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透々実生

The gift of ...

 盗むつもりは毛頭なかった。人を殺すつもりも。

 俺はただ、金が欲しかっただけなんだ。


          🎄


 568円。

 何度見ても568円。口座の中にはそれなりにあるが、生活費と学費に消えることを思うと、迂闊に手は出せなかった。

 金が要る。

 ある日俺は、大学の図書館で机に顔を突っ伏しながらそう思った。

 別に2次元ないし2.5次元への推し活やブランド物、キャバクラのためじゃない。クリスマスに、彼女である門音かどねに特別な思いをしてもらうため。


 特別な思いをしてもらうためには、特別に――生活費など必要経費の他に、金が要るのだ。


 だが、それを捻出するのも大学生にとっては至難の業だ。物価は高くなる一方だし、賃料も半端な潔癖症のお蔭でボロアパートに住む決意ができず、ワンルームではあるがそこそこ支出がある。家が貧乏だから仕送りは期待できないし、奨学金はあれど生活するので手一杯だ。趣味であったライブ鑑賞も自粛せざるを得なくなった。どれもこれも、どこかの国が戦争をしているせい――風が吹けば桶屋が儲かる、なんて言うが、俺は一銭も儲かっちゃいない。むしろ毎月支出と戦争し、黒字を勝ち取らねばならなかった。

 その状況で収入を増やすには、単純だが、バイトを増やすしかない。だけど奨学金を貰っている手前、それなりの成績を残す必要はあり、学力が中の下の俺はついていくので精一杯。更には無駄に試験が増えたせいで、その対策にも追われていた。


 それでも、金が欲しかった。


 今は12月19日。つまりクリスマスイヴまであと5日。

 クリスマスイヴに俺は、門音かどねとデートすることになっていた。

 門音と出会ったのは、大学に入ってから。たまたまクラスが一緒で、たまたま話す機会がそれなりにあって、その内に惹かれ、文化祭で一気に距離が縮まり……なんてベタな恋愛小説のような経緯で、クラスメイトは彼女になった。

 彼女カノジョと過ごす、1回目のクリスマス。

 少しくらいは良いものを食べて、ちょっとした贈り物を渡そう――そう思い立ったのは、寒風吹き始めた12月になってから。しかし財布も口座も、とてもじゃないが薄ら寒かった。


 どうしようか数日思い悩み、挙句俺は、即日即金のバイトを見つけることにした。

 流石に闇バイトの存在は知っている。SNSでもYouTubeでもその話題で持ちきりだからだ。明白あからさまにおかしなバイトだったり、内容が不透明で怪しいバイトだったりは避け、「昨今問題化している受け子金の詐取叩き強盗運び詐取物の運搬などの特殊詐欺は一切なし!」と謳っているアカウントにDMを送り、履歴書を送付し、簡単な面接を通り、あれよあれよという間にバイト当日を迎えた。


 どう考えても闇バイトだった。


 覆面を被らされ、手袋を着せられ、知らない人に車に乗せられ、謎の地図を渡されながら、無言の重苦しさに耐えていた。今更降りるとは言い出せないし、そもそも何か言葉を発したら危害を加えられる――そんな圧力に肺が押し潰されそうな感覚がする。

 隣には、俺と同じく加担する人が2人。どちらもやせた体型。無言の圧力を押し返すだけの胆力は、どちらにもなさそうだった。

 目的地に着くまでは、仕方なく地図を見ておくしかなかった。正確には地図と共にどこかの家の間取り図で、赤線で経路らしきものが引かれている。

 車が止まる。「降りろ」という冷たい声と共にドアが開く。夜の冬風が肌を突き刺した。その後で、ドアの先に広がるのがうら寂しい公園だと知覚する。

 車から降りると、スマホを没収され、抑え目の声で運転手が告げる。

「お前たちには、車の中で渡した地図の経路で家に侵入し、金品を奪ってもらう。住人がいたら構わず殺せ。40分後にこの公園で集合、そうしたら指定の場所で解散だ。いいな?」

 頷く以外の選択肢はない。

 そうして車が去った後、地図に従い、公園から徒歩7分の家へ向かう。


 これから、強盗行為を行う。

 そして、金を稼ぐ。

 その後は――どうなるのだろう。

 そうして稼いだ金で……純粋な気持ちで、クリスマスを祝える筈もない。そもそも、クリスマスに外を出歩けている確証もない。


 そんなことは、頭では分かっていた。


 だけど、断ることなどできなかった。断ったら、俺も家族も酷い目に遭う。もしかすると彼女も――俺は面接で、彼女の存在を口走ってしまっていた。

 俺はバカだった。

 バカなことくらい分かりきっていたことなのに、改めて本当に、バカだと思った。

 ……隣の2人を見る。どちらも、これから強盗殺人をするようには見えない。車の中で感じたような、どこか反抗できない弱弱しさがあった。

 だからこそ、家に着いてしまったら最後、強盗(最悪、殺人)をするしかないという強迫観念に支配される気もしていた。そうなったら――行きつけのラーメン屋で流れていたテレビのニュース映像と「懲役」という言葉が、頭の中に不意に蘇る。

 刺すような寒さも相まって、急速に頭が冷えた感覚がする。


 多分……いや、引き返すなら、絶対に今。

 この気弱そうな2人なら、俺でもなんとか説得できるんじゃないか?

