01_06_双子神様、泣きだす

【7月30日】



「ぶええー、よがっだのじゃあぁぁ」

「うぐっ、ひぐっ、ふえぇぇ」


 神は泣いた。

 エンドロール画面で流れる、1の皇子様ミリアルドとのイベント・スチルを眺めては、育んだ絆と苦しい道のりを思い出し、ボロボロと大粒の涙をこぼした。


「あーほら、ふたりともティッシュ使えよ」

「ずまないのじゃー」

「ひっく、うくぅ……」


 ゲーム未体験のネリィとミリィは、ゴッデス1に見事ドハマりした。

 寝食を忘れるどころか、そもそも食事も睡眠も不要な神様体質だという彼女らは、朝昼晩の別もなく、交代交代でコントローラーを手に取って、わずか1週間で鬼畜難易度に適応、見事メイン・ルートを攻略した。


「すごい情熱だよな。この鬼畜ゲームを、わずか1週間で」


 つーか、なんでウチに1週間も居着いてやがんだ、このロリ神どもは。

 順応しちゃった俺も俺だけどさ。


 ・

 ・

 ・


「ミリアルド皇子もいいけど、やっぱり公爵家のマルクスよ。最初はいけ好かない高慢ちきだったくせに、終盤の激ムズクエストで急に味方として駆けつけるとか、好感度爆上がりしないはずがないじゃない」

「妾は騎士エリックを推すのじゃ。落ちこぼれの烙印らくいんを押されながらも努力を重ね、最後は見事、〝救国の蒼騎士〟と呼ばれるまでに心身ともに成長したのじゃ。あれこそ英雄譚なのじゃ」


 30分ほどかけて、ふたりはようやく落ち着きを取り戻した。

 すっかりゴッデスに取り憑かれたとみえて、思い思いに好きなシーンやキャラについての感想を語り合っている。

 こうして聞いてると、案外と好みは分かれているらしい。この双子の神様は。


「未来永劫、幸せが続くといいわね」

「皆が帝国を支えているのじゃ。すばらしい未来が待っているのじゃ」

「まあ、永劫ってのは難しいのかもしれないけどな。ゴッデス2があるんだから」


 無粋な発言かもしれないけど、続編の2がある以上、200年後に何かしらの大事件が起こるのは確定しているようなものなのだ。

 案の定、熱烈なファンたちは反発した。


「いかんのじゃ! ミリアルドたちの子孫は幸せにならねばならんのじゃ!」

「そうよ! マルクスやエリックたちがの子孫が皇室を支えるんだもの、

「どの口が言ってんだか……」


 現実世界を飽きたから壊すと抜かしておいて、なあ。


(でもまあ、こんだけ好きなものができたなら、世界の破壊も思いとどまってくれるだろ)


 当初の予定とは違っちゃったけど、これって結果オーライじゃない?


「実際、いいストーリーだったしな」

「そうね。素晴らしい作品だったわ。

「満足したのじゃ! 音羽があれだけ熱中する気持ちがわかったのじゃ」


 ふたりは満面の笑みを浮かべて、


「じゃあ、そろそろこの世界を壊しましょうか」

「うむ!」

「……って、結局そこに戻るのかよ!?」


 これまでの時間はなんだったんだ!?


「えー、だって、この世界自体には飽きちゃってるし」

「いやいや待て待て。ゴッデス楽しかったろ? フィクションとはいえ、あんなのを生み出せる世界だぞ!?」

「うむ! 次の世界は、ゴッデスくらい面白くなるように創るのじゃ」


 創作はかいのモチベを与えるだけだった、だと……


「あ、そうだ! お前ら、まだ全ルートクリアしてないだろ! メインのミリアルドルートだけで満足してていいのかよ!?」

「「全ルート?」」


 あせりから口をついて出た言葉に、ふたりは揃って首をかしげた。


「物語はあれで終わりじゃないの?」

「主人公たちは幸せになっていたのじゃ」

「乙女ゲーってのはマルチエンディングなんだよ。ゴッデス1も、最初はメインの皇子様ルートにしか入れないけど、2周目からは別の攻略対象キャラとの恋愛を体験できるんだ」


 口早に喋り続ける俺。

 世界の破壊を、なんとしても思いとどまらせねば。

 そんな思いで熱弁をふるう。


「じゃあ、マルクスと仲良くなることもできるの?」

「もちろん! 今のルートでは語られなかった過去の描写もてんこ盛りだ!」


 と、姉貴が語ってたのを聞き流してた記憶がある。


「ということはじゃ。エリックの勇姿をまた見れるのじゃ?」

「おうとも! 救国の蒼騎士に至る成長過程を、隣で見守れるぞ」


 神は目を輝かせた。


「ネリィ! 今すぐ2周目を始めましょう!」

「やるのじゃミリィ! エリックと共に歩むのじゃ!」

「何言ってるの! 先にマルクスよ!」

「いやじゃ! エリックからやりたいのじゃ!」


 無茶苦茶な説得だったが、効果は覿面てきめんだったようだ。

 双子の神様は、世界の破壊も創造も忘れて、コントローラーを奪いあっている。


(よかった。簡単に言い包められてくれて)


 この調子なら、ゴッデス1を完全クリアしても、別のゲームを勧めてあげれば自然とのめり込みそうだよね?


