女神の帰還 15
平和的解決といって、那人が取ったその手段。
「だって、あんまり補佐官とかが怯えてるし、ここは僕、ちょっとは平和的解決方法でいつも仕事してるんだよっ、てとこを強調しておかなくちゃいけないと思って。」
無害な笑顔で、うっかり顔だけ見ていれば、かわいらしくさえある黒髪黒瞳の調整官を前に、皆がもういいから、と思っていたが口には出さないでいた。
自発的な告白だけでこの有様なのに、どうしてうっかり発言をして、さらなる恐怖を引き出したりなど、出来るだろう。
延々と告白、というか仕事内容を那人にいわせる羽目に陥ってしまった、最初の発言をしてしまったリゲルは、深く深く反省していた。
「だから、取り敢えず今回は副官さんのいうとおり、もともと一つは十年前帝国域に入ったこの惑星圏の、独自政権からの非公式接触希望に対応するって目的とね。」
にこにこ、本当に無害そうだ。
「…それと、エンゲス君の活動がさ、どうも最近、剣呑になってきてたんで、そろそろ打ち止めかなーって、気分になってたし。」
何が剣呑で、何が打ち止めにしたいのか、第一、気分というのは何なのか。誰もが突っ込みたいが、うっかり口を開いたときの恐さで突っ込めないでいる。
「それでね、最近の活動に、終止符を打ってもらいたかったから、丁度空いてたし、これは丁度いいなーって、艦長が居る藍氷を借り受けて訪問することにしてね。」
「…――私は、最初から囮か。…」
確かに自分で囮になったが、それと他人に囮にされていたというのとは別問題である。
低く口にした艦長に、何?とあいらしく調整官が首を傾げる。
「なに?どーしたの?艦長さん。」
「―――…っ。」
「堪えてください、艦長。」
リゲルが後ろから羽交い絞めにして艦長の発言を封じる。口を塞がれた艦長が、副官に抗議して目で睨む。
「…聞いてくれればいいのに。」
さみしそうに、口許に指をひとつあてていうかわいらしいさまに、艦長が脱力して肩を落とす。
「いい、離しても、聞かないから。」
「かしこまりました。」
「聞いてくれないんだー。」
沈黙して艦長が那人の視線を遣り過ごす。
「遠慮しなくていいのに。」
艦長が肩を落としたまま凍りつく。リゲルがそこはかとなく視線を逸らし、ティアさえ、沈黙して視線を落している。補佐官は、ずっと調整官が視野に入らない方を向いて沈黙している。
「おかしいなあ。皆どうしたの?暗いよ?」
「いいから続けてください。」
勇を振り絞って、いうのはリゲルである。
「うん、続けるけど。どうしたのかな、本当。でさ、艦長さん来るって報せてあげたら、とてもよろこんでね。エンゲス君ったら、艦を奪う計画と、艦長さん殺してこの惑星域に支配力を強化する計画とよろこんで建ててくれてね。」
にこやかにいう那人に、艦長が呟く。
「つまり、私はやはり囮か。」
ぼそり、と暗く呟く艦長に、リゲルが押えてください、と小声で云う。
「大丈夫だ、押えてるぞ?」
「エンゲス君にとって、君は十年前に取り逃がした獲物だからね。とてもよろこんでくれていたよ。」
「…それは、どういうことだ?」
底冷えのするような声音で云う艦長に、対してにっこりと那人が組んだ手に顎を預けていう。
「うん。エンゲスは、連邦の傀儡だった。―――というより、本来連邦の人間なんだね、かれは。連邦の好きな、潜入して相手政権の掻き回しをして、武器の援助とか、政争の激化とか、―――いろいろして、帝国に対して反旗を翻させるのがかれのお仕事だったわけ。」
「――連中は姑息な手が大好きだからな。」
冷えた表情になる艦長に、那人が頷いて笑顔になる。
「うんそう、あの子達って、本当に陰険な手が好きだよね。連邦って、帝国が本当に嫌いだから。どうしてこんなに仲が悪いって聞きたいけど。」
「別に、嫌ってはいないぞ?どうでもいいのに、向こうがちょっかいを出してくるだけだ。連中のいう、正義とやらの押し付けは、沢山だといいたいな。ようは、資源を手にしたくて手を出している惑星域ばかりのくせに、政争とか正しい政治形態とか、余計な口を開いてほしくないものだ。まだ金が欲しくて盗むという泥棒の方が、正直に生きているというものだろうよ。」
いう艦長に、隣でリゲルが嗜める。
「そのものいいでは、嫌っていないとはいえませんのでは?全面、好悪の感ばかりという感じですが。」
「おまえな。それはその通りだが、第一おまえは連中を嫌ってないというのか?」
