01_07_双子神様、赤子をあやす

【8月6日】



 そんなこんなで、更に1週間ほどが経過して、


「いよっしゃぁぁぁ! アーノルド皇子ルート、クリアしたぞいやっほぉぉう!」


 ライムグリーンの髪を振り乱し、姉貴の拳が高々と掲げられた。


「静かにするのじゃ音羽!」

愛美莉えみり萌愛莉めありが起きちゃうじゃない! 今寝付いたとこなのよ!」

「……はい。スミマセンデシタ」


 すぐに静かになる姉貴。


「立場って、こんなあっさり変わるもんなんだな」


 結論から述べると、ネリィとミリィは、ベビーシッターとしてとても優秀だった。

 神様ゆえの無邪気さが奏功したのだろう。

 ふたりは、赤子2人とそれはもう仲良く遊び、それはもう丁寧に面倒を見てくれた。


 結果、姉貴との立ち位置が絶妙に逆転。


「ゲームに熱中するのは構わんのじゃ。愛美莉えみり萌愛莉めありに迷惑かけるのはダメなのじゃ」

「ハイ、オッシャルトオリデス」

「赤ちゃんは寝て泣いて遊ぶのが仕事なんだから、邪魔しちゃだめよ」

「ハイ、メンボクシダイモゴザイマセン」


 なお、かくいうネリィとミリィも、この1週間で、ゴッデス1の全ルートをクリアしていた。

 ガチの不眠不休が可能な神様姉妹は、愛美莉えみり萌愛莉めありの面倒をしっかり見ながらも、合間合間でゴッデス1を遊び尽くし、隠しエンディングに至るまで、全てをやりこみ尽くしたのである。


「エリックの成長過程が、もう最高だったのじゃ」

「マルクス……あんなに悲しい過去があったのに、それを乗り越えて……」


 ふたりとも、ゴッデス1のストーリーをいたく堪能したご様子である。


「てゆーかー、これはネリマリちゃんがずるくない? 寝なくても食べなくても平気な体質なんて、ゲームし放題じゃん」


 その一方で、口を尖らせる2児の母。

 たった独りで夜泣きする双子の育児に追われる生活を送ってきた姉貴の、心からの羨望に違いない。


「当然なのじゃ。神が不眠症なんて有り得ないのじゃ。なー、愛美莉えみりー」

「神様は偉大なのよ。ねー、萌愛莉めありー」


 寝ている双子の頭を優しくなでなでする神様2名。


 ただ、睡眠はともかくとして、食事に関してはミリィとネリィの分も用意して、一緒の食卓を囲んでいた。

 こんな小さい子どもの見た目してるやつに飯も食わせないとか、こっちが罪悪感でいっぱいになる。

 人としてダメなことは、やっちゃいかんのである。


「イワシの梅煮がうまいのじゃー」

「このニンジンの甘酢漬けもおいしいわよ」


 ……見た目と好みにやけにギャップがあったけど、それでもだ。


「音羽もこの調子で、さっさと他のルートをクリアしてしまうのじゃー」

「あ、でもネタバレはしないでよね。アタシたちもやるんだから」

「あー、それなんだけどさ」


 早急なクリアを促すふたりに、姉貴からこんな提案が。


「先にやっていいわよ、ゴッデス2」

「え、なんで?」

「まだひとつめのルートしかクリアしとらんじゃろう?」


 姉貴は少し気まずそうに、愛美莉えみり萌愛莉めありに視線を移した。


「まあほら、ゲームにかまけて娘を放置って、親として終わってるじゃない?」


 実際にはそんなことはしていない。

 姉貴はいつでも愛美莉えみり萌愛莉めありを優先だったし、それはネリィとミリィがベビーシッターに立候補してからも同じだった。

 ただ、ずっと後ろ髪を引かれている様子でもあった。


「それに、ふたりがウチに来てくから、変な焦りみたいなのがなくなった気がするし」


 『焦り』というのは、かなりオブラートに包んだ表現だ。

 この1年、交際相手に逃げられたり、専門学校を辞めて出産する決断をしたり、色んな事情がストレスになって、姉貴は追い詰められていた。

 一時期の落ち込みぶりから見れば、今はかなりマシになっている。

 けれど、それでもやっぱり、心はひどく消耗していたはずなのだ。


「メインルートはクリアしたし、ひとまず満足。これ以上は愛美莉えみり萌愛莉めありに忘れられちゃいそうだし、ね」


 姉貴の言葉を、神様なネリィとマリィがどう受け止めたかはわからない。


「ありがとうなのじゃ! すぐにクリアしてみせるのじゃ!」

「2週間もかけないから、安心して待ってるのよ!」


 ふたりは、この場で最も適切であろう言葉を迷える子羊に与えると、そこから10日ほどを費やして、ゴッデス2を集中的にプレイした。

 その結果。


「ぶええー、よがっだのじゃあぁぁ」

「うぐっ、ひぐっ、ふえぇぇ」


 再び、神は泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る