02_03_主人公、出逢う?

「でっかい駅舎だなー」


 それは駅というよりも、宮殿あたりを彷彿ほうふつとさせる、豪華な大建築だった。

 俺の世界の地方駅なんかよりずっと大きいし、壁の全面には、きっと名のある職人の手によるものだろう、精緻せいち浮き彫り細工レリーフが施されている。

 建物でありながら、まるで一個の芸術作品だ。


 こんな駅舎のすぐ隣に、さっきの蒸気機関車は停まっていた。

 すでに煙は吹き出ておらず、長々と連結された車両から、駅員たちが大量の積荷を降ろしているのが見て取れる。


「あれって、貨物車両?」

「後ろのほうはね。前方のは客室車両よ。綺麗に装飾されてるでしょ」

「高級車両なのじゃ」


 確かに塗装や装飾が盛られていて、こちらもちょっとした芸術作品状態である。


「さっきの話だと、あれって魔法で動いてるんだろ」

「そうなのじゃ。石炭なんぞは使ってないのじゃ」

「火属性と水属性の魔法を用いて、蒸気機関を実現したのよ」

「ああ、魔導科学か」


 魔導科学。

 簡単に言えば、魔法と科学のハイブリッド。


「ゴッデス1でレオニスが研究してたやつだよな。『貨物馬車を遥かに超えた、超劇的ドラスティックな物流体系を実現してみせるぞー!』とかって言って」


 レオニス=イグダート。

 ゴッデス1の攻略キャラのひとりで、研究者気質の変わり者の貴族子息。

 彼は、「魔法を魔法以外の自然法則と組み合わせれば、今以上の栄華を帝国にもたらせる」という先鋭的な理念の持ち主で、同時に、「魔法現象を物体運動の力量に変えるのだ!」と言って、火の魔法を推進力にした高速馬車を街なかで暴走させる事件を起こした、お騒がせキャラでもある。


「そのとおりなのじゃ。機関車の先頭をよく見てみるのじゃ」

「小ネタその1よ。これは凪沙にもわかるはずだわ」


 目を向けると、先頭の機関車両の前面部分に、なんらかの文字が記されている。

 この世界の言語らしい。

 凝視していると、さっきのメッセージ・ウインドウが現れて、文字を翻訳してくれた。

 示されたのは、『イグダート鉄道』。


「イグダート……じゃあ」

「そ。レオニスが研究者として大成したのよ。この機関車は、国が資金援助してレオニスの研究成果を形にしたものなの。原作のゴッデス2にもちゃんとあるのよ」

「帝国の魔導科学は200年間で、かなりの発展を遂げたのじゃ」


 だから、世界観は中世風のままだけど、技術的には産業革命が起こったくらいのレベルの発明品が、ちょいちょい誕生しているという。


「2はよく知らなかったけど、そんなことになってたんだ」

「もっとも、主な恩恵を受けてるのは高貴な身分か富裕層ばっかりだけどね」

「魔法とは、貴族だけが使える〝奇跡〟なのじゃ。その一端たる魔導科学も、やっぱり奇跡扱いなのじゃ」



 そんな〝奇跡〟の機関車を眺めているうちに、駅の出口から人が出てきた。

 到着した乗客だろうか。

 人数はそう多くないけれど、みなさん身なりがいい人ばかりである。

 と、そのなかに、


(あれ? あの人……)


 ひとりだけ、ちょっと異質な人がいた。

 周囲の人が高価な服飾を見せびらかすように着飾っているなか、その人だけは大きめのローブを羽織っていて、さらにはフードを深々と被っている。

 まるで、自分を見せたくないかのように。


(顔を隠してるのかな? あ、でも、ローブの隙間から見える服って、やっぱり高そう。ってか、あの服、女性――)


 そんなことをぼんやり考えていると、偶然にもその人は、俺たちのいる方向へと歩いてきた。

 やけに足取りがフラフラしてるなー、なんて思っていたら、


「っ」


 案の定、俺たちのすぐ目の前で、体がぐらりと横に傾いた。


「おっと!」


 咄嗟とっさに近寄り抱える俺。

 触れてみると、体の線が細かった。

 やっぱり女性だったようだ。


「大丈夫、ですか?」

「ごめんなさ……ううん、ごめんね。急いでたから」


 女性はすぐに俺から離れると、足早に歩き去っていった。


「平気かな、あの人。なんか、足元定まってないけど」


 フードで顔色は見えなかったけど、具合がかなり悪いのかも。


「……」

「……」

「ん? ふたりとも、どうかしたか?」


 違和感を覚え、尋ねてみる。

 さっきまでハイテンションだったミリィとネリィが、どうしてか黙りこくっていた。

 ふたりの視線は、先程の女性のほうに向いている……?