「敵として現れたときは好悪に関係なく敵ですからな。唯単に護りを主とする帝国に属していて、助かると思うときはありますが。」
「そうだよな。連中、仕掛けはする、しかも先制攻撃は平気でする、――どうみても文明を重視してるとは思えないほどどうかしている。犯罪者引取り協定も交わしてない相手に、引渡しに応じないからって、先制攻撃仕掛けるような連中だぞ?正気かというんだ。」
「――まあそういう例は、腐るほどありますから。あんまり考えると本気で腐ってきますから、考えるのはやめましょう。何れにしたって我々軍人としては、命令に従うだけですが、少なくとも、防御に呼び出されているだけ、助かっているというものです。向こうの連中は、仕事としてこれでは辛いだろうと、思うことが度々ありますよ。それでも、艦長。私達のしている仕事だって、結局変わりのあるものじゃありません。」
「すまん。わかってる。―――続けてくれ。」
那人が少し首を傾げ、続けて云う。
「つまり、十年前、帝国に対して紛争を起こさせたのは、連邦、エンゲス君の介入によってだったわけ。それまで良好な関係を築いていた帝国と皇国マクドカルは、そのとき紛争状態に突入した。尤も、帝国にだって全然非が無かったとは思えない。火種はあった。交流する二国間、特に、一方が巨大な時はよくあることだけれどね。でも、いっておけば、内政干渉はしていなかったし、貿易不均衡もむしろ帝国が多く譲歩していたのだけれどね。」
「そうは見ていない者達もいたということです。」
「うん、いたねえ。…権力とか、利権とかに近付けなかった、非主流派とかいう人達のことだね。十年前、そんな人達が焚き付けられ、武器の供与を受け、現政権に、帝国に対する不満を突き上げて、戦を起こした。」
ティアを向いて、那人がしずかにいう。
「絶対に不満を持つものがいない国家というのはありえない。どんな組織でも、どれほど小さいチームでも、まったく不満が存在しない集団というのは無いんだ。皇国マクドカル代表。」
手を組み、しずかな不思議な黒が、ティアを見詰める。
「火種を見つけること、そして大きくすることは簡単なことだ。それを大きくして人の命を奪う政争に、戦争に発展させることも難しくない。けれどね、代表。」
若草の瞳に、恐ろしく深い黒が告げる。
「けれど、そうした不満が、何処にも見えない国は、既に国ではない。―――わかるかな?」
酷く緊張して、息を整えてからティアが頷いた。
「おそらく、わかっています。――完璧な統治など、誰も不満を持たない政治など、あってはいけない。」
「そう、不満を、出来るだけ少なくするのが政治だけれど、総ての不満を無くそうと思ってはいけない。また、消えない不満を見ない振りをしてもいけない。そしてさらに、不満を出来るだけ無くするようにしなくてはいけない。―――政治に、矛盾しか無いけれども。」
微笑して、那人が少女を見る。
「矛盾があることを忘れてもいけない。―――きみは、自分が唯代表であることを忘れてはいけない。忘れることはとても容易い。」
「ええ、…――私の、父と母のように。」
「皇国も、帝位も、同じことだ。それらは、わかりやすいターゲットとして存在している。帝国が帝位を中心とするのは、いつでもその帝位を、誤ることがあれば引き摺り降ろす為。システムの中心としての帝位はいつでも交換可能なものです。そして、その為の調整官として僕は働いている。」
だから、と微笑む。
「きみが間違うなら、僕は調整に赴きます。今回、貴方がたが改めて政権を樹立し、政府として機能する申請を助けたと同じように。」
「――明日のことはわかりません、調整官殿。ですが、今日を一歩一歩歩いて行くことなら私達には出来る。そう信じていくしかないのです。そして、だからこそ私達は、帝国に加盟し、連邦の内政干渉を断つことを選らんだのです。」
「エンゲス君って、その意味では中々尻尾をつかませなかったからねえ。…艦長っていうえさがあってたすかったよ。君のせいで、十年前、彼は仕掛けを仕損じて、せっかく蜂起させた民衆は鎮圧されるし、帝国が結局皇国の自治権を封鎖し取り押さえてしまった。失敗した仕掛けを再び成功させる為に、あの基地に赴任してから随分がんばっていたみたいだけど、そこへ君の帰還はいかにも都合が良かったからねえ。かれも、今度こそ、手土産もってお里帰りができるって期待してたんだろうけど。」
