烈奇官編2『混入』


 翌日、キハラは鞠月神社を訪れていた。

 

 正面鳥居を潜れば、参道に小さな人影を見かける。

 彼女はこちらに気づくと、箒を動かす手を止め、お上品に一礼した。

 その所作一つとっても無駄がなく、薄く浮かべる笑みには一見、小学生ほどの背丈の少女とは不釣り合いな妖艶さを思わせる。


「ユバちゃん、こんにちは。シノっているかな? 連絡つかなくてさ」

「はい、シノノメなら社務所で寝ていらっしゃいますよ」

「中に入っても?」

「残念ながら、『誰も入れるな』と言われておりまして。……ですが、『起こすな』とは聞いてませんね」 

「なるほど」

 

 どこか悪戯っぽく目を伏せるユバに礼を告げ、正面に居を構える建物へと向かう。

 鞠月神社に神様はいない。小さな祠こそあるが、長年留守にされてるらしい。

 現在ここを訪れるような者の大部分は、神社そのものではなく、神社を隠れ蓑とした『鞠ノ裏まりのうら』に用がある。

 特に我々烈奇官れっきかんとは、持ちつ持たれつの関係を築く仲だ。


 そんな鞠ノ裏の事務所に当たるのが、かつて社務所兼、授与所として使われていた建物。

 お守りや絵馬を置いてあったであろう、名残が残る窓口の前へ立つ。

 普段なら開きっぱなしの障子戸が、ピシャリと閉ざされていることからも、訪問者への拒絶具合が伺える。

 まあ純粋に寒いっていうのもあるだろうけど。なんてったって、標高が高い上に暦の上では二月。

 先程近くの自販機で入手したものが役立ちそうだ、なんて思いながら、一思いにその小さな障子戸をスライドさせる。


 中には巫女服姿の美女が一人、横たわっていた。

 しかしその穏やかな寝顔が徐々に歪んでいき、次第にはカタギとは思えない眼光の鋭さを宿した。

 控えめに言って、相当不機嫌である。


「やっほ〜シノちゃん、おはよう。ちょっと相談があるんだけど」

「ユバは? 誰も入れるなって言ったのに」

「ほら見て、中には入ってない。外から失礼〜」 

「屁理屈だろ……あー。本日の営業は終了しました」

「まだ昼前だよ。相当お疲れのようだね」

「……ったく、誰のせいだと」

「ごめんごめん。はい、これで脳みそ回して」


 コトっと台の上へ、ポケットから出した缶コーヒーを置く。

 シノは渋々上体を起こすと、こちらと向かい合う様に座り、無言で封を切る。

 それを口に含んだ瞬間、彼女は顔を顰め、何やら言いたげな視線を投げかけた。

 ……どうやら冷めてしまっていたようだ。

 それを周りから定評のある、キハラさんスマイルでやり過ごす。


「飲みながらで良いから聞いて。人喰い箱の件……売人として追ってたこの男が今朝方、死体で見つかった。他殺の可能性が極めて高い」


 事務所から持ち出した資料を、一枚ずつ丁寧に並べていく。

 シノはそれらを手に取り、目を通して一言。

 

「部外者に漏らして良い情報とは、思えないな」

「まあこれは導入、俺の独り言ということでさ。そいつ、これまで箱が見つかった現場付近の防犯カメラに度々写ってたんで、容疑者としてマークしてたんだ。けど、住処の特定には至らなかった。匿われていた可能性を考えると、組織的な犯行なのかもね」


 ここで俺は、新たな資料を一枚提示する。

 それは流石に現物を持ち出す許可が降りなかった為に、あらゆる角度から撮られた人喰い箱の写真だった。


「で、ここからが本題。唯一の手がかりを失ったから、再度箱の鑑定を進めることになったんだけど……これが困ったことにな〜〜〜〜んも分からない。正直言ってお手上げなの、誰か鑑定を頼めるような宛ない?」

