心はどんより雲っていた。

 状況を整理しきれていないまま歩きつつ背後を見てみると、そこには変わらず追従してくる宙に浮かぶ画面と、そこに映ったまだ幼い雰囲気の丸い顔の少年がこちらを観ていた。


「あ~、外に出てもやっぱり付いてくるのか、何者なんだよこの子供は」

《む?》


 なんでこんなことになったのか……


 自分は何者なのか悩みながら城下町の大通りまで出ると、次第に歓声が聞こえてきた。

 おそらくこの国の住人であろう大勢の人々が、自分の意思とは関係なく町の外に向かって歩いている青年を中心に、道を開きつつも期待と羨望の眼差しを向けている。


「え、なにこれ?」


 何処からともなく流れてくる音楽とファンファーレ。その曲に合わせる様に色鮮やかな花吹雪が舞っている。

 それはまるで勇者の門出を祝う“凱旋パレード”のようだった。


 「あの人が勇者?」「勇者だ!」「英雄の息子だ」「勇者様、頑張れー」

「どうか魔王を倒してくれ」「がんばえー」「キャー、勇者様ぁ、ステキー」

 「勇者様バンザイ!」「勇者様バンザイ!!」「勇者様バンザーイ!!!」


 人々が呼び掛けや応援、黄色い声援など、温かい言葉を掛けてきた。

 何か熱狂的なバンザイコールまで聞こえて来て、かなり気恥ずかしい。


 ワァァァア……と浴びせられる祝福の歓声に青年は理解する。


 そうか、そうなんだ、俺が何者かなんて関係ないんだ……

 魔王を倒さなければ俺は何者でもない、魔王を倒し世界を救う。


 それが、俺の使命!!

 真実がどうであれ、彼らが俺を勇者と呼ぶ限り、俺は勇者なんだ!!


 自分でもよく分からない“使命感”が、心の奥底から再び溢れてくるのを感じる。

 記憶もなく、背後に浮かぶ訳の分からない謎の画面とその中に居る変な少年に操られている事実は受け入れ難いのだが、自分が勇者だと言う事を強く実感した。


 自信を取り戻し、悠然とした態度で颯爽と町の出口に向かい歩く青年。

 その背中を暖かく見送る人々、これからの冒険に漠然とした期待と不安を抱えつつも、青年の心は昂り弾んでいた。


「旅立ちか……ちょっと感動的だな」


 魔王を倒したらきっとまた帰って来るぞ、それまで暫しのお別れだ。

 青年はそう意気込む。


「よーし、旅立つぞ、出発だー!! クルッ……て、戻ってる!?」


 馳せる思いとは裏腹に、青年の身体はその場でUターンして町に引き返すのだった。


     ◇


「城の外に出たら何か強制ムービーのイベントが入って自動的に町の出口まで移動したな、まずは城下町で情報収集でもしてから装備を整えよっと」


 テンプレ展開な始まり方ではあったけど、古き良きRPGって感じでこれはこれで楽しく遊べるかもしれない、と少年は思った。

 

 両親がゲーム好きで、過去に流行った大作ゲームなども幾つか遊んだ事はあるけど、それに通じる何か懐かしい雰囲気はあるので、これからの展開に期待する。


 魔王を倒すまで、クリアまで楽しく遊べればいいのだが……


     ◇


 城下町に戻った青年だったが、先程のパレードの歓声や喧騒がまるで無かったかのように人々は普段通りの日常に戻り、先程まで讃えていた勇者に対してまるで無関心な感じで過ごしていた。


 そして舞い散っていた花吹雪も既に片付けられたのか、その形跡すらない。

 いや、速攻で引き返して来たんだけど、そんな事が起こり得るのか?


「ようこそ、ここは道具屋です、何のご用でしょうか?」


 そして訪れた道具屋の店主も、何処となく素っ気ない対応に感じる。


「……なんか哀しい」


 記憶を失い操られる勇者の波瀾万丈で前途多難な冒険の始まりであった。

 そしてそれと同時に、この世界で魔王と呼ばれる存在もついに動き出す。

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