02_02_主人公、説明を受ける。

「で、だ。今はゴッデス2の冒頭のシーン、ってことでいいんだよな?」


 ゴッデス2は、少女の成長物語。

 地方都市で暮らしていた主人公、平民階級の女の子が、とある事情から帝都へとやってきたところからストーリーがスタートする。

 その辺りはプロローグとして、割合いさっくり短めに終わって、主人公は帝国立エリエスワイズ学園に、特待生として入学することになるのである。


「これから学園に入学するところ……で、あってる?」


 しかし。


「それはまだまだ先なのじゃー」

「というよりも、誤解してるわ。〝ナギサ=クロンタール〟は2の主人公とは別人よ」

「あれ、そーなの?」


 まあ、性別が違うよなーとは思ってたけど。


「それに、今はまだ紅玉髄カーネリアンの月だもの。入学試験は何ヶ月も先だし、この時点では試験を受けられるアテもないわ」

「学園には入ってもらうのじゃ。そのためには、色々準備が必要なのじゃー」


 じゃあまずは、そのアテとやらをつくるところから、か。


「どうやって?」

「最初は、いくつかのクエストをこなしてもらうわ」

「チュートリアルみたいなものなのじゃ」


 なるほど。

 まずはこの世界に慣れるためのイベントが用意されているんだな。

 この破壊神姉妹にしては、好ましい親切設計だ。


「でね、そのクエストが始まる前に、知っててほしい設定があるんだけど」

「ん?」

「実はナギサ=クロンタールは……ううん、正確にはアタシたちは全員、帝国に滅ぼされた国の元王族なの。身分を平民って偽ってるのよ」

「命からがら、帝都に着いたばっかりなのじゃー」


 マリィとネリィいわく。

 俺たちクロンタール兄妹は亡国の王子と王女であり、流亡の旅路の末に、このアレクトール帝国の帝都イザーリスへと辿り着いた。

 そんな背景があるという。


「けっこう重めの設定だな。滅ぼされたってことは、帝国はいわばかたきの国だろ?」

「そうなのじゃ。戦争で負けちゃったのじゃ」

「王様と王妃様、つまり実の両親も処刑されちゃって、兄妹だけで生き抜いてきたのよ」


 祖国を奪われ、家族を奪われ……そんな人間が――それも、王族の忘れ形見が――こんな敵地ばしょで考えていることなんて……


「そう。だからバレたら、あることないこと疑われて、投獄のうえ極刑に処されるわ」

「問答無用で打首なのじゃー」

「怖いわ!」


 笑顔で何を言ってるんだお前らは。


「けど、言っとくけど、ゲームの目的は復讐じゃないわよ。そこは履き違えないでよね」

「ゴッデスを堪能するのに、ぶっちゃけプレイヤーの背景は邪魔なのじゃー」


 邪魔なのに、そんな背景を設定した?

 あ、もしかして。


「ひょっとしてさ、この世界への転移ってのに必要なことだったり?」

「あら、鋭いじゃない。受け皿が必要なのよ。排除や修正を避けるためにね」

「〝異物〟の存在を世界が正当化するための設定なのじゃ。だから、ゲーム進行に支障は出ないのじゃ」


 万全に〝道〟がどうのって言ってたのは、こういうことだったらしい。


「もちろん細かい人物設定だって、ちゃんと用意してるわよ。かなり練りに練ったのをね」

「じゃがまあ、それは追々、語れる機会に語ってあげるのじゃ。今はとにかく、妾たちの創った世界を堪能するのじゃ」


 設定過多は飽きに繋がる。

 そんなことを、ふたりは前にも言ってたっけか。


「なら、お言葉に甘えて、さっそく街を見てみようかな」


 今の時刻は、どうやら朝。

 大通りには人の行き来が増してきて、どんどん活気づいている。

 どこかで誰かと会うことで、クエストが開始されるのかもしれない。


「あ。ところでさ、ふたりが『創った』って言うからには、ここの人たちは本物の人間ってことなんだよな? VRとかじゃなくて」


 街を探索するにあたり、念の為に尋ねてみた。

 双子の神様は満面の笑みを顔に浮かべてこう答えた。


「うむ! ゲームと同じ感じに世界が発展するまで、壊しては創り直してを繰り返したのじゃ!」

「調整は完璧よ! ファンブックに載ってた帝国史をそのままなぞるまでやらせたわ。戦争とか病気の流行とかも、完全一致」

「死者数の調整とかも、かなり細かくやっておいたのじゃー」


 ……とんでもないことを言ってない?


「倫理観とか……いや、いいやもう」


 人間の倫理道徳の観念を、破壊神かつ創造神に求めるほうがおかしいんだ。

 このことは、現実世界で身をもって体験してきたし。


「というか、実際に生きてる人らがキャラクターって、それ、ゲームって呼んでいいのか?」

制作者かみさまがゲームと呼ぶならば、それはゲームじゃ」

「ちゃんとゴッデスの要素は網羅してるのよ。あっちの世界にはない〝魔法〟だって、きちんと実現させたんだからね」


 ミリィが口にしたその言葉は、俺の興味をいたくきつけた。


「あ! そうだよ、魔法、魔法。主人公の固有魔法みたいなやつって、俺も使えるのか?」


 ゴッデスと言えば、魔法の存在。

 貴族の血に連なる者のみが使える魔法を、平民の主人公が使えたことで……っていうのが、ゴッデス2の導入部だった。

 正直、あれはやってみたくもある。


「もちろんなのじゃ。ゴッデスの伝統に則っておるのじゃ」

「主人公と同じ索敵魔法サーチが、使えるようになるわよ」

「『ようになる』……ってことは」

「今はまだ使えんのじゃ」

「最初のイベントクエストの途中で使えるようになるの。そこまでは我慢よ」


 この言い方、ふたりも俺が魔法を使えるようになるのを楽しみにしてる節がありそうだ。


「まあでも、魔法自体は街のあちこちに溢れておるのじゃ」

「そうね。ちょうど代表格・・・が来たみたいよ」


 通りの向こうで、ボォォォォォ! と大きな音が響き渡った。

 次いで、ガタンゴトンと、硬い物を打ち付けるような音が、少しずつ大きくなっていく。

 遠目に見える、猛スピードで移動している横長のあれは……


「って、蒸気機関車!?」


 まさしくそれは、機関車だった。

 到着を知らせる汽笛を力強く鳴らし、先頭車両の煙突から白い煙を吹くそれは、中世ではなく近代になっての発明品のはず。


「大陸横断鉄道なのじゃ。せっかくだから、見に行くのじゃ」

「そうね、あれは一見の価値があるわよ」


 あっちに駅があるのじゃー、と、駆け出していくネリィ。

 ミリィもそれを追いかけていく。


「え、ちょっと、イベントクエストってのは!?」

「そのうち発生するのじゃ! それより先に、魔導科学を体験するのじゃー!」

「再現ついでに色んな小ネタを仕込んでるんだから、すべて余さず楽しみなさい!」


 要するに、すべて余さず楽しませたいのだ。

 この純真無垢な神様たちは。


「しゃーない、行くか」


 やる気なさそうな言葉を吐きながらも、俺の足取りは軽かった。


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