白い箱


 箱、箱、箱……

 

 箱。これを指定された場所に埋めるのが、わたしの仕事。

 箱。最初こそ戸惑ったけど、もう慣れたものだ。

 箱。埋めさえすれば、衣食住には困らないし、気の許せる仕事仲間もいる。

 箱。おかげで充実した日々を過ごせている。

 箱。やり甲斐すら感じてきたし、天職なのかもしれない。

 

『箱……残り4つ』

 

 軽い物から運んでいたから、残すは重い物ばかり。

 

 さて、どれから埋めようか?

 よし、今日はこれにしよう。

 なら、明日はこれにしよう。

 では、最後はこれにしよう。

 

 こうして手元に残ったのは、なんだか特別な箱。

 

 ちょうど胸に収まるくらいの寸法で、これだけ唯一、リボンが施されていた。

 これを埋めれば、ようやく終わる。いや……

 

 

 ――オワッテシマウ。

 

 

 いざ持ち上げるとソレは、見た目に反してずっしりとした重さがあった。

 

 ゴロッ……

 ソレは箱の中で転がりまるで安定しない。

 

 ゴロン……、ゴトッ…………

 まさか生き物でも入っているのでは? 

 

 そう疑いが頭を過ぎると、急に生々しい体温を感じた。

 ゾッと悪寒に身がすくみ、思わず手を離してしまう。

 

 

「ぐしゃり」


 

 耳を塞ぎたくなるような、水音混じりの嫌な音が、周囲に響き渡る。

 地面に容赦なく叩きつけられたせいで、箱は歪んでしまっていた。

 その弾みで生じた隙間から、少し中を覗いてみれば、丸い影のような物が見える。

 

 薄暗い箱の中で、ぼんやりとした輪郭をしたソレ。

 他とは違う、異様な存在感を放つ、この箱の中身。

 

 ――気にならない筈が、なかった。

 

 わたしは、一体何を埋めようとしていたのか。

 果たして、今まで何を埋めていたのか。

 何故……なんの疑問も抱かず、「箱」なんて埋めていたのか?


 薄汚れたリボンを解き、凹んだ隙間に指を入り込ませ、容赦無く蓋をこじ開ける。

 先ほどの、ぐしゃりとした音の正体を、一刻も早く確かめたかったから。

 

 結論から言えば、中身は無事だった。傷一つない。

 想像した、赤い液体が広がる惨状なんかとも程遠い。

 

 箱から出てきたのは、一見何の変哲もない人形の、ある一部だった。

 それも……等身大の人間と同じ大きさで出来ている。

 もちろん血の気はない。

 

 ――当然だ。作り物に決まっている。

 

 だから先程の体温も錯覚だろう。

 そう、分かっているのに……震えが止まらない。


 何故なら、嫌なほど精巧に作られた、きっとは、目を薄く開いた状態で時を止められているのだ。 

 

「こんなの……悪夢だ」

 

 ――あぁ、それならこれまで埋めたもの達は?

 

 一度知ってしまうと、引き返すしかない。

 知らなかった事には出来ない。

 

 忘れてしまうなんて、したくない。



 ***

 

 

 真っ青な大地には、綻びのような穴が空いている。

 それを塞ぐために箱を埋めるよう頼まれた。

 

 不自然なほどよく目立つ、真っ白の箱を。

 

 かつて埋めた箱を掘り起こすたびに、仲間達は言った。

 

「わざわざ確かめる必要はないよ」

「思い出さない方が、辛くないのに」

「君はここにいる方が幸せになれるよ」


 都合の良い、甘い言葉で引き留めようとするが、実際彼らは何もしてこない。

 ただ、こちらを光の無い瞳で眺めているだけ。

 

「あのさ、ここは何処?」

 

 ……いくら待っても、核心に迫る答えは返ってこない。

 きっと、こんな問答に意味などないのだろう。

 

 ここはきっと、そういった場所なのだ。

 誰もが答えを知っているのに、口にしない。

 それで成り立つ世界。


 

 ***

 

 

 箱を全て掘り起こし、一つずつ中身を暴いていく。

 

 そこからは、脚、胴体、腕……頭部以外の、各関節ごとに分断されたが現れた。

 

 不思議と組み立てるのに苦労はしなかった。

 あるべき場所に、あるべき物を置けば勝手にくっついてしまうから。

 

 ほどなくして、一体の人形が完成した。

 

 ……そうだ。嫌な予感はずっとしていた。

 顔を見ても、実感を得られなかったのに。

 

 皮肉にもが決め手となったのだ。

 

 ――これは、わたし? 



 




 




 

 


「……いいや、


 これはただの人形じゃない。

 ユメビシの身体を模した、等身大の紛い物マガイモノだ。


 どうしてこんな物を埋めていたのか。

 自分に酷似した人形をバラバラにして埋める、なんて。

 ……悪趣味が過ぎるだろ?

 

「いい加減、戻るべきだ」

 こんな場所で油を売ってる暇はない。

 

 ――間に合うだろうか?


「誰かを……探して、いたのに」

 

 あぁ、眩暈がする。

 霧がかった様に上手く思い出せない。

 その「誰か」に関する記憶が、すっぽり抜け落ちている。

 

「とにかく帰ろう。元の場所に」

 

 

 ――たとえ行き着く先が……この悪夢より過酷な、現実だとしても。

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