オルゴールの音色は響く

セツナ

『オルゴールの音色は響く』

 高い一音が響く。その音が消え入る前に、次の音、更に次の音が響き、メロディーになっていく。

 流れる音の波に心を震わせながら私は足をばたつかせる。

 小さい頃からこの音が好きだった。

 リビングに飾られた家族写真の横にそっと置かれた、オルゴール。

 それをまるで宝物のようにお母さんが扱うから、私もそのオルゴールがとても大切な物なのだと気付いた。

 ネジをたくさん巻いて、もう回せなくなる所まで巻いたら、ゆっくりと指を離す。

 すると綺麗な音色で音楽が流れていく。

 まるで私がその音を作り出しているような錯覚になる、その行為がとても好きだった。


***


 私は物心ついた時からずっと、そのオルゴールを宝物のように毎日巻き続けた。

 そうしている内に我が家では私が毎日、夕食終わりに私がオルゴールで曲を流すことが日課になっていた。

 そんな私にお母さんが、優しく頭を撫でながら声をかけてきた。


「凛は本当にそのオルゴールが好きよね」

「うん! だってすごく綺麗な音だもん」


 私がニコニコ笑いながら、ふふ~と音楽に合わせて足を振っていると、お母さんもオルゴールを目を細めて見つめた。


「このオルゴールは私とお父さんが小学生の時に、作ったものなのよ」

「そうなの?」

「そう。工作の時間に作ったのよ」

「へぇぇ」


 工作の時間にオルゴールなんて作れるんだぁ……。いいなぁ私も作ってみたいなぁ……なんて、思ってしまう。

 お母さんをちらっと見ると、懐かしそうに目を細めていた。


「お母さんとお父さんはね、今の凛と同じくらいの時から一緒にいるのよ」

「そうなの?」


 初めて聞く話だ。

 お父さんとお母さんが私と同じくらい子どもだった時なんて想像もつかない。


「そうよ。あの時はお父さんとお母さんは仲が悪くてね。話すたびにケンカばかりしていたわ」

「えぇ!? 嘘だぁ」


 今の仲のいいお母さんとお父さんからは想像もつかない。


「本当よ。凛にもいるんじゃない? わざわざケンカを仕掛けてくる男の子が」


 お母さんに言われて、とある男子の姿が浮かぶ。

 うん、確かにいる。

 私はそいつの事が割と好きだったのに、いつからかケンカをしあうようになってしまった奴。


「多分お母さんたちもそんな感じだったの」


 そうなんだぁ。

 なんだかちょっとビックリだけどそういう話をしてもらえて嬉しいな。

 私はちょっぴり胸の奥が温かくなった気がする。


「凛も素敵な人が出来るといいわね」

「できるかなぁ」

「できるわよ」


 お母さんはそう微笑むと私の頭を撫でて立ち上がり、お皿を洗うためにキッチンに行った。

 その姿を見ながら、私は徐々に音がゆっくりになっていくオルゴールに耳を澄ませていた。


***


 ある年のクリスマス。

 私は彼氏とケンカをしていた。

 高校生になって初めてできた彼氏。気づいたらそばにいて、仲良くなっていて、告白されて付き合いだした。

 私もずっと好きだったから、とても嬉しくて涙をこらえながらその告白を受け入れた。

 そんな彼氏と付き合って初めてのクリスマス。

 二人で出かけたイルミネーション。でもそこには人が他のカップルがいっぱい居て、私はちょっと恥ずかしくなっていた。

 彼は私と手を繋いでカップル達の間を縫いながら、イルミネーションの近くまで連れて行ってくれた。

 でも、そこで彼がキスをしようと顔を近づけていた。

 私はこんなに人がいっぱいいる場所でキスをしたくなくて、思い切り拒絶してしまった。

 それに彼はとても傷ついた顔をして、そんな表情をさせてしまったことに、私もショックを受けて。

 そして予定時間よりもずっと早く、帰宅をしてしまった。


 とぼとぼと家に帰ると温かい家の空気に、そこまで堪えていた涙があふれてしまった。

 玄関で鼻をすすっている私の声を聞きつけたお母さんが慌てて駆け寄ってきた。


「凛! どうしたの?」


 お母さんに尋ねられ私は「彼氏とケンカした」とだけ言った。

 お母さんは心配そうな表情を浮かべたまま、私の手を引いた。


「寒いからとりあえず入りなさい。ね?」


 手を引かれるままリビングに向かう。

 暖房の効いた部屋の中で温まっていると、お母さんがホットミルクを出してくれた。

 私の大好きな飲み物だ。

