実家暮らしでラブコメなんかできるか!
灰音憲二
第1話
1
女子と二人きりで下校するなんていつぶりだろう。いや、もしかしたら俺史上初めてかもしれない。
しかもその相手が、目が合うだけでドキドキするような好きな人とあっては、緊張せざるを得なかった。
「上沢くんの家ってさ、どの辺にあるの?」
隣を歩く彼女——小内美蘭がこちらを向く。俺はさっと目を逸らした。彼女を横目で見ていたことがばれたくなかったから。それでも彼女の瞬きや、動く口元が近くで見えて、やはりどぎまぎしてしまう。
「まだかかる?」
「……いや、そんなに。もうちょっと」
「そっか。よかった。なら着いてから上着脱ごっと」
小内さんが制服の胸元を暑そうにぱたぱたさせる。
……脱ぐって、ブレザーを? あんまり薄着になるのはよくないんじゃないか? 男子の部屋で。というか、俺の部屋で。
そう、俺と小内さんは、俺の家に向かっていた。そしてたぶん二、三時間くらい俺の部屋で過ごすことになっていた。
女子とふたりきりで。しかもかわいい、好きな人と。自分の部屋で。
……そんなの、緊張するなという方が無理ある。
*
なぜ小内さんが俺の家に来ることになったのかというと、元を辿ると俺達が学級委員であることにあった。
……ちなみに俺達が学級委員になったのはじゃんけんに負けたからだ。少ない確率が実現するなんて、これはもう運命かもしれない。さらにいえば二年連続で同じクラスになったという点も運命ポイントが高い。
で、そのせいでなにかとクラスの仕事を頼まれるのだが、今回も担任教師から「学校紹介のPVを作ることになったから、クラスの紹介ショート動画を適当に作っておいてくれ」と言われたのだった。
「ショート動画って」と隣に立つ小内さんが言う。「簡単に言われてもねえ」
「だよなあ」
俺と小内さんは、帰宅するクラスメイトの様子を窓際からスマホで撮影していた。動画の素材になるかと思って。
「ところで、もう結構撮ったけど、編集ってどうする?」
「スマホでやるか、パソコンでやるか。パソコンの方が早そう」
「上沢くんパソコン持ってる?」
「ああ持ってる」
「じゃあそれでしようか。今日する?」
「今日? まあ、そっちのデータもらえれば試作でも作ってみるけど」
「よし、じゃあ行こうか」
「え、どこに?」
「だから、パソコンしに」
「俺のパソコン、家にあるんだけど」
「だから、家に」
小内さんが俺を指差す。釣られて自分で自分を指差して、ようやく気付く。
「え、俺んちに?」
一緒に?
*
「あー……本当に行きます?」
自分の家の前まで来たところで、俺はちょっと尻込んでしまう。
「今更?」小内さんが笑う。「もしかしてここ?」
俺が立ち止まると、小内さんも止まって、横の建物を眺めた。
そこには平屋と倉庫と蔵をつぎはぎしたかのような、違法建築じみた建物があった。……たぶん違法ではないと思う。少なくとも俺が物心ついた後の十年くらいは警察の厄介になったことはない。
「えーと……」小内さんが明らかに戸惑っていた。「おもしろいつくりの家だね」
「ボロいって言ってくれて構わないから……」
青春漫画やアニメの主人公の家って、きれいで広い一軒家やマンションだったりするけど、現実はこんなもんだ。
そういえば、部屋の中も当然きれいになんかしていないんだった。
「ごめん、五分待って。部屋片付けるから。いや十分、できれば三十分くらい!」
「長くない? そんな気にしないから大丈夫」
「いや俺が気にするから」
「変なものでもあるの」
「ないよ。……ないと思うけど、一応」
「あやしー」
「あやしくないから! わかった、五分でいいから待ってて」
「しょうがないなあ」
確かに待たせるのは悪いので、俺は急いで玄関を開けて家に入った。
家には誰もいないようだった。幸いまだ昼だ。家族はしばらく帰ってこないはず。つまり本当にふたりきりなわけだ。
……どうしよう。いや、どうするもなにも、動画を作るだけなんだけど。チャンスといえばこれ以上ないチャンスだった。
……いや、なんのチャンスだ、なんの。
俺の部屋は平屋に増設された、外側から見ると倉庫のようなところにあった。とはいえ内部は普通に居住用の和室だ。
「適当にって言うけど」ローテーブルの前に座った小内さんが、スマホをすいすい触りながら言う。「ショート動画っていざ作るとなると難しいよね」
「まちがいない」
俺は彼女の斜め前に座って、彼女に画面が見えるようにしながらノートパソコンをマウスで操作する。
「どんな感じにしよっか」
「まあウケ狙うと寒い危険があるから、普通にするのが無難では」
「ウケって?」
「たとえば……変なダンス踊って行進するとか」
「あるある」
「とりあえず普通バージョンのを作ってみるか」
俺は動画の切り貼りに集中する。……集中しろ集中しろ、一切よそ見するなと自分に念じる。特に小内さんの方は見るなと。でないと、彼女が横座りしているためにスカートから覗いている膝に目がいってしまうから。
ひとつのパソコンを覗き合っているせいで、小内さんとの距離が今までになく近かった。彼女が動くたびに彼女の髪がはらはらとし、そのたびにいい香りが鼻をくすぐる。俺はもう頭がくらくらしてきて大変だった。
「視力悪いの?」
「え?」
「画面に近づきすぎ。目悪くなるよ」
「あ、ああ……」
俺はすっと身を引く。今度は落ち着け落ち着けと念じる。なんとか気を逸らさないと。
「ていうか、悪いね、こんな部屋に」
「なにが?」
「いくら仕事だからって、男の部屋なんて嫌でしょ」
「大丈夫。いくら仕事だからって、嫌なら男子の家に行ったりなんかしないから」
「ふーん。……ん?」
全然落ち着けなかった。
……嫌なら男子の家に来ない? しかし今来ている。つまり今この時この状況が、そして俺も、彼女は嫌ではないということになる。それって……。
「それって——」
これってやはりチャンスなのではと思って、小内さんに真意を訊ねようとした瞬間、部屋のドアがバンッと開いた。
ぎょっとして振り向くと、そこには姉の天海がいた。
もとい、めちゃくちゃ邪魔者がいた。
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