02_05_主人公、オペラを観る

 途方に暮れていた俺だったけど、ひとつだけ変化もあった。

 日が落ちて、辺りが薄暗くなってきたことで、街の見え方も変わってきた。


「お、通りに灯りがついてくぞ」


 帝都に降りる夜のとばり

 その闇を、大通りに沿って設置された街灯が、仄明ほのあかるく払っていく。


「ガス灯ならぬ、魔導灯かな」


 魔法の力……魔導科学による照明技術。

 その光の恩恵を受けているのは、街路だけではなかった。

 街の中でも一際ひときわまぶしくて、一際豪華なある建物が、俺の視界に飛び込んできた。


「オペラ劇場か……ゲームにもあったな、こんな場所」


 帝都の一角にそびえ立つは、豪華絢爛ごうかけんらんな劇場建築。

 ゴッデス1しか知らない俺にも覚えがあるってことは、200年以上もこの場所に建ち続ける、由緒ただしい劇場ということになる。

 壁面装飾のところどころが俺の記憶と違っているけど、経年劣化で修繕が施されたって考えれば辻褄つじつまがあう。


「歴史と伝統のオペラ劇場……まさに、貴族のお嬢様が訪れそうな場所じゃないか」


 ひとまず手がかりがないか探してみる。

 看板の文字はやはり読めない言語だったけど、すぐに半透明のウインドウが出てきて、翻訳を表示してくれた。



『オペラ公演「ミーランヴィレーテの花嫁」

 主演……マルゲリータ=フランソワース

 開演時間……19:00

 若き男女の激情が織りなす、儚くも美しき悲恋の物語』



「恋愛もの……まあ、オペラはみんなそうだよな」


 しかし、やはり女性受けしそうな内容である。


「開演は夜になってからだな。よし、これに賭けてみるか」


 もう歩くのも疲れた俺は、明確な根拠も無いまま、このオペラ劇場に望みを託した。

 開演時間までゆっくり待とうと、明るい玄関口で休ませてもらうことに。

 が、しかし、ひとつだけ問題が浮上した。


「……やけにジロジロ見られてね?」


 まだ開かない劇場の玄関近くに突っ立っていると、どうしてか、通行人が俺に視線を向けてくるのだ。


「そういやオペラって、富裕層が正装で見に来るものだっけ」


 貧相な衣服の平民が時間待ちをしていたら、不審感が極まりない。


「しかたない。ちょっと裏路地の方に入って隠れておこっと」


 人の目から逃れるため、俺は、劇場の裏手へと続く暗い裏路地へと入った。

 そこは、路地というより、劇場用の物置と化していた。

 オペラ劇場の裏口……たぶん道具類の搬出口として使われていたであろう出入り口の付近には、大小さまざまな物品類が雑に山積みになっていた。


「このでかいゴミ、オペラ関係のものかな?」


 たぶん、劇中で用いられた大道具の廃棄品なんだろう。

 底に車輪のついた小舟やら、お城の壁を模した背景パネルやら、豪奢なベッドやら。

 それらはどれも、一部分が折れていたり、ヒビが入っていたりと、見るからに使用に耐えなくなっていた。

 物置と言うより、もはやゴミ捨て場だ。


「……変なやつとか、隠れ潜んでないだろうな?」


 自分のことを棚に上げ、暗くて雑多な路地に怯え始める。

 ――と。


【条件をクリアしました】


「ん?」


 突然、メッセージ・ウインドウが現れたぞ。


【主人公の固有魔法「サーチ」が使用可能です】


「おおっ! やっときたじゃん!」


 やっぱり、この劇場が鍵だったんだ。


「じゃあさっそく、索敵魔法サーチ!」


 ……叫んでみたけど、これでいいのか?

 疑問と羞恥が頭をよぎったその瞬間、目の前にパッとマップが表示された。


「よかった、これで何も出なかったら、姉貴の奇行が感染うつっただけの大マヌケだった」


 さて、待望の索敵魔法【サーチ】。

 原作ゴッデスのストーリー的には、主人公だけが使える固有の魔法。

 そして、ゲームシステム的には、マップ機能の拡張である。

 使用した時、付近に人がいたり、なにか重要な物品が隠されていたりすると、地図上に対応したアイコンが表示され、色んな情報が示される。

 特に、時間制限のあるイベントが進行中の場合は、直接関係するキャラのアイコンが赤く光って――


「そうそう、こんな感じに赤く点滅するんだよな。タイムリミットを急かすみたいに――」


 ――え?


 目を疑う俺。

 マップ上には、まさに時間制限イベントに対応する、赤く点滅するキャラクターアイコンが示されていた。

 場所は、やはりこのオペラ劇場。


「もうすでに、何かがここで進行している……?」


 それも時限性……いや、ともかく当たりだ。

 急いで詳しいエリアを特定せねば。


「これで、いいのかな?」


 俺はマップの端を指でなぞり、表示を平面2Dから立体3Dへと切り替えた。

 うん、このあたりもゲームと同じだ。

 流石にネリィとマリィも、マップ機能にまつわるインターフェイスは、そのまま残してくれている。


「で、肝心の場所は……っと」


 この青い矢印が俺の位置。

 で、赤いアイコンは……


「んん? 俺の……真上……?」


 反射的に頭上を見上げた。

 すると、俺のいる地上から25メートルくらい上。

 オペラ劇場の屋上のふちに、ヒラヒラとした何かが揺れて、はためいていた。

 旗……じゃないぞ。

 暗い夕焼け空を背景に、劇場の魔導照明によって照らされたあれは……


「……人間?」


 けれど、ちょっと違和感がある。

 これまで見かけてきた人たちとは、格好がどこかおかしかった。

 ドレスにも似た派手でヒラヒラな衣服に、ドギツい真っ赤なカーリーな長髪。

 やけに鮮やかで、ある意味悪目立ちするファッションなのだ。


「あ、いや、そうか。オペラの舞台女優さんとかじゃないかな」


 思い出したのは、ゴッデス1のイベントのひとつ。

 主人公が攻略キャラの誰かひとりと、オペラを鑑賞しに行くシーンがあったのだ。

 会話内容は攻略キャラごとに違ってたけど、あれは、確か……


「確か、マルクスが言ってたんだっけか。今はオペラ演出にも魔法を使うようになって、照明がかなりカラフルになったって。で、俳優さんもそれに負けないよう、派手なカラーのウィッグや衣装を着用する傾向が生まれてきたんだとか」


 公爵家の長男だけあって、教養人としても優れていたマルクス。

 絵画や演劇といった芸術分野への造詣ぞうけいも非常に深かった。

 そこから200年も経っていれば、ますます照明技術も進歩して、あんなド派手な格好をするようになっても不思議はない。


「でも、あそこって……」


 ただの屋上。

 舞台装置もなんにも無い。

 というより、あそこがオペラの舞台であるはずがない。


「あんなところで、屋上の縁ギリギリに人が立ってる理由って……」


 俺の頭を、嫌な想像がよぎった。


「……身投げ?」


 まさか……いや、思い出せ。

 クエストのタイトル、『少女の重さ・・を受け止めて』ってのは――


「このことかよチクショウ!」


 俺は一目散に、搬出口から劇場の中に駆け込んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る