「そりゃあ……そういったのは、商店ドグラの店主が詳しいだろうけど。すぐには難しいだろうな。まあダメ元で頼んでみるから、その写真は置いてって」

「助かるなぁ、よろしくね」


 ん、と短く応じ、シノは食い入るように手元の資料を見ていた。

 さて……ひとまずは無事に依頼も完了したし、事務所に戻ろうと踵を返した瞬間。

 社殿のある方角から、見知った顔の女子が近づいてくる。

 

「あっれ〜? キハラさんがいる! お疲れ様ですー」 

「お疲れー。久しぶりだね、オリィ」 

「戻ったか。時間厳守だな」

「なんとか、戻りました〜! ん? あれこの人……」 


 オリィが反応を示したのは、並べたままになっていた資料写真。

 それも例の被害者男性の顔写真だった。

 

「まさか知り合いだった? なーんて」 

「はい! 一瞬知り合いました、今日! あ……でも正確には顔を覚えてたんじゃなくて、この首筋の龍はよく覚えてます」  

「え……ちょ、ちょおっと、それ詳しく」


 そこからオリィが語ったのは、今日のまだ陽も登らない時間に起きた、些細な出来事。

 男とぶつかりかけ、反動で荷物を落とし、取り違えた……。

 しかし我々にとっては、重要な手がかりだった。

 彼女の話だと、男と遭遇したのが今日の深夜2時台。そして彼の死亡推定時間は、5時から6時の間とされている。

 また男の顔面こそ覚えてなかったオリィだが、代わりに背丈や身に付けていた格好は記憶に残っていたらしい。

 聞く限り、それらの特徴は、数時間前に同席した現場検証で見た男と一致する。

 それらを総合すると、どうやら同一人物と考えて良さそうで、だからこそ、一つの疑問が浮上した。

   

「待てよ。ということは、その取り違えた箱、今持ってるの!?」

「あー……非常に言いづらいんですけど……多分落として来ちゃいました」 

「ばっ……ど、どこに?!」

「さっき、配達中に商店街で男の人……ユメビシ君? とぶつかって、また荷物ぶちまけたんですよ。きっとその時に……」 

「つまり、瞑之島に落としてきたんだな? それ、正確な場所は?」


 それまで口を挟まなかったシノノメは、引き出しから地図を取り出しオリィの前に広げた。

 地図で指された地点を横目で確認しながら、昔懐かしい黒電話に耳を当て、連絡を試みる。

 常に誰かしら残っている傘ザクラだが、あわよくば彼女が出てくれ、安全な場所にいてくれと願う。

 しかし応答したのは、若い男――アリマの声だった。

 淡々と要件を告げていたシノノメだったが、アリマのとある発言により「なんだと?」とワントーン下がった声が漏れ出てしまう。

 その驚きと焦燥を含んだ響きに、何かあったのだと、キハラとオリィは瞬時に感じ取った。


「……分かった。お前らはサポートに専念。死ぬ気で情報を集めろ。現地には私が行く」 


 そう言い捨て、ガッシャンと力任せに電話を切ったシノノメが、社務所から出てきた。

 巫女装束の上から、水仙の刺繍が施された羽織に袖を通した姿。

 それは彼女にとって、出かける際の装いを意味する。


「ちょ、待ってシノ……!」


 今にも駆け出しそうな背に向けて、キハラは赤いバインダーファイルを投げ渡す。

 まるで手裏剣のように回転しながら飛んできたそれを、振り返り様に難なくキャッチし、今度こそシノノメは駆け出した。


「手ぶらで行くよりマシでしょ。それ俺のだから、後で返すように!」 

 

 遠のく後ろ姿に向けてそう叫ぶが、あっという間に奥の背景に吸い込まれ、見失ってしまう。

 正確には社殿内に祀られている、宝物レベルの神秘を宿した鳥居の中。

 あそこは、あの土地に繋がっている。

 幽世と現世の狭間にあり、人と人ならざる者にとっての理想郷。

 

 しかしながらその実態は、これまでに何度も日本列島に厄災をばら撒いた呪いの島――瞑之島みんのとう

 我らが烈奇官れっきかん、要監視対象の土地だ。

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