(これでひとまず、世界は守られた)


 うんうん、よかったよかった。


「コントローラーを渡すのじゃー!」

「ネリィが離しなさいよー!」

「こらこら落ち着けよ。ゲームは逃げな――」

「黙ってなさい!」

「黙ってるのじゃ!」


 ピカッ!


「へ?」

「「……あ」」


 こうして、世界を救った俺の体は、その安堵の気持ちごと、ふたりの発した閃光によって跡形もなく消し飛ばされたのだった。



 リゴット:グローリアス・デスティニー。 完!



「ま、待つのじゃ! まだ終わっちゃだめなのじゃ!」

「ネリィ! すぐに創り直すわよ!」


 ・

 ・

 ・


 あれ? 


「俺、寝てた?」


 というより、一瞬意識飛んでた?

 いや、意識というよりも……


「今さ、俺の体、消し飛ん――」

「そそそ、そんなわけないじゃない! 気を失ってただけよ!」

「そうじゃとも! 竜殺しの弟を破壊したりなど、わざとじゃないのじゃ!」


 ……認めたよな? 今。

 俺はすっくと立ち上がると、冷や汗をかくふたりに向けて毅然と宣言した。


「お前らには、もうプルステ4貸さない」


 ふたりは一瞬ほうけた後、事の重大さに気がついた。


「だ、だめなのじゃ! まだエリックのルートを遊んでいないのじゃ!」

「マルクスのルートだってプレイしてないわ!」

「ふざっけんな! 文字通り体が持たんわ!」

「いいじゃない! 創り直してあげたんだから!」

「そうじゃそうじゃ! 元の体と一切の誤差無しなんじゃぞ!」

「俺を〝テセウスの船〟にしてんじゃねえ!」


 〝治す〟じゃなくて〝創り直す〟なあたりが、ガチで生理的に受け付けん。


「か、貸さないのなら、こっちにも考えがあるのじゃ」

「そ、そうよ! 今すぐ世界を壊しちゃっても――」

「知ったことか! 後はもう、警察とか自衛隊とかを相手に勝手にやってろ!」


 俺がさじを投げた世界の危機、これを再び救ったのは、


「あんたらうるさい! 愛美莉えみり萌愛莉めありが起きちゃったでしょーが!」

「「「ぴぃ!?」」」


 泣きじゃくる赤子姉妹を両腕に抱えた、怒髪天をくライムグリーンの鬼だった。


「騒ぐのをやめられないんだったら、音の届かない別のところにいってやりなさい!」

「む? 音の届かない?」

「別の世界ところ……?」


 怯えていたはずのネリィとマリィ、どういうわけか、互いに顔を見合わせると、


「閃いたのじゃ!」

「その手があったわね!」


 突然仲良くハイタッチして、何やらを企て始めた。


「そうと決まればじゃ、マリィ。まずはゴッデス1の全ルートクリアを急ぐのじゃ」

「了解よ、ネリィ。ねえ音羽、こっちが終わったら、ゴッデス2って借りられる?」

「え? いや、うーん……まだ私がクリアしてないし……」


 渋る姉貴に、ふたりはなおもたたみ掛ける。


「ならば、愛美莉えみり萌愛莉めありの面倒はわらわたちが見てあげるのじゃ。その間に、さっさとクリアしてしまうのじゃ」

「へ? いや、でもふたりとも――」

「心配いらないわ。同じ双子だもの、とっても仲良くできるわよ」


 ねー、と赤子姉妹に語りかけるに語りかける双子姉妹。

 泣いていたはずの愛美莉えみり萌愛莉めありは、それをどう捉えたのか、途端にご機嫌になって笑い出す。

 なし崩し的に、合意が形成されちゃった感じである。


「やるのじゃマリィ! ゴッデス1に取り掛かるのじゃ! 音羽のために、急いで時間を作るのじゃ」

「オッケー、ネリィ! もう誰のルートからだっていいわ。マルクスは楽しみに取っておけばいいんだから」


 最前までのケンカなんて、もうすっかり忘れている。

 一体何をする気なんだか、この無邪気な神様たちは。


「……凪沙。さすがに心配だから、あんたもふたりに付き合ってあげて」

「……了解。なんとかできる気は一切無いけど、なんとかする」


 何かの拍子に愛美莉えみり萌愛莉めありまで〝創り直し〟なんてことになったら、洒落にならん。




============



知らないうちに体のパーツがまるっと入れ替わっていたとして、果たしてそれは自分と呼べるのか。


怖い怖いお話しですよね。

私はどうせなら、もっと赤くて、ドロドロで、グサリ、ザグリ、べチャリで「ぎゃあああ!」な、温かみのある話が好きです。



……なかなか始まらないね? スプラッタ。


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