01_03_双子神様、ハマる 上

「というわけで、これがプルステ5ってゲーム機。こっちのディスクが姉貴のやってる〝ゴッデス2〟な」


 部屋が直り、愛美莉えみり萌愛莉めありの機嫌も治ったのを口実に、俺は全員を1階リビングへと移動させた。

 この家のリビングには、そこそこに大きいテレビと、姉貴が学生時代にバイト代で買った最新の据え置き型ゲーム機が置かれている。


「ゲ、ゲームじゃと!?」

「女神関係ないですって!?」


 ここでようやく双子破壊神も、自分たちの勘違いに気がついた。


「ふははは! 脅かしおってなのじゃ!」

「たかが遊戯だってわかれば、こっちの――」

「遊びじゃないわ! 戦争なのよぉ! ゴッデスはぁ!!」

「「ぴぃ!?」」


 威勢を取り戻しかけた双子神は、しかし、姉貴の鬼気迫る剣幕によって再び沈黙。

 もはや条件反射化している。


「つーか姉貴、どこまでやり込んだの?」


 確か、初回限定特装版とかってのを、発売日に予約して買ってたはず。


「まだ最初のメイン・ルートを進めてる途中。たぶん中盤くらいなんだけど、バトル・クエストで足止め食ってる」

「てことは、まだ1キャラも攻略できてないのか」

「難易度がすでに前作の終盤戦並みなのよ。せめて、1人目くらいは早々にクリアしたかったのに……」


 が、しかし。

 愛美莉えみり萌愛莉めありは生後7ヶ月、夜泣きのピークの頃合いだ。

 そんな双子の育児に追われる身では、ひと息つくための時間を取るのもひと苦労。

 そこで、俺は画策した。


「けど、ほんとにいいの?」

「大丈夫、大丈夫。面倒見るのは、実質こっちのふたりだから」


 〝ゴッデス〟の正体を教えてやる。

 そんなアホな名目で、俺はネリィとマリィに交渉を図った。

 姉貴にはゲームをプレイしてもらい、その間、ふたりには愛美莉えみり萌愛莉めありの面倒を診てもらう。

 狙いはもちろん、ロリ神姉妹と姪っ子姉妹を仲良く遊ばせ、情にほださせる作戦だ。


「じゃあ、お言葉に甘えるけど……ダメそうだったら、すぐ中断して代わるからね」


 姉貴は後ろ髪を引かれる様子を見せつつも、ゲーム機の電源をオンにした。

 育児よりもゲームを優先したみたいで体裁は悪いかもだけど、これは世界のためなのだ。

 溜まりに溜まった鬱憤うっぷんを、存分にゴッデスにぶつけてくれ。



「へえ、2の主人公って、こんな感じなんだっけ」


 データロード画面に現れたのは、中世風デザインの制服を着た、いかにも快活そうな感じの女の子。

ただ、乙女ゲームの主人公にしては、髪色や髪型なんかは割とおとなしめだ。


「顔はキャラクリもできるんだけど、いじらなかったのよ」


 ヘアスタイルや化粧メイク、アクセサリー類はカスタマイズ可能だったらしい。

 けれど、寸暇すんかを惜しんでいた姉貴は、初期設定のままゲームを開始したそうである。


「バトルの手前でセーブしてあるから、すぐに戦闘に入るわよ」


 姉貴の言う通り、ストーリーの進行は特に起こらなかった。

 ゲームの舞台、アレクトール帝国の首都イザーリス。

 その一角のセーブポイントからゲームが途中再開されると、


【バトルクエストが発生しました】


「お、ほんとに即始まった」


【クエスト「悠久ゆうきゅうの時の摩天楼まてんろう」を開始します」


 すぐさまにバトル・パートへと突入した。


「この女の子で戦うの?」

「戦士には見えんのじゃ」


 ロリ神姉妹、俺と一緒に愛美莉えみり萌愛莉めありをあやしつつ、テレビ画面にご注目。


「そう。この子は平民でありながら魔法が使えるっていう、乙女ゲームにありがち設定な子……なんだけど……」


 柄にもなく言葉尻を濁した姉貴。

 これには訳がある。

