02_04_主人公、手がかりを足で探す。

「まったく、どっちに行ったらいいんだよ」


 右も左もわからない帝都イザーリスのど真ん中に、俺はひとりポツンと佇んでいた。


「あのふたり、適当な説明だけして消えちゃうし」


 あの後、ネリィとマリィから、後々使えるという固有魔法【サーチ】について、追加でこんな説明があった。



「このクエストに進展があったら、自動的に使えるようになるのじゃー」

「それまではとりあえず、自分の足で探してみなさい」


 ……こんな役に立たないアドバイスを残すと、ふたりは「まずはゲームの世界を楽しむのじゃー」「いろんな小ネタを仕込んでるから、それも探してみなさいよー」とか言って、パッと姿を消してしまった。



「ゲームの世界を楽しんでこい……ねえ」


 まあ、気持ちは理解できる。

 自分たちがドハマりし、そして情熱を注いで創り上げた疑似ゴッデスの世界。

 早く誰かに体験させたいってのは当然の感情だし、なんなら微笑ましくもあるし、飽きたから世界を壊すなんて言い分よりかは、よっぽどのこと共感できる。


「ま、ミリィとネリィのご機嫌を取れるんだったら、損にはならない……よな」


 それに、ゴッデス1を知る俺としても、色々と目を惹かれるところがあるのは、やっぱり事実だった。


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「お、この道具屋。ゴッデス1にもあった店じゃん。回復薬とか売ってるのかな?」

「あ、これか。姉貴が2で絶対敵に会いたくない魔の裏路地って言ってたやつ」


 この世界のベースになったのはゴッデス2。

 そちらについては、俺の知識は聞きかじり程度でしかない。

 だけど、それでもこの帝都には、200年前ゴッデス1の面影も色濃く残っている。


「あったあった。こんな呉服屋。ミリアルドとマルクスが喧嘩しかけて、エリックがあたふたしてたっけ」

「あー、これじゃん。姉貴がギリギリで辿り着けなかった時計塔って」


 こういうのを現実のものとして体感できるのは楽しいし、とても感慨深い。

 再現度合いもかなり細かく、ネリィとマリィの熱意が伝わってくるようで、思わず胸を打たれてしまった。


「これ、姉貴に見せてやりたいってのはわかるな」


 なんなら、愛美莉えみり萌愛莉めありも連れてきて、ちょっとした観光気分で散策してもいいんじゃないかな。


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 そんな感動にひたれていたのは、最初の2時間くらいだけだった。


「見つからねえ……」


 太陽が真上の空に移るころ、俺の心を占めていたのは焦燥感ばかりになっていた。

 2時間ほども歩きに歩いて探し回ったにも関わらず、ここまでそれらしき人物に、全く出くわさなかったのだ。


「たぶん、闇雲に探しているだけじゃだめなんだ。もっと捜索範囲を絞り込まないと」


 クエストと称している以上、解くべき謎とか、起こるべき事件とか、何かしらのクリア条件が存在するはず。


「考えろ。この世界はゴッデスと同じ」


 ゴッデスの本質は乙女ゲーム風ARPG。

 メインとなるのは学園生活。


「そのナビゲートができるキャラ……」


 と、いうことは。


「学園に通う貴族の子とか、あるいは教師とか、その辺りが有力候補……かな?」


 これはいい線いっていそうだ。


「いや、待てよ。意表を突いて猫とか犬とか、人間以外って可能性も?」


 キャラとは言ってたけど、人間だとは言ってなかったよな――


『しないわよ。そんな使い古された引っ掛け』

「うおっ!? なんだ!?」


 頭の中に、突然マリィの声が!?


『あんたの固有魔法のもうひとつよ。特定の相手と、思念通話ができるの』

『その名を〝トーク〟、まんまのネーミングなのじゃー』


 ネリィの声も聞こえてきた。

 原作のゴッデスにはなかった魔法だけど、これもふたりが言う『やむを得ない措置』で追加した機能だそうだ。


「で、何の用だよ。人を適当にほっぽり出しておいて」

『あら、いいの? 苦戦してるみたいだし、もうちょっとヒントを出しとこうかなって』

「ありがとうございます、神様仏様ミリネリ様」

『……あんた、あがめる気ないでしょ』

『雑にまとめるんじゃないのじゃ。もっと神を敬うのじゃ』


 姉貴がそう呼んだときは、特にとがなかったくせに。


『で、なのじゃ。探し相手は身分の高い女の子なのじゃ』

『歳はナギサ=クロンタールと同じくらいよ』


 身分が高い……貴族のご令嬢ってことかな?