「なんでもないのじゃ。こういうほうが面白いかもしれないのじゃ」

「そうね、ネリィ。偶然と予測困難な事象こそ、世界の醍醐味だいごみだものね」


 なんのこっちゃ。


「それよりなのじゃ。凪沙も面白くなってきたはずなのじゃ」

「そうよ。アタシたちが丹精込めて創り上げたこの世界、つまらないとは言わせないわよ」


 神様姉妹はそろって口をとがらせた。


「あー、まあ、そうだな。ゴッデス1の要素が散りばめられてるなら、確かに興味をそそられるかな」


 これはご機嫌取りじゃない。

 手伝わされてただけとはいえ、ふたりのプレイを間近で見ていてストーリーも知っているんだ。

 関心が無いと言ったら嘘になる。


「けど、これだけ時代が変わっちゃってると、ゴッデス1の攻略知識って、実はそこまで役に立たない?」


 だとしたら、クリアまでの道筋が、ちょっと面倒くさくなりそうではある。


「役に立ったとしても立たせないのじゃ。ズルはさせないのじゃ」

「ネタバレ見てからプレイしたいの? あんたそれでも音羽の弟?」


 ネリィとミリィも、めんどくさい感じに憤慨してるし。

 これだから熱烈なファンは厄介なんだ。


「いや、でもほら、夏休みが終わる前までにクリアしておきたいし……」

「問題はないのじゃ。あっちの世界の時間はほとんど停止しておるのじゃ。タイパ抜群なのじゃー」

「進むのは、向こうで音羽が絡んだときだけよ」


 ん?

 姉貴が?


「いいからほら、さっさと学園に入学するために動きなさいよ」

「クエストはもう進行してるのじゃー」


 ふたりの言葉に呼応してか、メッセージ・ウインドウが開いた。


【メインクエスト「少女の重さを受け止めて」が進行中です】


「って、進行中?」


 すでにクエストが始まっている、だと?


「いつの間に?」

「いつの間にかじゃ」

「いつの間にかよ」


 いやいやいや。

 こういうのって、普通は発生したタイミングで教えてくれるもんじゃないの?


「つーか、これ、どういう意味よ?」


 クエストってことは、なんらかのクリア条件があるはずだ。

 けど、少女の重さって、一体何のことだ?


「少女は少女じゃ」

「ある女の子を探してあげて。それが最初のクエストよ」


 手がかりは特になし。

 メッセージ・ウインドウにも、クエストの概要なんて書かれていない。


「待った待った。まったくのノー・ヒントってのは、ちょっと……」

「ヒントはないけど、サポートはあるわよ」

「頭の中で、〝地図〟を見たいと念じてみるのじゃ」


 言われた通りにやってみる。

 すると、メッセージ・ウインドウと同様、半透明状のホログラムみたいなマップが現れた。

 俺を中心に、一定範囲の地図が表示されている。


「サーチが使えるようになったら、このマップ機能が拡張されるわ」

「そのあたりは、ゴッデスのシステムに準拠なのじゃ」


 これはありがたい機能かも。


「あ、待てよ。こいつがあるなら、システム・メニューなんかも?」


 ステータスとかが表示されるシステム・メニュー。

 あれもあるなら、ちょっとしたヒントになったりして。


「あー、あの画面ね。あれは実装しなかったわ。変に数値とかまで見せるのはちょっとね」

「せっかく創り込んだ世界観が、ぶち壊しになっちゃうのじゃ」

「……世界は簡単に壊そうとするくせに」


 この世界のコンセプト、つまり、ネリィとマリィの至上命題は、ゴッデスを現実世界として創出すること。

 なので、ゲームのシステム的な部分は、プレイヤーから極力見えないように配慮したそうである。

 ただ、メッセージ・ウインドウやマップ機能だけは、無いとあまりに不便だということで、やむを得ない措置として残すことにしたらしい。


「ステータス画面が見えないってのも、結構不便じゃない?」

「うむ。その代わりじゃが、ナビゲート役のキャラクターを用意してるのじゃ」


 ちゃんと親切設計なのじゃー、とネリィ。


「ゲームには登場してないキャラだけど、ゴッデスの世界観に準拠してるから、違和感はないはずよ」


 聞けば色々教えてくれるから、さっさと知り合ってきなさい、とマリィ。


「えっと、じゃあ、そのナビゲーターさんは、どこに?」

「それを探すのが最初のクエストよ!」

「少女の重さを受け止めるのじゃー」


 いや、だから、重さってのはどういう意味よ?




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 さあ、素敵な出逢いが待ってるよ。







 ……マッテルヨ?



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