第一章 御伽の土地

起点:とある第一神域・麓 


 

 遠くで、鈍い鐘の音が鳴り響いている。

 目覚めとしては好ましくない、不安を駆り立てるような音。

 おかげで強制的に眠りから覚醒していく。

 

 ……ところが、どういうことだろう?

 瞼は目の開き方を忘れたかの様に重く、体の節々もギシギシ軋む。

 これは随分な時間を睡眠に費やした際、特有の倦怠感。

 

 まあ……人生の大半を病床で過ごしてきた身からすると、このような現象への対処法は一つ。

 まずは早々に諦め、焦らず、自然と起き上がれるようになるのを気長に待つこと。

 柔らかい風が吹き抜け、居心地の良い陽射しを全身で受け止め、草に頬を撫でられる。

 そう、嗅覚も機能してきた今、背中から漂うのは紛れもない……土と青草の匂い。

 

 ――ん?

 再びまどろみ始めた己に鞭を打つ気持ちで、思考だけでもハッキリさせようと努める。

 何故、布団の上で熟睡していると、勘違い出来たのか。

 

 …………いや、そもそもの話。

 今こうしている経緯を、まるで思い出せない。

 靄でもかかったように、直近の記憶が曖昧なのだ。

 

 この現実と向き合うためにも、のんびり瞼の裏を見ている訳にはいかない。

 まずは全神経をその密閉された蓋に集中させ、ゆっくりこじ開けた。

 

 

 最初に視界が捉えたのは、だった。

 春の日差しを連想させる、麗らかな色合いのそれは、生い茂る木々に刈り取られ、真昼の満月として浮いている様だった。

 

 体温が全身を巡った頃合で、徐々に体を起こし、辺りを見渡す。

 そこで驚いたのは、全く見知らぬ林の中にいたことよりも、だ。

 己が倒れていた場所の前方と後方に、それぞれ緩やかな階段が伸びているこの立地。

 更にその踊り場的役割の、なんとも心許ない幅の空間で、伸びていた事実。

 

 いや、まあ……登っている途中で力尽きた線も、捨て切れないが。

 可能性として高いのは、転落だろう。

 そう考えれば、頭を強く打って気絶していた、という筋書きで納得がいく。

 

 どちらにせよ何か手がかりがあるとしたら、上なのだろう。

 ひとまずそこを目的地と定め、整えられた石段を一歩踏み締める。

 

は登るの楽そうで、良かったな」


 ふと、思わず口から出た感想に眉を顰める。

 

 ――今回?

 少し前にも似た様なことを試みた気がする……という漠然とした感覚による発言だったが、果たしていつのことだろう?

 

 ――それに、何か、すごく大切なことを…………。 

 

 この違和感の正体を言葉に出来ない自分が、心底腹立たしい。

 胸の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられる様な、容赦ない不快感。

 思い出せないことが。焦りが。胸騒ぎが。

 何か取り返しのつかない事態に陥っていると、証明しているかのようで……恐ろしい。


 それでも。

 きっとこれは、そのままにしてはいけない。

 知らなければ、思い出さなくては。……向き合わなくては。

 

 フラフラ立ち上がると、袖からコロンと控えめな音が鳴る。

 探ってみれば、それは鈴が三つ連なった小さな飾りだった。

 随分年季が入り錆びていたが、コロコロ奏でられる音色は、肌に馴染む心地良さがある。

 それにしてもこんな鈴、持っていただろうか……?

 

 ゴーン、ゴーン。

 

 先ほども聞いた鐘の不協和音を皮切りに。

 未だ重い体を引きずりながら、一段ずつ確実に上がっていく。

 次第に、頭上の遥か先ではあるが、住居らしい建物が見えてきた。

 そこで必ず、手掛かりを掴みたい。


 ――後になって思えば、もしあの時、階段を下っていれば、全く別の結末を歩んでいただろう。

 

 そう思えるほど、と早い段階で出会えていたのは幸運と言える。

 しかし他に類をみない程、慌ただしく、荒々しい始まりでもあった。

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