 そうなると、最初の俺の見立ての通り、やっぱり学園生なんだろうか。


「えっと、その人の外見とか、街のどのあたりにいるとかは?」

『それは自分の足で探すのじゃー』

『帝都の地理を知ることも含めてのチュートリアル・クエストよ。今後もイベントで来ることになる街なんだから、しっかり歩いて覚えときなさい』


 まあ、ゲームを始めたばかりのプレイヤーに対して、もっともな理屈である。


『ヒントはここまでなのじゃー』

『クエストが進んだら、また会いましょ。〝お兄ちゃん〟』


 これだけを言うと、ふたりの声はしなくなった。

 妹設定は、あくまでふたりがゲームの世界に入り込んで楽しむためのもの。

 プレイヤーのナビゲートは、あくまで、これから探すご令嬢の役割であるらしい。


「まあ、ともかく、手がかりはもらえたわけだ」


 探す相手は、ナギサ=クロンタールと同い歳くらいの女の子。


「そして、もうひとつ」


 クエストにもなってるってことは、何かそれっぽいイベントが起こるはず。

 チュートリアルなんだから、検索魔法サーチの使い方を体験させる意図もきっとある。

 つまり、サーチを使う必要のあるイベントだ。


「ゴッデスにあれだけはまったネリィとマリィが、そういうゲームの肝を抑えていないはずがない。価値観は違ってても、そこだけは信頼できる」


 そう、信頼できる。

 ……はずだったの、だが。


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「マジで見つからねえ……」


 夕方。

 俺は途方に暮れていた。


 街のあちこちを駆け巡り、見覚えのある場所を重点的に探してみた。

 だが、それらしい人は見つからず、それらしいイベントも起こらず、ただただ時間だけが過ぎていた。


「どうなってんだ……女の子どころか、手がかりすらも見つからないぞ」


 そもそもここって、帝都の表通りとはいえ、主に平民階級が暮らすエリア。

 もちろん住めるのは、平民のなかでも上流にあたるお金持ちばかりだけど、貴族なんて影も形も見当たらなかった。


「街の配置は、ゲームで慣れてるはずなんだけどな……」


 ここはゴッデス2の帝都が再現された街。

 1の帝都とも相似点が数多く見受けられ、だから捜索自体は割と効率よく進んだ。

 なんなら学園や皇城あたりまで行ってみようかと試みる余裕まであったのだ。


「移動可能エリアも、意外と狭かったし」


 試しに学園へと行こうとしたところ、突然に見えない壁が出現して、俺のことを通せんぼ。

 表示されたメッセージ・ウインドウには、【進行禁止エリアです】の文字。

 あくまで今はチュートリアル中ってことで、行動範囲が制限されているらしい。


 ……なのに。


「なのに、なのに……なんで何のイベントもおろか見つからないんだよぉ!」


 限定的な探索エリアにもかかわらず、それらしい出来事は何ひとつとして起こらない。

 サーチ魔法も使えないままだ。

 気がつけば、太陽は西の空へと傾いて、街全体が夕焼けで赤く染まっている。


「くそう。朝からずっと、飯も食わずに探し回ったてのに……」


 〝ゲームの中〟じゃなくて、〝ゲームを模した世界〟なおかげで、疲労も空腹もしっかり感じる。


「待てよ? 飯ってか、俺の衣食住ってどうなってんだ?」


 帝都に着いたばかりってことは、たぶん住処なし。

 だとしたら、宿に泊まらないとなのか?


「……俺、金って持ってんのかな?」


 ポケットの中には何もない。

 どこかに預けてあったりとか……しないよね?


「こういうのって、やっぱりステータス画面的なのがあったほうが親切だろ……」


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