第3話

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 またもやぽかんとしている小内さんを置いて、俺は爽果に駆け寄って追い出しにかかる。

「爽果! いきなり入ってくるなっていつも言ってんだろ! 出てけよ」

「えー、だってさく兄がかわいい女子連れ込んで人生を棒に振ろうとしてるっていうから」

「誰に聞いたんだそんな誤報を……」

「そこで会ったあま姉が。だからダッシュで帰ってきてあげたんだよ」

 あいつめ……。

「いくらモテないからってむりやりはだめだよ、軽蔑だって」

「違うわ、いいから出てけ」

 ぐいぐいと俺と爽果は押し合いの攻防を続ける。

「え、てかほんとにかわいい!」

 ふと俺の背後を見た爽果がはしゃいだ。

「話を聞けこの……あっ」

 爽果がするりと俺の脇の下をくぐり抜けて、小内さんの横にくっつくように滑り込む。思わずといったふうに仰け反る小内さんの顔を爽果が間近で眺める。

「こんにちわ、さく兄の妹の爽果です。すっごいかわいいですね!」

「あ、ありがと……小内美蘭です……?」

 小内さんが目で疑問を俺に投げかける。俺は不承不承頷く。

「それ妹。残念ながら」

「妹さんもいたんだね……」

「美蘭さんかー。さく兄にはもったいないなあ」

「やかましいな、まず離れろ、あと早く出てけ」

 と口では言えるが、爽果は小内さんの近くにいるために、爽果が暴れると小内さんに迷惑がかかるので強行手段には出られない。

「えーいいじゃん、さく兄なんか放っておいて私と遊ぼうよ」

「俺達は遊んでないから」

「そうなの?」

「そうなの」

「先生から頼まれた動画を作ってるの」と小内さんが加勢してくれる。

「動画! 私も出たい!」

「なんで中学生のおまえが出るんだよっ」

「あ、中学生なんだ」

「そうだよー」と爽果が腕を広げて制服を見せる。

「その制服かわいいね」

「でしょ? あ、制服着てみますか? すっごい似合いそう!」

「え、いいよいいよ」

 手を振って拒否する小内さんに、いいじゃないですかーと迫る爽果。俺はやめろとは言わなかった。小内さんの中学制服姿? そんなの見たいに決まっていた。というか、小内さんが年下女子と戯れる絵というのもいいものだな……。

 ……いけない、嫌がる小内さんを見過ごすところだった。

「やめろ爽果、てかおまえ学校はどうした」

「今日は昼までだよ」

「部活は?」

「あとで行くよ」

「さっさと行けよ」

「まあまあ、少し休んでいけばいいんじゃない。そうだ、動画見てみる?」

「美蘭さんやさしー!」

「いや小内さん、あんま甘やかさないでいいから……」

「こんな優しいお姉ちゃんが欲しかったなあ、あま姉はあれだし、さく兄はこれだし」

「これってなんだよ」

「そうだ、美蘭さんお姉ちゃんになってよ! みら姉!」

「ええっ」

 ついに抱きつかれてしまってさすがに小内さんは困惑した様子だった。こいつに距離感という概念はないのか……と爽果を見て思う。

 ……いや待てよ、爽果の姉に小内さんがなるということは、俺の妹か姉にもなることになる、あるいは俺の配偶者に……爽果、さっきからナイスなこと言うな。こいつ意外に使えるんだよな。

「いやいやいやいや」妄想しても仕方ない、まず現実を見よう。「おい、いい加減離れろ」俺は小内さんを助けるべく爽果を引っぺがした。

「うえーん、みら姉ぇ」

「甘えるな、おまえの姉はあま姉だけだ」今はまだ。

 このまま引きずってでも外に出すか、と思ったところで、爽果のスマホが鳴った。

「はい?」と爽果が電話に出る。「あーいいよ、すぐ行くから」

 爽果は電話を切ると、やれやれと言いつつ立ち上がった。

「呼び出されちゃった。行かなきゃ。じゃあまたねー」

 爽果が小内さんに手を振って、またどどどっと部屋から出ていった。なんだか短時間で同じことを繰り返した気がして、俺はやはり盛大に溜息をついた。


 脱力して座る俺に、「おつかれさま」と小内さんが笑って言う。「かわいい子だね。なんか犬みたいで」

「そうか、うちは大型犬を飼ってたんだな。だから疲れるのか」

「元気あり余ってる感じだね」

「あいつの元気で発電できたら世界のエネルギー問題は解決すると思う」

「楽しそうでいいけどな。妹にしたい」

「あげようか? どうぞどうぞ」

「お姉さんに妹もいて、てことは三人きょうだい?」

「そう」

 だから、もう邪魔はしばらく入らないはずだ。両親は共働きなので夜まで帰ってこない……はず。

「大変そうだね、女子に挟まれて」

「大変どころじゃないって。今までどれだけ被害を被ったことか。高校卒業したら絶対家を出てやる」

「気持ちが込もってるねー」

「だってプライバシーなんてあったもんじゃないからさ。さっきみたいに普通にドア開けて入ってくるし、窓からだって——」

「さくー? 大丈夫そう?」

 ——その窓がするっと開いて、のほほんと姿を見せたのは、隣人で同級生の夜倉由乃だった。

「だから窓から入ってくるなっての!」

 そういやこいつもいたんだった、家族同然に俺のプライバシーを侵害するやつが……。

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