 そしてそれを私の前に置くと、お母さんは何気なしにオルゴールのねじを巻いた。

 高校生になってからも、ことあるごとに音を聞いている私の宝物。


「彼氏ってあの子でしょ?」


 お母さんは斜め向かいに座りながら声をかけてくる。


「うん」


 私はホットミルクに口をつけながら頷く。

 お母さんには付き合う前から彼の相談をしていた。


「何か嫌なことをされたの?」

「違うよ」


 違う。びっくりしたけど、彼は悪くない。


「そっか」


 お母さんは頷くと、淹れたばかりのコーヒーに口を付けた。


「じゃあ、また仲直りできるといいわね」

「うん」


 私はこくんと頷いた。

 彼氏のことが私は大好きだ。ずっと一緒にいたい。

 だからまた仲直りしたい。

 お母さんはそんな気持ちをわかってくれているんだ。


「後で連絡してみる」

「それがいいわね」


 私の言葉にお母さんは嬉しそうに微笑んだ。

 後ろではオルゴールの音が流れていて、そんな時間がとても尊いもののように感じた。


***


 12月24日。

 私はリビングに座っていた。

 生まれ育ったこの家とも、もうすぐでさよならしなければいけない。

 明日私は結婚する。高校生の時から付き合っていた、彼と。

 リビングに並んだ家族写真を見つめる。

 七五三で不機嫌そうな私の写真。

小学校の入学式の写真。卒業式の写真。

 卒業式では笑顔を浮かべる私と、その横で恥ずかしそうに視線をそらしている彼がいた。

 小学生の時に出会ってケンカをたくさんして、卒業式で「今までごめん」って謝られて。中学生になったら周りの目が気になってちょっと疎遠になって。

 でも同じ高校に進むことができて、高校に入ってすぐに告白された。

 その年のクリスマスにケンカしちゃって、でも次の日には仲直り出来て。

 大学は別々の道に進んだけど、それでもずっと一緒にいてくれた人。

 私のお父さんお母さんと、4人で撮った写真もあった。

 小学生の頃と同じように恥ずかしそうな表情をしているが、その眼はあの頃よりもずっと大人になっている彼の姿があった。


 写真たちを眺めていると、隣にたたずむオルゴールが映る。

 ずっと私と共にいてくれたオルゴール。

 私はそのねじに指をかけ、時間をかけてゆっくり回した。

 手を離すとそこから音楽が流れだす。

 こんなに何度も流しているのに音が悪くならないのは、きっとお母さんが私の知らないところで小まめに手入れをしているのだろう。

 そんなことを考えていると、お母さんがリビングに入ってきた。


「あら、まだ起きてたの」

「中々寝れなくて」

「そうよね、わかるわ」


 お母さんは頷くと私の斜め前に腰かけた。

 私とお母さんが大事な話をする時の定位置だ。


「寂しくなるわね」

「うん」


 言葉少なく二人で写真を眺める。

 何も話さなくてもお母さんと気持ちが共有できていることを感じる。

 お母さんは音を流し続けているオルゴールに視線を向ける。


「凛は本当にこのオルゴールが好きよね」

「うん、大好き」


 ずっと私の人生と一緒にいてくれたオルゴール。

 お母さん達の思い出を聞いた後は、余計に大切なものだと感じていた。

 あの話を聞いていなかったら、私はきっと彼と仲良くなることができなかったと思う。

 徐々に音楽が途切れていくオルゴールへ、お母さんは手を伸ばした。


「このオルゴール、凛に預けるわ」


 お母さんは手にしたオルゴールを私の前に置いた。


「えっ……でも」

「いいのよ、こんなに大切にしてくれるんだもの」


 お母さんは微笑んだ。


「お母さんと同じくらい、凛が大切に思っていることが分かるもの」


 お母さんの言葉を受けて私はオルゴールを手にした。


「私たちの子どもに生まれてくれてありがとう」


 お母さんの涙交じりのその声に、私の目からは次々と涙が流れていく。


「私こそ……っ、大切に育ててくれてありがとう。お母さんが大好きだよ」


 ボロボロと涙を流す私とお母さん。

 本当に、お母さんの子どもでよかった。

 何度も何度も「ありがとう」と伝えて、お母さんの手を握りしめる。


 二人の泣き声と合わせるように、リビングには時計の音が響いていて、オルゴールが私たちの横で静かに眠っていた。


-END-

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