女神の帰還 17

「―――あの、う。」

「うん?代表?」

「…あそこで自爆したのは、――エンゲス本人ではありませんの?」

流石というべきか、一同の中で一番に立ち直って発言したのは、皇国代表となるリ・ティアだった。艦長もリゲルも、まだ回復しないでいる。

「反応が限られてると思ったことは無かった?言葉に不自然さは?あれはエンゲスが用いていた駆体だよ。情報を収集する為に作られた駆動体。情報を本体に送信する為にあった道具だね。」

「―――――畜生っ!」

「艦長、落ち着かれて。」

「尤も、エンゲスは最初から駆動体だけを使っていたから、本人かどうか見わける何て問題では無いんだけどね。本体は情報収集をする為の別に作られた基地にずっと潜んで、コントロールを行うんだ。連邦がよくやる手段だよ。」

「…畜生、そいつは何処だ?何処にある?いって打っ潰してやる。」

「いや本当、うまく端末が自爆するようにもっていけてよかったよ。」

「―――調整官?…貴様?」

立ち上がった艦長をリゲルが抑え、それに構わずにっこり呟いた調整官に、艦長が剣呑な視線を向ける。

「もしかして、――エンゲスのいう通りに舞台を整えるようにいったのは、―――芝居に乗った振りをするようにと私に依頼なさったのは、――その、自爆させる為でしたの?エンゲス、――ではない、その端末を。」

「やっぱり芝居させられてたんだな?このやろーに。」

怒る艦長を何とか押し留めつつリゲルが訊ねる。

「そのう、…―――気のせいでしたら、済みませんが、―――――索敵の為に、まさか今度の事を、一部始終、仕組まれた、とかは、…。」

思わず語尾が小さくなる副官に、艦長が振り返る。

「おい?それって、…おまえっ?」

「いえ、出来れば、辿り着きたくない結論なのですが、…。」

「うん、まんざら、ばかばかりじゃなくてうれしいよ。」

「…うれしい、ですか、―――。」

暗く、リゲルが呟く。

「うん、幸運かなっ。」

「―――あなたの、幸運ですか…。」

肩を落とすリゲルに、那人が不思議そうに訊く。

「ね、それじゃだめ?」

「いえ、…――構いませんが。」

「そう?処でまあ、そういう訳で、隠れてた本体も見つけることが出来たから、らっきーかなーって。連邦のコントロールを見つけるのって、中々骨なんだよね。流石に最後に情報送信する量と、自爆の司令を行わせる送信も、幾つも中継基地やごまかしを含んでたけど辿れたからね。大丈夫、きみたちが破壊しなくても、ちゃんとぼくが本体は確保してあるから。これまでの収集して流してない情報とか、向こうの情報とか、沢山手に入れたから。序でに、コントロールしてた本体も無駄なく押えてあるから。よかったね、皆。」

笑顔で那人が言い切った途端、艦長が視線を逸らして遠くを見詰めた。

「…艦長?」

「いうな。…如何してか、敵に同情しそうになってる自分がいてな。」

「それは私も同意ですが。」

「…捕えられましたのね。…」

「口先だけでいいの?証拠見る?」

全員が一斉に首を振った。提案した那人が哀しそうに訴える。

「えー、いけないよっ、人の話聞いただけで信じちゃっ。これ、僕の報告でしょ?真実とはどーしてわかるの?ねえ、ちゃんと裏付けとか証拠とか、集めてからもの考えようよ。」

訴える那人に、艦長が視線を逸らしたまま、疲れた声で云う。

「…確かに正論だが、一つ思い出してな。」

「なに?艦長さん。」

かわいく訊ねる那人に、胃に重いものを感じながら艦長が云う。

「職分を護る、とうことだ。所詮、一生の間に人間に出来ることは限られている。ならば、何もかもをこなそうとして何事も成さないよりは、己の職分を護り、その分野だけでも職務を真っ当する、――人というのは、小さい力を持つものだからな。その持てる力で出来る限りのことをするのが、本来の責務というものだ。」

「で、何がいいたいの?」

訊く那人に、艦長が淡々という。

「調整官。つまりは、私はこの艦の艦長だということだよ。本来の本分は、艦を護り、導くことだ。それ以上は私の責務を越える。」

「逃げるんだー、ひどーい。」

「そうくるか?」

抗議する那人に向かって、艦長が唸る。対して、肩を押さえ、リゲルが云う。

「いずれにしても、情報としては有益でした。今後の行動を決定していく上で、今回得たお話は、かなりの点で参考になるかと思います。ありがとうございました。」

「あ、終らせるの?」

首を傾げる那人に、リゲルがいう。

「艦長のおっしゃる通り、私達は艦の運営が本来の仕事です。貴方のいわれたことが真実であるかどうかは、今後主たる義務を果たしていく上で重要な情報源として検討していくことになるでしょう。」

「いま検討しないんだ。」

「ええ、いまは。必要がありませんから。」

微笑むリゲルに、那人が頬杖をついて見上げる。

「いいけどね。――で、君達は帝国軍人であることを選ぶんだ?」

「私は。」

静かに云うリゲルに、肩に手を置かれたまま、漸く振り向いて艦長が云う。

「調整官。」

「うん?」

「あなたは、―――やさしいな。」

微笑していう艦長、リ・クィア・マクドカルに、那人が、え、とくちをあける。

「あの。」

驚いて見返している調整官に、微笑したまま席を立ち、手を振る。

「下に離艦用の艦載機を用意してある。一度艦から降りられると聞いた。連絡口の連中にいってくれれば、大概の行く先に対応できるようにはしてあるから、いってみてくれ。それから。」

ティアを、艦長が振り向く。入り口に立つリゲルを置いて、ティアの傍に戻り、しずかにいう。

「私は、帝国軍人だ。そうそう休暇も取れる身分ではないが、そして簡単に通信が出来る状況に無いことも多いが、――それでも、ティア。」

無言で見あげる若草の瞳に微笑み掛ける。

「何か相談したいことがあったら、この私で頼れることがあると思うなら、いつでも連絡してきてくれ。出来るだけ間に合うように駆け付けよう。」

無言で、ティアは艦長を見送っていた。

 艦長は、見送りに来るとはいわなかった。そして、本当に見送りには来ないことがティアにも解っていた。


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