「…――聞いてると、うっかり気の毒になってくるな、…。」
気のせいなんだが、という艦長に、リゲルが隣で僅かに頷く。
「うっかりそうなりますな。…内乱を引き起こした首謀者など、同情できるものではないのですが。」
「エンゲス君も、長いこと潜入してたんだけどさ。組織なんて信用しないで、自分の好きなことだけしてればよかったのにね。あ、それとも騒乱を起こすのが好きだったのかな。」
人畜無害な顔をして、にこやかにいう那人のさまに、胆が冷える心地がする、調整官以外一同である。
「それは、軍人として、耳が痛いですな。」
自省するリゲルに、艦長がいう。
「うっかりそう云う物事を考えない方がいいぞ。何れにしたって、おまえ、理不尽な命令に従う気ないだろうが。」
「―――何の御話ですかな?私は模範的な帝国軍人ですが。」
「…――おまえ、以前准将に昇進するはずのとき降格されて、大佐になったろう。」
「何の御話ですかな?いずれにしても、私は命令は遵守致します。」
「うん、聞いとく。」
ティアが不思議そうに二人の遣り取りを眺めている。つまりはいざとなったら命令よりも個人としての行動を優先するという軍人としてはあるまじき発言をさらりと流している二人に瞬きする。
「調整官殿。」
「うん、なに?」
「帝国軍人というのは、このような方達ばかりですの?」
「まさか!命令は遵守する処か、護るものだって考えることもせずに護ってる輩が普通だよ、帝国も。」
「その点は連邦と同じですのね、…。」
「そうそう違うもんじゃないよ。どちらも同じ人が組織してる処だからね。」
「そういうものなのですか。…」
「だよね。で、エンゲス君は基地のエネルギーライン通して帝国艦を手に入れようとしたり、いろいろがんばってね。で、其処に艦長さんたちが思った通りの行動とってくれたから、僕としては凄く助かっちゃった。」
にっこり、感謝してるね、という那人に、脱力する二人である。艦長がそれでも漸く気力を振り絞って云う。
「――つまり、エンゲスが基地を危険に晒すのを、黙ってみてたのか…。」
「でも、君も基地のシールド騒ぎが、結局は艦を動けなくして、あわよくば奪取を狙ってたってこと、知ってたんでしょ?」
「その位はな。…乗ってやらなければ、相手の手も見えてこないだろう。」
「その場合、君は艦の乗員の命と基地の人員の命を賭けてたわけだからね。」
お互いさま、といって微笑む姿に、額に手を当てる。
「いや、…そうかもしれんが、どうも、だな、貴君と同じといわれるのは、人として如何かという気がするぞ。」
真摯にいう艦長に、補佐官が同意する。
「そうです。貴方は人として、此の方ほどの非道はなさっていないと思いますよ。」
「慰めてくれてありがとう。古族の方というのはやさしいのだな。」
「本当のことを申しあげているまでのことです。」
「―――…ひどいっ。本当に補佐官?僕の補佐?」
歎く那人に、誰も同情する素振りさえみせない。すねた顔をして見る那人にも、一同知らぬふりである。
「…ひどいな、すねちゃおうかな。…」
「私が妹と対決すると知って、放っておいたのだろう?」
その那人に冷たく艦長が云う。
「えっと。」
上目遣いで見る那人に、艦長が据わった目で云う。
「一つ間違ったら、あのエンゲスがあんな芝居気を出して引き合わせたりしなければ、私は妹を殺していたかもしれないんだぞ。」
「――いーじゃない、終ったことなんだし。」
「――…貴様。」
「一応誰も死ななかったし、さ?」
「エンゲスはあれは、如何して自爆しましたの?」
思いがけぬ助け舟に、那人がよろこんで乗った。疑問を差し挟んだティアに向き直る。
「うん、あのねっ、エンゲス君は、切羽詰まってたわけ。で、証拠を残すわけにも、引き渡す訳にもいかないんだね、――という彼なりの結論に達してさ。」
「それで自爆ですか?正直に申しあげて、――エンゲスの干渉は実に振り解くのが難しいものでした。あのとき、一同を集めてその前での芝居が破綻したとはいえ、あの程度のことで自爆するとは思えないのです。」
「うん、本人ならそうだろうね。」
那人がにこやかにいった一言に、一同が沈黙した。
さらりと投げられた言葉に思わず対応を忘れて動きを止める。
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