第2話
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あま姉——あまみだからあま姉——は、突然のことに固まる俺と小内さんを前にして一瞬躊躇するも、「あれ、お客さん? まいっか。ちょっと邪魔するぜー」と言って部屋に入ってきた。
「いやほんとに邪魔だから!」俺は思わずつっこんでしまう。
「姉に向かってなんだその口は。仕方ないっしょ、洗濯物取り込まなきゃなんだから」
あま姉は洗濯かごを持っていた。そういえば窓の外の物干し竿に洗濯物がかかっていた。であればいつ誰がやってきてもおかしくないことを予測しておくべきだった。
「外からいけよ、外から」
「やだめんどくさい」
「てか、あま姉大学は?」
「あとでもっかい行くよ」
あま姉が窓を開けて外に出る。てことはしばらく家にいるってことか……。
「ごめん」と小内さんに言う。「うるさくなっちゃって」
「ううん。お姉さんいたんだ」
「うん。ちなみに——」
「あのさー」
とあま姉が洗濯物を取り込みながら言う。
「なんだよ」
「いや朔斗じゃなくて、君」
あま姉が小内さんに目を向ける。
「私ですか?」
「そう。逃げないの? 窓開いてるけど」
「逃げ……?」
「あれ、誘拐でもされたんじゃないの? もしくは脅迫して連れてこられたか」
「んなわけあるか!」人聞きが悪すぎる。
「いや、じゃないとあんたが女子なんて連れ込めるわけないでしょ」
「そんなわけ……はちょっとあるかもしれないけども」
くす、と小内さんが笑ってくれる。
「大丈夫です。全然自分の意思なので」
「そう。じゃあ何してんの、こんな狭い家で。私らが出入りするから落ち着かないでしょ」
「じゃあ少しは遠慮してくれませんかねえ」
「動画編集してるんです。先生から頼まれたので。私達学級委員で」
「ふーん。そりゃご苦労なことで」
洗濯物を取り込み終えたあま姉が窓を閉める。ようやく帰るかと思いきや、小内さんの横で立ち止まった。
「あれ、この匂い、あのブランドのでしょ」
とあま姉が小内さんに、長々と呪文のような名前を言った。
「そうです。すごい、わかるんですか」
「スタイリストさんにもらって同じブランドの使っててね。試供品いっぱいあるから、よかったらあげようか」
「いいんですか?」
「うん」
いいから早く出てけよ……と言いたいところだけど、小内さんが話に乗っているのでできない。せめてもと、邪魔だという念をあま姉に送る。
「あ……」あま姐が俺の不愉快げな顔に気付いた。「今日はもう出かけないといけないから、また今度ね。なんならこいつに渡しとくから」
「ありがとうございます」
「んじゃまた」
あま姉が部屋からやっと出ていった。ドアが閉まったのと同時に、俺は大きく溜息をついた。
その後、玄関ドアが閉まる音が聞こえた。どうやらあま姉は本当に出かけたようだ。
「出かけたか……」
ほっとして思わずつぶやいてしまう。
「お姉さん?」小内さんが反応する。「きれいな人だね。モデルみたいで」
「そうか? そういやなんかモデルみたいなことしてるみたいだけど」
「え、すご」
「外では猫かぶってるだけだって」
「じゃあさっきのスタイリストさんって、撮影でのことだったんだ。すごい。仲良くなったら見学とかできないかな。一回見てみたい」
「現場なんて行ったらスカウトされるんじゃない」
「え、誰が?」
「小内さんが」
「そう?」
「されるでしょ。だってきれいじゃん、うちの姉なんかより」
「あ……ありがと」
「え?」小内さんにぼそりと呟かれて、「……あ」顔が熱くなる。
しまった、何の気もなしに普通に褒めてしまった。恥ず……。
気まずくなって会話が途切れてしまう。カチ、カチ、と無意味に動画を編集する音だけが部屋に響き、家に誰もいないことを強調する。彼女の存在を意識させられる。
「あ、あのさ」
気まずい……でも、今なら彼女にもっと近づけるような気がした。
……気がしたのだけど、何やら玄関から慌ただしい物音がして、それが怒涛のように近づいてきたために、それどころではなくなってしまった。
「まずい、この足音は——」
「え、誰?」
小内さんの質問に答えている暇もなかった。俺はドアを塞ごうとして腰を上げかけたが、そこでまたドアがバンッと開いた。
「さく兄! 早まるなって!」
今度は妹の爽果が現れた。
……いやだから現れるなって!
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