女神の帰還 7

「艦の調子はそうか、―――次の切り替えにまで予備群を使用しなければならないのなら引き上げを早めることも考えている。逐次報告をくれ。ああ、シーナ。替わってくれ。ジャクル?艦の砲撃回路エネルギーの依存率はどうなっている?現在の逐次解析率を教えてくれ。」

リゲルが控える隣、毛足の長いソファに座り、空中に浮き上がる立体スクリーンの投射方法を二次元に切り替えて艦長が報告を受け取っている。

 常ならばこの報告の殆どをリゲル自身が行うのだが、いかんせん艦長と副官が共に離艦しているという非常事態である。副官としては通信と同時に別の細かな報告も受け、艦長の通話に気を配るくらいしかすることがなかった。尤も、その間に副官として通常こなしている艦内での雑務に関しての指示なども終えている。けして暇に過ごしている訳では無いが、どうにも手持ち無沙汰に感じる理由に思い当たって、リゲルは軽く眸を閉じて溜息を零した。

「どうした?副官殿。」

丁度通信が終った処で、その後片付けをほぼ無意識に行いながら、呼ばれてリゲルが艦長を振り向く。常のように艦長席の斜め前方で立って操艦を行うと同じ位置に立ち、艦長を振り向くリゲルに再度問い掛ける。

「どうした?おまえ、気落ちしてるみたいだぞ?何がどうしたんだ?」

問い掛ける明るい藍色の瞳に、この人こそ、殺しても死なないという古い喩えを体現したような方だ、と思いつつリゲルが答える。スクリーンを操作して仕舞い終えて。

「…いえ、少しの間とはいいましても、艦から離れておりますと、落ち着かないものですな。」

操艦の位置に就いていないときも無論あるが、それでも同じ艦上に居ることにかわりはない。また、艦にある以上、藍氷を操艦することの出来る位置に常にリゲルは居たのだが。

「すまないな、いとしい藍氷から引き離して。優秀な船乗りほど、艦から離れることにホームシックを感じるというが、おまえもやはりそうか。」

リゲルが小さくためいきを吐く。

「何をいまさらいわれております。私が骨の髄から船乗りなことは御存じでしょう。」

「知ってる。どうだ、いまわかったろう?私がいつもくだらない長々しい会議や宴会などで船を降りているときの気持が。」

「はい、よくわかりました。御同情申しあげます。」

頭を下げるリゲルに、艦長が不意をつかれて驚いたような瞳を見せる。

「…やけに素直だな、―――どうした?腹でも壊したか?」

小声になっていう艦長に、リゲルが下げた頭のまま視線を向けて艦長にいう。

「あなたは、…どうしてそこで出てくるのが腹の具合になるんです?」

眉を寄せて問うリゲルに、艦長が口を結ぶ。

「いやだって、他に思いつかないじゃないか。」

結構真剣な艦長のさまに、リゲルが背を伸ばして視線を逸らす。

「あ、酷いな、そんなに感心しないって顔することはないだろうが!唯でさえ強面の顔なんだぞ?少しはリップサービスを入れてみろというんだ。」

「艦長は、私に微笑まれてうれしいとお思いですか?」

睨むリゲルに、艦長が慌てて首を振る。手まで振って、盛大に意見の不支持を表明してみせる。

「いや、…いい、すまん、すまなかった、わたしが悪かった!すまない、副官、反省するから、ここは、ゆるしてくれないか?そうだ、その、艦に戻るというのは?ほら、一時戻ってだな、」

慌てて手を振って立ち上がりながら副官の機嫌を取ろうという艦長に、冷たい視線を当てながらリゲルがいう。

「それは大変魅惑的なお誘いですが。」

「だろ?副官。」

リゲルが微笑する。に、と笑うと、なかなかの迫力である。

「―――――ですが、この状況で艦長を一人残すわけには参りませんな。」

いうと、力を込めて手に持っていたスクリーン展開を支持するスティックを背後に弧を描いて振り下ろす。重い打撃音がして倒れたのは、視覚カモフラージュを施した装備を纏って近付いた襲撃者だった。倒れる其処に、周囲の景色が歪んで引き映る。倒れていく過程に、移り変わる歪んだ室内。

 足下に倒れた襲撃者をそのまま、リゲルがスティックを構えて向き直ったときには、正面の襲撃は艦長の下に倒れていた。

 毛足の長いソファの向こうに落ちて行く襲撃者を見ながら、リゲルがいう。

「なかなか物騒ですな。」

「うん、部屋の侵入者防止装置はどうなっているのかな?実に楽しい歓迎だ。」

にこり、と笑顔でいう艦長に構わず、足下に倒れた襲撃者からその迷彩を剥ぎ取る。周囲の光線を景色に同化するように反射させ、目に見えなくさせる装備を剥ぎ取ると、現れたのは極平凡な人型をとっている。

