女神の帰還 14 平和的解決という方法

「酒を呑んではいけないといわれてませんでしたか?ドクターに。」

咎めるリゲルに対して、艦長が涼しい顔で反論する。

「いいじゃないか、めでたい席何だ。人生、楽しんだ方が勝ちだぞ?おまえもしかつめらしい顔ばかりしないで、呑んだらどうだ。」

艦長がリゲルに酒を進めるのは帝国旗艦藍氷のラウンジ。士官なら誰でも使える筈のラウンジの、しかし普段は約二名しか姿の見えない場所に、いま例外的に彩りの豊な顔ぶれがある。

「部下に無理に酒を勧めるのは感心しませんよ。嫌がられる上司の尤も多い奴です。こんな上司になっちゃいけませんよ、お姉さんみたいな。」

人畜無害の笑顔で、隣に座る少女に親切にアドヴァイスするのは、調整官那人。

 金髪に若草の瞳を瞬き、上品に首を傾げてみせるのはリ・ティア・マクドカル皇国代表である。

「誰が嫌がられる上司だ、誰が!変なことを教えるな、調整官!」

怒る艦長に、調整官が静かに首を振る。

「いやだなあ、野蛮で。もう少し、上品さっていうか、行儀作法とか、覚えてくれるといいんだけど。」

残念だよねえ、顔はいいのに、顔は、といっている調整官に、艦長が唸る。

「顔がどーしたというんだ。残念だが、調整官、私は特にこの顔で仕事はしてなくてな。顔に見合う上品さや礼儀作法になど、用があった憶えはないっ!」

「…艦長。いいですから落ち着いてください。其処で、行儀作法知らずの自慢をしてどうするんですか。」

肩に手を掛けて諌める副官に、振り向いて艦長が睨む。

「行儀作法くらい知ってるぞ?面倒でしないだけで。」

「それは存じ上げておりますが、―――式典の時しか使わないのでは、普段接する者達には無いのも同じかと。一応あなたが公式の席でぼろを出さないくらいには礼儀作法を心得てるのはわかっていますから、落ち着いてください、艦長。」

「…それ、もしかしてフォローしているつもりか?」

何ともいえない顔で艦長がリゲルを見返る。リゲルが真面目な顔で頷く。

「一応、あなたが式典の間だけは持つ程度の作法を心得ているというのは、帝国軍の名誉の問題と致しましても、いっておかなくてはならないかと。」

無言で艦長が副官を睨む。

 身長と体格に恵まれた二人がこうして睨み合っていると、迫力この上ない。どうして、このラウンジに約二名以外の利用者がいないのかわかるというものだろう。

「処で、いつからリ・ティア殿は、その調整官と連絡を取っておられたのです?」

突然睨み合うのをやめて問うリゲルに、ティアが戸惑って長身を見あげる。

「そうだな、こいつが、――ティアから、調整官がいる、という文が寄越されたってのを聞いて、――エンゲスを捕縛する為に動くことにしたんだが、―――いつからこんな野郎と一緒に居たんだ?はっきりいって感心しないぞ?人として生きていこうと思ったら、こいつとは出来るだけ接触しないでいるのが一番だからな?」

真摯に云う艦長に、隣で頷くリゲル。二人してしゃがみこんで、一応ティアの高さにあわせて会話を試みているが、無意識のようだ。

「調整官殿のお仕事は立派なものと思いますが、―――確かに艦長の御懸念にも一理ありますな。先に教えて頂いておれば、ああいう危ない目に艦長をあわせずに済みましたし、――何より、私も、貴女を殺す危機に陥らずに済んだ。どうして教えてくださらなかったのです?」

真剣に云うリゲルの横顔を艦長が見る。

「おまえ、ティアを殺す処だったのか。」

目を見張る艦長に、ティアに向いたまま答える。

「剣が杖に変じたものを投げられて、肩に受けますまでは、――杖の一部が偏光して、文章を浮かべているのをみなければ、―――危なかったですな。あれに、調整官がおられると書いていなければ、私は貴女を殺していたでしょう。」

「リゲル。」

睨む艦長に、視線を向けぬまま答える。

「…貴女は剣の名手だ。あの速度で繰り出されては、私は麻痺銃を撃つ透間が無い。素手で応対しなくてはならなくなっていたでしょう。そのとき加減が出来たか如何か。恐らく、出来ずに殺すこととなっていたでしょうな。」

「…そんなに強いか?」

隣で云う艦長に、微笑して答える。

「多分、あなたと喧嘩すれば、彼女が勝つでしょうな。」

恐々と艦長がティアを見る。

「そうなのか?」

「あなたは肝心な処で詰めがいつも甘いですからな。」

「何を、この、」

「というわけで、いつから調整官とご連絡を?」

「おい、こら、逃げるな、おいっ。」

「何時から、というのは難しい御話ですわ。――もともと、私達はこの方と、――帝国の調整官と連絡を取りたいと思っていたのです。」

静かに云うティアに、艦長も大人しくその前に胡座を掻く。あわせたように一同の前にテーブルが浮び上ってくる辺りは、流石帝国旗艦のラウンジだろう。

 座り心地の良いフロアの一角に、四名が居る。

 調整官がにっこりという。

「うん、それは聞いてたんだけどね。」

那人の、黒髪に黒瞳、一見物柔らかな顔立ちを、艦長が爆発物か危険物でも眺めるような表情で見返す。

「…貴様、此処へ来た目的自体が、―――もしかして、この惑星の現地政権との接触だったな?非公式の。」

にっこり、笑顔で那人が答える。

「わかりがはやいっていいなあ。僕、そういうのって好きだよ。」

「…――――――リゲル、代わってくれ。」

「誰が艦長が投げ出す方とのお相手に代わるんですか。―――…余程堪えましたな?好意を受けたのなら、よろこばれればいいでしょうが。」

「いってろ、…貴様は、こいつの本性を知らないからそういえるんだ。毒殺のプロに愛情表現されてうれしい奴がいるか?毒殺魔と凶悪な爆破犯と殺人犯が裸足で逃げ出すような奴だぞ?帝国と連邦と加盟してない総ての惑星文明を合わせても、こいつに敵う犯罪者はいないって位の奴だぞ?」

