02_07_主人公、死す?
『……ねえ、ネリィ。凪沙ったら、着地失敗しちゃったわよ』
『……おかしいのう。予定では、もうちょっと右に落ちてくはずだったのじゃ』
神である彼女たちは、遠い場所からそれを眺めていた。
暗い裏路地、硬い地面の上に広がる、血と肉塊の赤い海……。
『モザイク必至な光景なのじゃ』
『間違っても、
あとわずか、少しでも横に
『運が悪いわねー。選択は正解してたのに』
『ううむ……まだ、ひとつめのセーブポイントにも届いていないのじゃ』
『これで最初からやり直しってのは、少しだるくない?』
『まだチュートリアルじゃし、サービスなのじゃ。創り直して、ふたりとも助かったことにしておくのじゃ』
『そうね。ちゃんとベッドの上に乗れてたってことにして、ストーリーを進めましょう』
・
・
・
目を開けると、薄っすらと星が瞬いていた。
(あれ? 俺、確か?)
俺の視界に入っているのは、路地の隙間から見える夜空。
背中には、柔らかい布のような感触。
どうやら俺は、廃棄品のベッドの上に横たわっているらしい。
(えっと……生きてる、で、いいんだよな?)
理解した瞬間、心臓が激しく脈を打ち始めた。
(よかった! 死んでない! マジで良かった! マジ死にかけた!)
飛び降りたときは無我夢中だったけど、終わった今になって恐怖とか戦慄とか安堵とか、色んな感情の濁流がぐちゃぐちゃに押し寄せてきた。
まさに九死に一生の大無茶だった。
(やべえ、動悸が止まらん、心臓が超バクバクいってる!)
過度に興奮してるのはともかく、とりあえず、体は痛くないっぽい。
いや、興奮し過ぎて今は感じてないのかもしれないけど、たぶん、大怪我みたいなのはなさそうだ。
きっと、オペラ用の大きくて頑丈なベッドだったのが幸いしたのだろう。
フレームの木枠が少し
(衝動的に飛び込んだけど、正解だったか)
姉貴の辿り着いた境地は、こっちの世界でも真理だったみたいだ。
ありがとう、姉貴。
マジのガチで感謝である。
「っと、そうだ。あの子はどうなった?」
ちゃんとベッドに落ちたんだよな?
首を動かし、確認しようとしたところ、
「……無事。気づいてない? ずっと抱きしめてるの」
「へ?」
声がした。
すぐ近く……どころか、俺の胸のすぐ上から。
「キミ、大胆だね」
少女は俺の腕の中……いや、俺の胸の中にガッチリと包まれていた。
というか、俺に抱きしめられた状態で、なおかつ、俺の体の上に全身を預けている状態だった。
着けていたド派手な赤いウィッグは外れていて、代わりに、腰くらいまでありそうな長い黒髪が、俺たちの体を蔽うように解き放たれている。
(やっべ! 全然見えてなかった!)
生還した興奮が、痛みどころか、人ひとり分の体重が乗っていることすら感じさせていなかったのだ。
「ご、ごめん。今離すから――」
慌てて腕を外す俺。
彼女はしかし、俺の上から動こうとしなかった。
それどころか、反対に手で俺の服を、きゅっ、と軽く掴んだ。
「……このままでいて。もう少しだけ」
よく見ると、彼女は小刻みに震えている。
……そうだよな。
飛ぶ前はなんにも感じてなかったとしても、いざ落ちたら、そりゃあ怖いに決まってる。
俺自身、心臓がバクバク暴れてて、うまく話せそうにすらない。
(まあでも、美人、だよな)
震えてる子を前に思うことじゃないかもだけど、濃いオペラメイクの上からでも判るくらい、目鼻立ちが整っている。
おかげで……と言ったら変だけど、思考が脱線したためか、俺の心臓のバクバクは、少しずつだけど収まってきた。
やがて、彼女のほうも落ち着いたのか、俺の服から手が離された。
「落ち着いた?」
「……驚いちゃった。キミ、本当に飛び降りてくるから」
「いやいや、こっちの台詞だから」
とりあえず、冗談っぽく文句をひとつ言っておく。
彼女は「そうだね」と小さく笑うと、俺の体の上からどいて、ベッドにポスンと、仰向けになって寝転んた。
黒髪のロングヘアーがベッドの上に、さあっと乱れて広がった。
(……さて、どうすっかな)
この女の子が、ミリィとネリィの言うナビゲーター役の少女なのだろう。
格好からはわからないけど、キレイな子だし、やっぱり貴族子女とかに違いまい。
(その割にはアイシャドウ濃いし、気だるげな感じで話すけど……ダウナー系かな?)
……なんてことを適当に思っていたけれど、間近で顔を見ていて、あることに気づいた。
(え? この子の目元……オペラのメイクとかじゃないぞ。本物の隈だ)
化粧かと思っていたそれは、本当に隈だった。
現実でいうなら、それこそダウナー系のスモーキー・メイクかと
(事情はわからないけど、そうとう精神を追い込まれてる……)
それこそ、死と隣り合わせでも笑顔を浮かべられるくらいに。
恐怖も抱かず、投身自殺してしまえるくらに。
(どうしよ? ホントにどうしよ? 勢いで助けはしたけど、この後を、どう続けたら……)
俺の動揺を知ってか知らずか、先に話しかけてきたのは、彼女のほうだった。
「キミさ、まだあたしと話ししてくれる?」
こんな切り出し方をした彼女は、俺の返答を待たずに言葉を続けた。
「ヤバイ女って思ったでしょ。これ以上、関わり合わないほうがいいよ」
かもしれない。
少なくとも向こうの世界で出会っていたら、〝他人〟という距離を保っただろう。
「そう思ってたら、始めから話しかけたりしてないよ」
けど、今のは彼女の本心じゃない。
「それに、言うほどヤバ……こほん、怪しい人間じゃないと思うし」
「どうして?」
「たぶんだけど、身分の高いお嬢様……だろ?」
「よく気づいたね。そんなに高貴さがにじみ出てる? あたしって」
冗談っぽく笑う彼女。
美人だけど、生気のない顔でやってるせいで、正直見た目は結構怖い。
「オペラを憧れるほど見れるのなんて、良家のご令嬢くらいなもんだしさ」
クエストという事前情報があったから……とは、当然言わないでおく。
「まあ、ね。ほんとはちょっと違うけど」
彼女は明確に肯定しない。
けどこれは、誤魔化したり、言い淀んだりしてるんじゃなくて、たぶん、聞いてほしいんだろう。
俺は「そうなの?」と彼女の目を見つめて、続きを促した。
彼女はやはり、自然に身の上を語りだした。
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お話しを聞いてあげるのって、大事だよ。
キミだけが理解してくれるから、大事な人なんだよ。
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