「人ですかな。」

いいながらリゲルが判別装置を向ける。

「どうしましょう。」

「こっちは、人間だぞ?」

「こちらもそうです。…確か、帝国法では、捕虜もまた臣民として保護の対象となるのでしたな。」

「そうだが、どうかしたか?」

自分が引き倒した方を調べて顔をあげた艦長がリゲルに聞く。

 スティックを仕舞い、リゲルが艦長の腕を取る。

「副官?」

無言で強引に引寄せると。艦長も長身だが、リゲルの背はそれを軽く越えている。見あげる形となって瞬時艦長がリゲルを見る。

「申し訳ありません。」

リゲルがいうと、艦長の腕を掴んだまま、跳び伏せる。

 広い室内に調度類を焼き尽くす光がうまれた。

 白く眩い閃光が広がる。

 白熱と、爆風。

 音が、瞬時遅れて鼓膜を叩いた。

「艦長。」

体格的に優れている艦長の長身を余裕でカバーして、副官リゲルが呼び掛ける。

「ああ、…爆発したか。」

身を起こし、リゲルの背を越えて対象を目にしようとする。それに、艦長の腕から手を離すとリゲルが先に起き上がる。長身の背に、降りかかっている破片を見て、艦長が眸を細めた。

「防御シールドに破損は無いか。」

声を掛ける艦長に、リゲルも答える。

「いまの処ありませんな。…帝国艦の乗員が、この程度の装備もしていないと知らないはずもないのですが、…嫌な手口ですな。」

眉を顰めていうリゲルに、艦長も髪を払いながらいう。

「すまないな。」

「いえ、――一人が爆発物を所持していましたな。…当人の意思か如何かはわかりませんが、襲わせておいて、失敗したら爆発するというよりも、最初から襲撃を失敗させてこうするのが目的だったのでしょう。どうりで折角光線迷彩を纏っていたのに、気配をまるで殺していなかったわけです。」

リゲルの背、いままで豪華な室内であった処は、いまは中心部から放射状に焼け焦げ、爆風が吹き過ぎ薙ぎ倒された悲惨な有様に変じている。リゲルの背から飛んで来た破片を取り除いてやりながら、艦長が歯噛みする。

「…臣民の救助義務を放棄させやがって。」

「それをいう権利は私にもありますが。」

いうリゲルに、艦長も獰猛に嗤う。

「無論だ。おまえにも正当に主張できる権利があるぞ?我々は帝国軍人だ。その立場にはきちんと帝国臣民の保護義務がある。それを放棄させやがって。…生命の危機には確かに保護救助義務は外されるが、なあ?」

に、と口端に浮かぶ微笑が獰猛な獣を思わせる剣呑さを浮び上らせている。

「確かに、無理に梯子を外されて、いい気持はしませんな。」

答えるリゲルの気配にも、硬質のものが潜んでいる。

「誰がそんなものをみとめるかというんだ。」

「いかにも。」

剣呑な気配をそのままにいう艦長にリゲルが受ける。

 破壊しつくされた中心部に、最早人の形を探すことは難しいが。

 其処に、いたのは確実なのだ。

 ―――二人。

「二人、か。」

無言でリゲルもまた艦長の見る中心部を視界に入れている。立ち尽くす艦長と副官の前に広がる光景は、誰が何といおうとかれらには認められない光景だった。

「確かに、私達は軍人だ。何をいっていると笑われそうだがな。」

「笑いたい者にはそうさせておきなさい。」

リゲルを艦長が見上げる。

「ああ、そうだ。…戦場以外で、命の遣り取りを私達にさせるというのなら。」

低く、声が渡る。

「覚悟して貰おう、そう希望した連中には。」

「無論ですな。」

リゲルが応える。

 失われた命は、けして戻ることはない。

 戦場で生きているからこそ、それ以外の場所で命を奪うこと。

 それを当然とする連中を許して置くことは出来なかった。

「…まあ、何れにせよ、標的は私達だ。」

「複数形ですか?私も含まれると?」

「何をいってる?当然おまえもだろう。」

睨む艦長に、白々と副官が答える。

「私もですかな?艦長が標的で、私は事の序でかと思っておりましたが。」

「事の序でで殺されかけたのか。」

「運命などというのは、そういうものです。」

「おまえな?」

いいながら、艦長が上空を見上げる。

「着いたな。」

待ち兼ねた、といって艦長が見あげるのは大気圏用艦載機。この辺境基地まで降下する際に使用した機体。格納庫からシールド内部空間を建造物を縫い、低い高度を何も傷つけることなく信じられない精度で飛行してきた機体が上空に静止する。