 そんな根拠のない気力が沸き立った。


「……なあ」

 俺は、声を掛けた。寒さと緊張で喉が締まっていて、か細く情けない声だった。

 それでもよかった。声を上げることが大事なのだ。

 今まで会話がなかったものだからか、2人は驚いて目を見開いていた。だけど俺は続けた。

「今すぐ、警察に駆け込まないか? そしたら……」

「お前」

 その瞬間、1人――男の声だ――が俺の肩を掴む。声を上げてしまったが、喉が締まっていたせいかその声もか細かった。

「お前、さ……」

 男は、何か言葉を迷っているような……というか戸惑っている・・・・・・ような、そんな感じがした。

 こんな状況で戸惑うなんておかしな話だと思うが、実を言えば、俺も戸惑っていた。

 ……そうこうする内、意を決したのか。

 男が――否、




「その声……お前、黒内・・じゃないか?」


 俺のクラスメイトの、白田・・が言った。

 そりゃ、目も見開いて驚くわけだ。

「……あ、ああ」

 辛うじて返答する。「いかにも」と気取った返事をする余裕など、当然ない。

 俺の返答に、男は覆面を外す。やはり白田だった。俺も覆面を取って黒内としての顔を晒す。

 気が休まったとも気まずくなったともとれない白い息を、お互いついた。

 しばらく所在ない沈黙が流れた後、俺が話を切り出す。

「……お前も、応募してたのか」

「ああ……どうしても欲しいモノがあってな。これならホワイト案件だろ……って思ってたんだが」

 頷く。

 一応、これだけは聞いておくことにした。

「……もう、ここで止めにするよな?」

「当然だろ……20数年も棒に振る勇気は、俺にはねえよ」

 いや、勇気じゃなくて無謀だな。

 白田は乾いた笑いを浮かべる。口端は引き攣っていた。絶対に寒いからではなかった。

 だけど、これで期せずして仲間ができた。

 あとはもう1人も説得できれば……。


「わ、私も」


 俺が思ったのと同時、もう1人も声を上げた。

 その声は、女性だった。

 そして。




 俺は、その声を知っている。


「……嘘、だろ」

 嘘だと思いたかった。

 けど、事実。

「……門音・・?」

 その声は――俺の彼女の声・・・・・・だ。

 門音かどねは観念したように頷き、それから覆面を外した。

 間違いなく、門音だった。

 一体どう説明したらよいのか……そんな不安げな表情で、俺のことを見つめていた。

「なんで、ここに」

「……そっちこそ。でも、うん、あのね」

 門音は、俯き、少し唇を噛み、それから意を決して顔を上げた。


「あの、さ。行きたいって言ってたよね。年末開催のフェス」


 その一言で。

 俺は、門音が何でこの闇バイトに応募してしまったのか、全てを察してしまった。

 そうか、そうだったのか。

 だから……こんなことを。

「だから、さ。早くお金が手に入るって聞いて、応募したんだけど……闇バイトってわかった時には、もう遅くて……相談も、できなくて……」

 気持ちは嬉しい。

 でも、そのために闇バイトに加担していると知ると、そうか、こんな気持ちになるのか……この感情、できれば知りたくはなかった。

 だけど、お互い様だった。

 門音もきっと今、同じ気持ちだ。

「……ねえ、三太は?」

 門音が尋ねる。当然だ――カレシがクリスマス直前、闇バイトに加担して、いったい何をしようとしているのか、気にならないわけがない。

 俺は、決心して言った。何を言われても、仕方ないと思いながら。

「俺は……この前、門音がいいなと言ってた服を、買ってあげようとしたんだ。でも、俺もこれが闇バイトだなんて、思ってなくて……」

 その瞬間。

 門音は、苦笑した。もうそれ以外、表現できないとでも言うように。

「だよね……私も、引っかかっちゃったし」

 それを聞いていた白田も苦笑した。俺も。

 3人同じ表情をしたところで、やることは決まった。

「この近く、交番ってあったっけか?」

「スマホがあれば、地図アプリですぐなんだけどな……」

「私、分かるよ。ちょっと歩くけど――」


          🎄


 こうして、バカな俺ら3人は交番に駆け込み、保護された。

 強盗も殺人もするつもりなんてなかった、金が欲しかっただけなんだ――そう言うと、「もう2度とするんじゃないぞ」と一喝を受け、それから「全力で守ってやる」と力強く言われた。

 しばらくの間、自宅待機を命じられ、警察官による物物しい警備パトロールがあったので、クリスマスに外で門音と過ごすこと自体パーとなってしまった。当然だ。むしろこんな年の瀬にバカ3人の警護をさせてしまって、本当に心苦しかった。

 しかし一方で。

 門音とも白田とも、関係性を壊さずに済んだ。

 もしもこのまま闇バイトに加担していたら。もしも実行役に「従わなきゃ殺す、一緒に来なきゃ殺す」という頭のおかしい奴がいて、逆らえなかったら――そう考えると、俺は本当に恵まれていたのだと思う。


 そして恵まれているのは、今も。

 門音と通話をしながら、事態が落ち着いたら何をしようかと、いつになるかも分からない予定を立てられているのだから。




 たった一歩踏み間違えただけでも、この未来にはならなかっただろう。

 そう思うと、背筋が凍る。




 年が、明けてゆく。

 寒気のする闇を纏ったまま。






Homage to "The Gift of Magi" by O. Henry.

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