 このRegot:Glorious destiny 2、通称ゴッデス2。

 ゲームのコンセプト自体は、姉貴も先に述べたとおりの「よくある乙女ゲー設定」。

 中世ヨーロッパ風の世界で、主人公の女の子がとある貴族学校に平民特待生として入学。

 張り巡らされた様々な謎をクエスト形式で解き明かしながら、イケメンの王侯貴族の子息たちとの恋愛イベントを楽しめる……という、やはり「よくある」つくりである。


 だが問題は、ゴッデスをアクションRPGたらしめる、その戦闘バトルシステム。

 姉貴は、バトルフィールドと化した帝都を足早に移動しながら、主人公の固有魔法を連続使用した。


索敵魔法サーチ! 索敵魔法サーチ! もいっちょ索敵魔法サーチィィィィ!」


 ……テンションやべえな。

 まだ敵キャラとの遭遇前だぞ。

 いつもこんな感じでゲームしてたのか? この2児の母は。


「ミリィよ、音羽は敵の居場所を調べてばっかりじゃぞ」

「そうねネリィ。逃げて隠れてるだけだわ。さっさと先手を打っちゃえばいいのに」


 ……姉貴の奇行はまあともかく。


 ネリィとミリィが言う通り、主人公の魔法の用途は攻撃でも防御でもない。

 建物の陰に潜んだ敵を発見し、位置と動きを察知するための、いわばレーダー。

 姉貴はマップ上に表示された敵アイコンから見つからないよう、裏路地や建物の陰を静かにコソコソ、しかし敏速に移動していく。

 バトル・パートでありながら、徹底して戦いを避けているのだ。

 その理由は……


「できないのよ! サーチしか! この最弱系主人公は!」

「なぬぅ!? どういうことなのじゃ!?」


 実はこのゲーム、アクションRPGをうたっているくせに、主人公には一切の攻撃能力が持たされていないのである。


「じゃあ、音羽が先制攻撃をしてないのって」

「してないんじゃなくて、したくてもできないのよ、主人公このこは!」


 もちろん、古今のゲームにそういうARPGが無かったかといえば、そうではない。

 ……ではないのだが、それならそれで強キャラの味方がいたりとか、なんらかの攻略ギミックがあったりとか、色んな手法でゲームバランスが調整されているものだ。

 しかし、このゴッデスにそんな配慮は欠片もない。


「ちっ、気づかれた!」


 姉貴は不運にも、敵に姿を捉えられた。

 建物の屋根の上に陣取っていたのは、黒いローブを被った魔術師だ。

 魔術師は、宙空に大きな魔法陣を出現させると、魔法の矢で主人公を狙い撃ってきた。

 ……とんでもない数の、超連続攻撃で。


「な、なんじゃ!? 画面いっぱいに炎の矢が降ってきおったぞ」

「敵の魔法弾攻撃よ! 見つかったら集中砲火をしてきやがるの! 3発も貰えば死んじゃうわ!」

「たった3発で!? 何十発も来てるじゃない!」


 まさに弾幕シューティングばりの大連射。

 炎でできた魔法のやじりが、豪雨と化して襲い来る。

 姉貴はすぐさま方向転換、人の動きとは思えないアクロバティックな走法で、迫りくる炎の矢束をかわしに躱し、石造りの建物の陰へと飛び込んだ。

 しかし、


「壁が抜かれたのじゃ!」

遮蔽物しゃへいぶつの意味がないじゃない!」


 敵の矢は、石壁をものともせずに悠々ゆうゆう貫通。

 主人公を狙いに狙い、家々諸共撃ち抜いていく。


「なんのぉ!」


 姉貴はコントローラーをガチャガチャ動かし、およそ人の動きとは思えない立体的な超機動で主人公を操った。

 家々の間を全力疾走で駆け抜けさせ、矢の追尾から逃れていく。

 結果、主人公が通った後には、激甚災害げきじんさいがいの爪痕がごとく、瓦礫がれきの山ができあがっていく。


「横からも魔法が来たわ! こっちは雷!」

「ちっ!」


 瞬時に横っ飛びする主人公。

 直後、さっきまでの進行方向上の道路を、膨大な雷の投擲槍ジャベリンが粉と砕いた。


