考古学者との邂逅
「古代文明における建造物の配置に関する数理的考察 —位相的同変写像による解析—」
理子は論文のタイトルを読み返した。著者の山岸暁は、エジプトやメソポタミアの遺跡を専門とする考古学者だ。異例とも言える数学的アプローチで、古代遺跡の新たな解釈を提示していた。
「この配置パターン...」
理子は息を呑んだ。山岸が発見した古代建造物の位置関係が、彼女の見つけた量子もつれの相関パターンと完全に一致している。目の前のディスプレイには、ピラミッド群の配置を表す三次元マップが浮かび上がっていた。
「見て」彼女は美咲に画面を指さした。「建造物間の距離比が、量子もつれの相関強度と完全に対応している」
美咲が珈琲を差し出しながら、データを覗き込んだ。
「まるで...量子通信ネットワークのノード配置ね」
「その通り」理子は興奮を抑えきれない様子で説明を続けた。「しかも、地球の磁場変動を考慮に入れると、この配置は量子状態の長期保存に最適な構造になっている」
理子は山岸への面会を申し込んだ。返信は意外に早く届いた。彼もまた、この偶然の一致に気づいていたのかもしれない。
国立博物館の研究室は、古びた文書と最新のホログラフィック・ディスプレイが混在する不思議な空間だった。山岸は温和な表情で理子を迎えた。その物腰は、フィールドで数十年を過ごしてきた研究者特有の落ち着きを感じさせた。だが、その瞳の奥には、どこか神秘的な光が宿っていた。
「私の論文に興味を持っていただき、光栄です」
丁寧な口調で挨拶する山岸に、理子は自身の発見を説明し始めた。量子コンピュータが検出した古代の数列。そして、それが山岸の発見した建造物の配置パターンと一致する事実。
説明を聞きながら、山岸の表情が微かに変化した。それは驚きというよりも、長年の予感が確信に変わるような表情だった。
「実は、私もある種の...直感のようなものを感じていました」
山岸はゆっくりとパソコンを開き、3Dマップを表示した。画面には、世界中の主要な古代遺跡の位置が点で示されている。
「これらの建造物は、単なる点ではありません。私の仮説では、これは巨大なネットワークの一部です」
理子は画面を食い入るように見つめた。点と点を結ぶ線が、彼女の発見した量子もつれのパターンと完全に重なっていく。
「量子もつれのネットワーク...ですね」
理子の言葉に、山岸は僅かに目を見開いた。それは彼が長年探し求めていた言葉だったかのように。
「そう、まさにその通りです」山岸は静かに続けた。「私は長年、これらの建造物が持つ特別な性質について研究してきました。時には、科学的な説明のつかない現象に遭遇することもありました」
彼は古い革のバインダーを取り出した。そこには、世界各地の遺跡で記録された異常なデータが綴じられていた。電磁場の異常、不可解な共振現象、そして...
「これは」
理子は一枚の図面に目を止めた。そこには、現代の量子テレポーテーション理論に酷似した図式が描かれていた。しかし、その図面は明らかに数十年前のものだった。
「ええ」山岸は静かにうなずいた。「私の祖父の研究ノートです。彼もまた、この建造物の謎に魅せられた一人でした」
その時、研究室のドアがノックされた。
「山岸先生」
若い助手が顔を覗かせる。「ロバート・シュナイダー氏からの電話です」
山岸の表情が一瞬こわばった。理子には気づかなかったが、その名前を聞いた瞬間、部屋の空気が確かに変化していた。まるで、何か運命的なものが動き出したかのように。
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