02_09_主人公、また拉致られる

紅玉髄カーネリアンの月、19日】



「……それで、逃げに逃げて、こんなとこまで来ちゃったの?」

「だらしないのじゃ。音羽が聞いたら呆れるのじゃ」


 翌朝になって、ネリィとマリィが俺の前へと現れた。


「仕方ないだろ。金も行く宛もなかったんだから」


 物騒な連中に追われた俺は、ゴッデス1の知識に頼って、郊外にある〝救貧院〟という建物に逃げ込んだ。

 ここは、帝国が運営する福祉施設で、家や仕事のない貧困者に、寝場所と炊き出しの食料を与える慈善サービスを提供している。

 実は、1の主人公が皇子とともに設立したっていう、ミリィのいう『小ネタ要素』でもあるのだ。

 ……でもあるの、だが。


「もうちょっと、いい環境だと思ったんだけどなぁ……」


 国の福祉政策とはいえ、これはあくまで浮浪者対策。

 寝る場所というのは床に雑魚寝で、敷居などの防寒対策はなにもない。

 提供される食べ物も、豆が2、3個入っただけの激マズのスープが少量のみ。

 生命の保護は最低限だった。

 おまけに、向こうの世界とは季節が違うのか、それとも日本より経度が高いのか、夜更けとともにかなり冷えて、寒くて全然寝つけなくて……


「正直、野宿の方がマシだったかも……」

「それもやめたほうがいいわ。帝都は表通りの近くだったら治安がしっかりしてるけど」

「郊外はどこも悲惨なのじゃ。悪人の吹き溜まりみたいな場所がざらにあるのじゃ」


 もしもそんなところで一夜を明かそうものなら、たちまちのうちに襲われていただろうと、マリィとネリィは口を揃えた。


「その辺は、ゴッデス1から変わってないんだな」

「いつの時代でも難しいのよ、治安対策って。魔導科学の革新とかがあってもね」

「そういうものなのじゃー」


 そういうものらしい。


「もちろん色々と便利にはなったのじゃ。レオニスの研究が世に認められた結果なのじゃ」

「特に、物流関係はすっごい良くなったわ。大陸を縦断する鉄道のおかげで、各国各地の生産品の大量輸送が実現してるの」


 ゴッデス1から200年。

 俺の世界でいう産業革命が、魔導科学によって成し遂げられた……ってところなんだろう。

 それを為した功労者が1の攻略キャラ、レオニスってのは、どこか感慨深いものがある。


「でも、魔法の力で提供されるサービスって、言い換えたら、貴族の血筋の人間が提供してるサービスでしょ」

「ん? まあ、確かにそういうことになるか」


 ゴッデスの世界における貴族とは、魔法を使用できる家筋の人間……というふうに、一般的に定義できる。

 だから、魔導科学の動力源たる魔法を提供しているのも、そういう高貴な人間ということになる。


「平民への恩恵は実は少なめなのじゃ。貴族が作るサービスは、大多数が貴族に対して提供されておるのじゃ」


 それでか。

 治安とか浮浪者対策とかの、いわゆる平民向けの施策が、ゴッデス1の水準とあまり変わっていないのは。


「魔法が便利すぎることの弊害なのじゃ。特定の者だけが利用できるバグみたいなものなのじゃ」

「バグ?」

「技術の発展に、文明の水準が追いついていけてないのよ。魔導科学は近代レベルに迫ってるのに、肝心の人間の価値観は中世で止まってるんだもの」

「特に倫理観とかがひどいのじゃ。いわば歴史の功罪なのじゃ」

「大航海時代をすっ飛ばして、帝国の魔導科学だけが一足跳びに大発展を遂げちゃったところに歪みがあるわよね。だから、近隣諸国はあっけなく――」


 ……このふたり、結構好きだよな。

 こういうオタク談義みたいなの。


「あのー、それよりさ。俺はこの後、どうすれば?」


 話を適度にさえぎって、今の状況について尋ねてみる。

 ふたりが姿を見せたってことは、進行中のクエストにも、何かしらの進展があるんだろう。


「大丈夫なのじゃ。接触できれば、あとは向こうが勝手に動くのじゃ」

「だからアタシたちも合流したのよ。そろそろのはずだから」


 ……嫌な予感。


「サーチ!」


 ふたりの言葉に背筋がざわつき、とっさに索敵魔法を使用。


「あ、いいわね今の。かなりゴッデスっぽい立ち回りだわ」

「うむうむ。怪しい気配を感じたら即サーチ。ゴッデスの大鉄則なのじゃ」


 そう。

 理不尽の権化たるゴッデス1。

 バトルクエストが始まる前に、奇襲をかけられ主人公死亡……なんていう鬼イベントもいっぱいあった。

 それを回避する方法が、事前のサーチで、敵の接近に気がついておくこと。


「って、囲まれてるじゃん!?」


 だが、遅かった。

 表示された周辺マップには、俺たちから一定の距離を置いて、複数の敵性アイコンが――


「誰が!? 何のために!?」


 まずいぞ。

 この施設内は逃げ場ゼロ。

 入口も1箇所しかない袋小路だ!


「物盗りか!? でも、救貧院にいるやつを狙うか? だとしたら――」

「おちつくのじゃ、凪沙」

「大丈夫よ。ここでは戦闘に発展しないから」


 やけに落ち着いているネリィとマリィ。

 そうこうしているうち、光点は屋内へと移動して、この部屋にまでやってきた。

 入ってきたのは、この救貧院には場違いな、かなり身なりの良い男たち。


(げげ。あいつらの顔、見覚えが……)


 逃げねば。

 でも、どこへ?

 俺が逡巡しているうちに、男たちはこちらの姿を認め、ズカズカと近寄ってきた。


「単刀直入に伺います。昨晩の男性に、お間違いありませんね?」

「……何のこと、でしょうか?」


 そう、こいつらは昨日、俺を追いかけて魔法弾を打ち込んできた連中だ。


「ご足労いただきます」

「いやいや、人違いでは、ありませんかねぇ?」


 どうにかとぼけて逃れようとしたが、


「返答は、慎重に願います」


 首筋に、冷たい感触。

 背後から鋭い短剣ナイフが、俺の首へと添えられていた。

 昨晩、容赦なく魔法弾を撃ち込んできた、あのおっかない銀髪メイドさんだった。


「再度確認いたします。あなたは昨夜、我があるじにベッドのうえであれやこれやをしやがった男性に、お間違いないですね?」


 イエスでもノーでもられるやつだ……


「これ、ルツィア。脅迫はいけませんよ。これは謝礼なのですから」


 最年長らしき白髪の執事さんが、怒気を放つメイドさんをたしなめた。

 笑顔を浮かべ、好々爺こうこうやぜんとしているけれど、この人も結構な圧を放っている。


「……失礼。我が主より、『オペラを鑑賞いただいたお礼がしたい』と言付ことづかっております」


 首が冷たい。

 言葉は訂正されたものの、短剣の刃はずっと、いつでものどを切り裂ける位置から動いていない。


「来ていただきますよ」

「……はい」


 拒否権なんてあるはずもない。

 俺はガシッと両腕を掴まれ、為すすべもなく、表に待機していた馬車に連行された。


「さあ、ゆくのじゃー」

「面白くなってきたわね」


 なお、ネリィとミリィは普通に着いてきて、普通に馬車に乗り込んでいた。


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