「サーチっ!」


 回避しながら、索敵魔法を仕掛ける姉貴。

 マップ上には、敵であることを示すアイコンが5つ、主人公を取り囲むように移動してきていた。


「ひとりに見つかると、他の敵にも秒で位置がバレる鬼畜仕様なんだから!」

「ど、どうすれば勝てるのじゃ!?」

「クエストの達成条件を満たすの! あっちの時計塔まで、時間内に辿り着ければこっちの勝ち!」

「む、無理よ! あんなに離れてるじゃない」

「無理を無理なんて言ってたら、ゴッデスの攻略なんてできないのよ!」


 姉貴が吠えた通り、このゲームはバランス調整皆無の、マジモンの鬼畜難易度を誇っている。


 難易度の変更機能なんて当たり前のように無く、おまけに、主人公は基本的に単独行動ソロプレイ

 街や校舎内といったバトルフィールドを、たったひとりで、敵に気づかれないよう隠密に行動するのだが、なんやかんやで誰かてきに必ず見つかってしまうエンカウント

 そして戦闘が始まるや、膨大な魔法攻撃が雨あられのごとくに大量に飛んできて、それをひたすらに避けて、避けて、避け続けて、敵の攻撃パターンを記憶しながら攻略していく……という、いわゆる〝死に覚えゲー〟なのである。


「気をつけて! 奥にもいるわ!」

「そのまま走り抜けるのじゃ!」


 いつしかふたりは、手に汗握って姉貴の応援に回っていた。

 双子神様が熱中しているのにつられたか、愛美莉えみり萌愛莉めありも、一緒になって画面に釘付けになっている。

 そして、魔法の矢の攻撃が、わずかに緩んだ。


「右奥の路地に逃げるのじゃ! あそこには敵が居ないのじゃ!」

「そっちは罠よ! 3人以上の射線が集まるクロスファイア・ポイント! 入っちゃったら死あるのみ!」


 今姉貴が回避したのは、敵の射程が重なり魔法弾が集中してしまう確殺エリア。

 ファンによってクロスファイア・ポイントと名付けられたその危険地帯にだけは入らないよう、姉貴は徹底した索敵によって敵の射程と射線を見極め、およそ完璧な立ち回りを演じているのだ。


「すごいのじゃ! ここまで直撃が一発もないのじゃ!」

「やるじゃない音羽!」


 なお、ファンの中には、有利に立ち回るにはどの地点で敵とエンカウントすのがいいかを研究をしていた猛者たちもいたそうだ。

 だがしかし、どんな場所で敵の攻撃が始まろうと、結局はプレイヤーの技術勝負で地形の恩恵は微差程度……という検証結果に終わったという話が、有志の集う攻略wikiに載っている。

 つまるところ、とにかくプレイヤーが腕を磨くしか攻略の術がないのが、このゴッデスというゲームなのである。


「要は押し引きのバランスよ! 攻撃が激しい時には回避に専念、隙があったら突破を強行! 無理に進み過ぎても被弾するし、逃げ過ぎてたらタイムアップでクエスト失敗!」


 解説しつつも、華麗に回避アクションを決めていく姉貴。

 ゴッデス1を完全制覇した彼女は、圧倒的な技量と集中力をもって、徐々に時計塔ゴールへと迫っていく。


「制限時間も、まだ余裕あり!」


 だが。

 そう易々やすやすとクリアを許すほど、ゴッデスの名は軽くない。


 突如、画面の最奥、目指す時計塔の一点が光り、その瞬間、とんでもない速さの魔法光線が、主人公の肩をかすめ去った。


「ちっ!? しくった!」

「なんじゃ!? 一瞬で体力がごっそり減ったのじゃ!?」

「半分も残ってないわよ!」


 これまでノーミスを貫いてきた姉貴は、


「くっ、出てきたわね。ちた乙女、セシリア=ヴェイゼルフォード」


 たったの一撃、それも当たり損ねの攻撃によって、体力ゲージの半分以上を削られた。


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