「酷いなあ、犯罪者と比べなくっても。毒殺魔っていうのには、少し親近感覚えるけど。」のんびりという那人に、艦長が目を剥いて向き直る。

「おぼえるのか?親近感!毒殺魔に!」

「だって君が喩えたんじゃない。その中だと、僕としては毒殺魔かなあ、――人間って、殺すのは単純すぎて興味わかないし、爆破っていうのも、僕の性格からしたらねえ、――もうすこし地味なのがいいかなっ、て。とすると、毒殺魔っていうのは、陰険なとことか、裏で手を引いてる感じとか、ちょっといいかなあ、って。どしたの?皆。」

珍妙な顔をして見回す那人――その、本当に無害そうな外見に、不思議そうに辺りを見回すさまは凶悪に人畜無害である。

 一見すると愛らしくさえある。

 にっこり、無邪気に見回す那人に、うっかりそう思って艦長が額に手を当てる。

「まぼろしだ、…幻。」

「どしたの?皆。」

「ですから、―――そういう真実を話して、悪戯に周囲を混乱させないでくださいませ。それでなくとも、貴方は周囲に被害を増やす御方なのですから。」

突然響いた声に、驚く様子も無く調整官が応対している。

「だから、いつもそういう風にいうけど、僕が何したっていうの?不本意だなあ。補佐官殿。」

軽く溜息を吐くのは、美貌の少年。紅髪に色彩の変化する不思議な瞳に、調整官と同じ黒の制服を纏う少年が、突然那人の隣に現れたのに艦長とリゲルが凝視する。

「…うちの監視体制を一度チェックしないとな。」

「同意ですな、…―――この方は?調整官殿のお知り合いですか。」

二人の問いに、美貌の少年が向き直り、一礼する。

「失礼しました。――先程からこの場と繋げてはいたのですが、姿を現す際にご挨拶もせず失礼致しました。補佐官をしております、古族の――と申します。」

流れるように云われた名を、二人もティアも聞き取れずに見返す。

「だめだって、補佐官殿。前にもいったでしょ?君の名前は複雑すぎて、人には発音できないって。役職で呼ぶか、せめて何か呼びやすい音韻で名前考えてあげなきゃ。」

にっこりという那人と、美貌の少年を比べ、リゲルが恐る恐る口に出す。

「失礼ですが、―――古族の御方か?私は、シーマス・リゲルと申します。帝国旗艦藍氷副艦長をしております者ですが。」

畏まって手を膝に置き、挨拶をするリゲルに戸惑ったように美貌の首が傾げられる。紅の巻毛が揺れ、白い美貌に神秘的な色彩の瞳が疑問を持って見返す。

「そのように丁寧にしていただくことはありません。私の身分は、いまこの調整官の補佐官というものです。と申しましても、私でこの方の補佐など充分に勤まってはおりません飾程度のものですが。――――確かに私の種族は古族と貴方がたが呼ばれるものですが、私自身は千才を漸く生きたばかりの子供に過ぎません。ですから、貴方がたに礼をとられるような存在では無いのです。」

物静かに云う古族に、艦長が口にする。

「――――つまり、あんたこの、調整官の補佐、してるのか?」

「はい、充分にではございませんが。」

艦長の言葉使いに、リゲルが止めようとする前に淡々と補佐官が応える。それに、艦長が、同情に絶えない、といった風情で細い肩に手を置いた。

「か、艦長、」

古族の肩に手を置くという、―――目にしたものがおそらくこれまでに無い情景を見せられて、リゲルが詰まる。実際、そんなことをしたものは、歴史上の帝国要人にもいないだろう。

「こいつの補佐か、…―――がんばれよ。」

「ありがとうございます。そのような過分なお言葉を頂けるとは、うれしい限りです。」

「…あの、僕ってなに?そんな危険物?」

「御自覚頂ければ。」

「他の何だというんだ。」

言い切る艦長と補佐官の二人に、那人が渋い顔をする。

「ひどいなあ、こんなの。僕ってそんなにひどい?ねえ、副官さん。」

問われたリゲルが、額を手で抑え、古族と親しげに話をするという――恐らく帝国常識からいえば、そして多分、連邦でも、それ以外でもだろうが――艦長の荒業を見せられて冷や汗を拭うと応えていた。

「それは存じ上げませんが、―――例えば今回のお仕事ではどのような事をなさったのです?多分、お仕事の内容が、このような反応を…御二人、―――艦長と古族殿にさせているかとおもうのですが。」

二人、と数を数えてよかったかと、いいなおすリゲルに那人が頬杖ついて首を傾げる。

「おかしいなあ。僕、今回は、全然普通に、おとなしく仕事してたんだよ?全然星も壊さなかったし、極平和的に解決して、何もしてないのに。」

ひどいよね、こんな風にいわれるの、とおとなしげなさまでいう。そのようすに、リゲルも嫌な予感を覚えていた。

 背筋を、何か伝うものがあるというか。

 聞かずに、このまま別れて艦を返した方がいいのではないか、とか。

 嫌な予感ほど、良く当るというのは真実のことだったろう。

調整官の仕事の内容、を聞くごとに。

沈黙がひたひたと、帝国旗艦藍氷のラウンジを被っていたのだった。


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