 その操作をこれまで遠隔で行っていたリゲルが、腕の操縦盤にふれていた手をとめ、艦長を振り返る。

 上空、つまりはいまの爆発で上方にも開いた穴から見える機体を仰ぎ、淡々という。

「降下させますか?」

室内は、基地を外部から覆うシールド内部に組み立てられた居住区からさらに突き出た区画にある。基地根幹を成すブロックからも離れ、静かで広い賓客用という訳だったが。

「そうか、確かにな。これは攻撃にも都合が良い訳だ。」

艶やかに微笑む艦長に、副官が視線を向ける。

「では、構いませんか?」

訊ねるリゲルに、艦長が笑顔を振り向ける。

「無論だ。丁度壊れるのに都合が良い位置にあるんだろう。他の建造物に遠慮する必要も無い。思い切りやれ。」

「思い切りといわれましてもな、――――高度からしましても制限がありますが。」

いいながら、まるで中に人が入って操縦しているとしか思われないような精妙な動きをみせて機体が降下を始める。その降下に使われていた反射剤が瞬時残っている天井の構造物に放射され、破壊される。砕片となり散る上から、機体が緩やかに動きを留める。

 人がもしくはこの機体自体が思考して生きて動いているといってもおかしくない、むしろその方が信じられる程の精度で降下が止む。

「内部は?」

「大丈夫ですな。手は加えられておりません。」

精査を済ませ、此処まで呼んだ機体に離れてからこれまで何の手も加えられていないことを確認してリゲルがいう。

「では、機乗するか。」

「はい。」

機体の前方、操縦席を含む機首が傾き、二人に向けて迫出す。鳥の首を思わせる傾きで優雅にくちばしを床近くまでつけた機体に二人が乗り込む。

 操縦席にリゲルが着き、隣に艦長が身を落ち着ける。

「では、シーマス。」

「はい、戻りますか?」

に、と艦長が笑った。横目でリゲルがそれを見て軽く眉を上げる。

 機は既に上昇を始めている。

「では何処に?」

「まだ何もいってないぞ?」

睨む艦長にリゲルが操縦桿を握りながら視線を前方に向けていう。

「まだ、艦に戻られるおつもりはないのでしょう?」

「無論だ。」

「ですから何処に?」

片眉をあげ、鼻にしわを寄せてみせる艦長に構わず、リゲルが上空に機を昇らせながらいう。シールドとの接点が急速に近付いてくる。

「招待状を貰ったんだ。」

ちら、と艦長を操縦しながらリゲルが顧た。

「相手の御宅に訪問するさ。礼儀正しく、な。」

いう手に、いつのまに回収したのか、襲撃者の手にしていたのだろうプレートが摘み出されている。

「認識票だ。由緒正しい我が軍と、あまりやることは変らないようだな。」

透明なプレートに浮び上るのは、階級に当るだろう所属位置と、その他の情報を併せて表示する輝線。

「所属データが解れば、何処を拠点にしているグループかくらいはすぐに割り出せる。…もともと大陸の地下に設けられた街を拠点としているグループのものになるらしい。是非御訪問させていただこうじゃないか?」

「位置はわかりますか?」

「もう指示装置に叩き込んだ。表示が出る筈だ。」

艦長がいう内にも、既にシールドとの接触限界点に機は触れようとしている。速度は、落ちない。このまま触れれば、最悪の場合、シールドを破壊し機体も大破するが。

「了解しました。大陸の西端、もと神聖帝国の神殿が在った場所ですね。現在司祭はいないはずの。」

「ああ、そうだ。」

いう瞬間、機体は高速でシールド面と接触を向かえた。

 いや。

 ほんの一瞬、シールドが消え無風状態になる。

 エネルギー供給を操る旗艦藍氷から行われた一瞬の操作。

 刹那、機体が上昇速度を落さずにシールドを抜ける。機体が抜けた瞬間、シールドがもとの位置に復帰する。唯一瞬の通過時間を捉えたリゲルは、何事も無かったかのように機体を目的地までの飛行に運ぶ。

 風が抜ける時間さえあたえずに閉じたシールド面を背に。

 滑らかに移動する垂直面から水平面への移行、激しい風と波打つ大気が襲う、無風のシールド内からの急激な変化に乱れもせずに連続面を飛び続ける機体をリゲルの手が運ぶ。

 氷に覆われた大陸が、かれらの眼下に広がっていた。


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