女神の帰還 13
「―――――遅いっ、…――!」
「無茶いわないでください、艦長!これでも、基地の人員を退避させて、全速力で駆けつけたんですからね?総員を保護して、同時に仕掛けを理解してるのを誤魔化す為に黙って侵入させておいたプログラム解いて――どれだけ時間が掛かったと思ってるんです?それといい加減、私の職務を本来のものに戻してくださいっ、おれは、もういやです、こんなとこ座ってるのはっ、―――!」
座り心地悪いんです、ここはっ、と叫ぶ声はジャクル砲撃管制官のもの。尤も、広場に響く声に、聞き覚えがあるのは艦長とリゲルくらいのものだろうが。
エンゲスの、――エンゲスであったもの、といった方がいいだろうが、――その形をしていたものが発した爆発の閃光が、球形のシールドに封じ込められて次第に小さくなって行く。一方、天井の吹き飛んだこの地下広場から、仰げば戦艦の巨体が腹を見せている。其処からデリケートに放たれたシールド、その一方が広場と玉座を護り、一方の収束シールドがエンゲスの爆破を封じ込めている。ついでにいうなら天井となる氷と岩を瞬時に破砕して消失させ、粉塵を吸収し、落ちることの無いようにして同時にエンゲスであったものの処理とシールドの展開を行っていた。
「流石だな。帝国最高級の砲撃管制官といわれるだけのことはある。シールドの同時展開や、破砕と同時に他に被害をあたえないようにこのクラスの艦船で行うなんて、名人技も極まった感じだな。」
うんうん、と腕組みして満足気に云う艦長に、情けないジャクルの声が応える。
「何をいってらっしゃるんですか―――っ!あなたでしょう、そういう無茶な作戦を立てて要求したりするのは!おれひとりなら絶対しません、絶対おれは、真っ当にもっと真面目な作戦立てますからね?普通立案しません、こんな、こーいう馬鹿げた作戦は!」
艦を囮にして、艦長自身を囮にして、それで一網打尽を狙うなんて、そんなばかげた作戦はっ、と、艦外に盛大に流れていることも気にせずに歎くジャクルの声に。何をいってるんだ、という冷たい眸をしている艦長に、副官リゲルが嘆息する。
「何だ、おい。」
腕組みしたまま問う艦長に、リゲルが溜息を漏らす。確かに実際そうですな、とジャクルの意見に同意である副官である。尤も、自分もその艦長の案に同意して、行動まで共にしていたことはきれいに棚に上げているが。しみじみとした視線で、あの状況で、最後にわかっていて乗せられていると、舞台にわかって乗っている、とリゲルに報せてきた少女を見返る。
一言を伝えてくれた為に、敵にせずに済んだ少女を。
「いえ、―――気持が良くわかると思いましてな。…お嬢さん、この方が姉上といわれて、何か儚くはなりませんかな?」
問い掛けるリゲルに――帝国標準語でだが――最前、同じ言葉をわからないとしていた少女はにこりと微笑った。
少女は、リゲルに随分と乱暴な方法で――効果的ではあったが――少女が舞台に昇った理由、を伝えていた。それが少女が敵対するものではないと初めて伝え、リゲルと艦長はエンゲスの確保に乗り出したのだが。
「大変心強いと思いますわ。政治を行うには、臨機応変も必要とされます。これから、私達には助けが必要とされます。―――心強いと感じますわ。」
「―――…そうですか。」
リゲルが天を仰ぐ。美しい微笑でいう少女の、先に伝言に使った手段、――氷柱の先端を食い込まされた肩の痛みを急に思い出していた。
少女は、その自由になる杖に、瞬時伝言を浮び上らせたのだが。杖を引き抜く一瞬に消えたある意味かなり凶悪な伝言を思い返して肩を押える。と、堪忍袋の尾が切れた声が、天から降ってきていた。
「艦長!副官!いつまでもそんな処にいないで、上がってきてください!」
切れたジャクルの声に、のんびりと艦長が口にする。
「仕方無いな。ジャクルが壊れる前に行くか。」
「――かわいそうですぞ、あまりいじめますと。」
「誰がだ?私がいじめたか?大切な士官を?いつ?」
「――…日頃から。」
「何?」
「いえ。」
「其処にいてくださいっ、――迎えを寄越しますから!」
とうとう怒鳴るジャクルに、艦長が感想を口にする。
「…切れた。」
「怒りっぽいですな、かれは。」
二人してのんびり艦を見上げる姿を、少女が見詰める。
リ・ティア・マクドカルの背に、声が聞こえた。
「いいんですか?これで。」
微笑して少女が答える。
「ええ、――私にも、悪夢がありました。」
首を傾げる気配がする。
リゲルに肩を貸されて、面白く無い顔をしているリ・クィアを見る。
「―――…いつか、あのひとをわたしが殺すのではないかという悪夢です。」
非力なものが何を、と御笑いでしょうね、というティアに。そっと微笑む気配がする。
「いいえ。そうは思いません。」
リ・ティアが微笑みを返す。
「では、テーブルに就いて頂けますか?調整官殿。」
「勿論です。皇国マクドカル代表、リ・ティア殿。」
密やかに交わされる会話は他の誰にも聞こえず、振り向いたリ・クィアをティアは振り仰ぐ。
「その、――よければ我が艦に招待させてくれないか?リ・ティア殿。」
「よろこんで、と申しあげたい処ですが、―――。」
「艦長、さっさと怪我人は救護カプセルの中に入ってください!」
天から降る声に、艦長が眉をしかめる。
「あ、…――いいじゃないか、いま痛くないんだから、」
「艦長。」
「それはさ、始末もあるから、あとで僕が招待させてもらうのでいいかな?一切合財。」
にこり、とリ・ティアの影、――絶対に、誰にだろうと其処に人が隠れている場所などなかったと、艦長もリゲルも誓えると思ったが―――から、姿を現した調整官に、艦長がなんともいえない顔をして止まる。
「…―――貴様。」
「あ、顔がこわい、艦長さんっ。」
「貴様、がもうすこし早く出て来れば、――――せめて私達にその存在を報せていれば、私はティアに切らせなどしなくて良かったんだ!それを貴様、…!」
「…艦長、落ち着いてください、落ち着いて。…」
「リゲル、貴様も貴様だ、―――第一いつ、この調整官が背後にいるってわかったんだ!」
「いったでしょうが!剣を投げつけられて、其処にメッセージがあったんです!それまでは私も知りませんでしたとも!」
衝撃だったメッセージの内容を思い出してリゲルも顔を顰める。
私は調整官といます、という簡潔にして見事に意味を伝えるそのメッセージ。
エンゲスが整えた舞台は、さらに別の黒子に操られていたという衝撃をあたえてくれた伝言を思い返してすぐれない顔色になる副官に。
「…――忘れていた。貴様も怪我しているな?」
「――――忘れててください。」
睨み合う二人に、藍氷から声が降る。
「御二人共早く乗艦してくださいっ…!でないと、総員退艦して、艦を放棄しますからね?まだ艦は非常事態階層二の発令段階にしてあるんです!」
切れたジャクルの勧告に、艦長と副官が目を見合す。
「…いくか?」
「本当に、切れやすいですなあ。」
「うむ、あまり健康に良くないと思うんだがな?」
「ですなあ、あまり切れないようにいってやりませんと。」
そうだよなあ、といいながら、何とかおとなしく迎えに乗り込むらしい二人を、ティアが見ている。背後から、問い掛け。
「本当に後悔は?」
「…微妙な処ですわ。」
調整官の問いに、ティアが微妙な表情をして答えていた。
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