01_02_双子神様、怯える

「ようやくふたりとも寝付いたところなのよ! 安眠を妨げられた0歳児がどれだけ泣き止まないか、わかってんの!」


 鬼の形相で怒鳴り散らすは、宮鹿野みやがの音羽おとは、俺の姉。

 鮮やかなライムグリーンのロングヘアーが、今にも逆立ちそうなくらいに怒り心頭に発している。

 そんな彼女の腕の中には、ぐずって今にも泣き出しそうな赤ちゃんが2人、器用に抱きかかえられていた。

 ……俺の部屋に起こってる異常なんて、目にも入ってなさそうである。


「むむ? その赤子らも双子なのかの?」

「あら、アタシたちとおんなじね」

「ん? 待って凪沙なぎさ。この子ら誰よ?」

「いや、ツッコミ遅いって」


 昨年、19歳の若さで身籠みごもった姉貴は、通っていたデザイン系の専門学校を中退、今年初めに双子の女の子を出産した。

 が、交際相手の年上の男は綺麗に蒸発。

 スマホやSNSを筆頭に、連絡手段は全てブロック。アパートも引き払われていた。

 色々調べて判明したのは、姉に語った学歴や勤め先の一切いっさいが、真っ赤な嘘だったということだけ。

 今は独り親として、双子の赤ちゃん愛美莉えみり萌愛莉めありを、実家ここで健気に育てている。


「ぐずっておるのう。おー、よしよし」

「あ、泣き止んだわネリィ。あやすのうまいじゃない」


 おお、ほんとにうまいな。

 ……じゃ、なくってだ。


「あの、ほら姉貴、愛美莉えみり萌愛莉めありも落ち着いたことだし、とりあえず部屋から……」


 よくわからんけど物騒な状況。

 せめて、幼いめいっ子だけでも遠ざけねば。

 そんな俺の優しい配慮は、風の前のちりにおんなじだった。


「ふざけんなし! この子たちがしっかり寝ついてからじゃないと、『ゴッデス』の新作を進められないじゃない!」

「いや、そんな理由かよ……」


 場違いすぎるお怒りの理由に、思わずあきれてしまう俺。

 が、自称破壊神かつ創造神の双子姉妹は、


「「……ゴッデス?」」


 なぜかふたりで目配せしだすと、部屋の片隅に移動して、ヒソヒソ内緒話を始めた。


「マ、マリィよ。このおなご、『女神ゴッデス』と言っておるぞ? 神に知り合いがおるのか?」

「わ、わからないけど、謎の迫力があるわね。信心深い神官とかかしら?」


 もちろん、そんなはずはない。

 ゴッデスとは、「Regot:Glorious destiny(リゴット:グローリアス・デスティニー)」。

 乙女ゲーの皮を被った、知る人ぞ知る大作アクションRPGの略称にして畏敬の念・・・・

 神ゲーマーゴッドですら死ねデスる激ヤバ難易度を誇ることから、プレイヤーが畏怖をもって『ゴッデス』とあがめるに至った、不朽ふきゅうの名作にして無窮むきゅうの問題作である。


「ようやく帝国の皇子アーノルド様を攻略できそうなのよ! 悪役令嬢の配下が繰り出すガトリングじみた魔法弾をやっと避けられるようになってきたのに、体が忘れたらどうしてくれんの!」


 繰り返すけどこのゲーム、乙女ゲーっぽい世界観のアクション・ゲーム。

 だから、バトルがメインである。

 ……あるのだが、しかし


「攻撃もできず避け続けるばかりの戦闘が、どんだけストレス溜まると思ってんのよコンチクショウ!」


 実はこのゴッデス、アクションRPGと銘打っているくせに、主人公には、まさかまさか、一切の攻撃能力が備わっていないのだ。

 おまけに防御性能も紙っぺら。

 クリティカル判定次第では、雑魚の一撃でさえ即死するような貧弱ぶりを誇っている。

 だっていうのに、時には弾幕シューティングと見紛うばかりに降り注ぐ魔法攻撃の雨あられを、ノーミス回避し続けてクリア条件を達成しなければならないという、ガチモンの鬼畜ゲー。


 ……って、そんなことはいまはどうでもいいんだよ。


「姉貴、とりあえずさ、今は一旦――」

「ざっけんな! このゴッデス2の発売を、何年待ってたと思ってんのよ!」


 余談ではあるが、このブチギレて視野狭窄きょうさくしてるライムグリーン頭が挑んでいるのは、最近発売されたシリーズ第2作目のほう。

 1はとっくの昔にクリア済みの、熱狂的古参ファンなのである。

 そんな熱烈なファンの期待に応えて、つい先日に発売されたゴッデス2は、ワールドワイドなストーリー展開を売りに、世界各国の王侯貴族イケメンたちが集う学園で、前作以上の――って、おや?


「マ、マリィよ。こやつ、神官なうえに武官でもあるのか!?」

「この殺気、只者ただものじゃないわよ。きっと、戦の神の加護を受けてるか、荒ぶる神の崇拝者なんだわ」

「というか、『皇子を攻略』とはどういうことなのじゃ? 国盗りを仕掛けておるのか?」

「ひょっとしたら、どこかの神が人間に代理戦争をさせてるのかも。それも、この世界の創造神アタシたちに断りなくやり始めたんだとしたら……」

「ガ、ガチのやつではないか!?」


 ……なんか知らんが、双子神様がガタガタ震えだしてるんだが。


「な、なあ、姉貴――」

「なによ! あたしの貴重な時間を奪いやがったら、神様だろうとドラゴンスクリューかけて泣かしてやるわよ!」


 更に余談だが、姉貴の趣味はプロレス技を人に繰り出すことというたちの悪さ。

 ガキだった頃、何度新技の練習台になったことか……


「な、なんのことなのじゃ!? 〝ドラゴンスクリュー〟というのは?」

「ド、ドラゴンって言うんだから、竜殺しの技よね、きっと」

「あるいは、竜そのものをぶ秘術やもしれんぞ」

「で、でも竜って、ふたつ前の世界と一緒に全部壊しちゃったはずでしょ? アタシとネリィで」

「きっと、難を逃れた個体がいくつかおったのじゃ。それがどこかで繁殖して……」

「冗談やめてよ。アタシたちの破壊の力が効かないとか、そんな竜、神より上位の存在じゃない」

「なれば、それを殺せるこやつは――」


 双子の神は、なにやらコソコソ相談し、ひとつの結論を出してから、再びこちらに戻ってきた。


「ふ、ふん。交渉の余地が無いとは、言ってないわよ」

「か、神というのは寛容なのじゃ」


 姉貴、まさかのファイン・プレーを――


「ていうか凪沙! 何よこの部屋は!? すっかり吹きさらしにリフォームされてるじゃないのさ!」

「いや、今頃かよ!」


 ガチで視野狭窄もはなはだしいわ!


「どうすんのよこんな大穴! お父さんはどうせ今日も会社に缶詰だし、業者だって、頼んですぐに来てくれるか――」

「あー、いや。たぶん、できるんじゃないかな、修理」


 ちらりと、おびえきってるロリ神様を流し見る。

 視線を受けて、ふたりはびくりと反応した。

 よしよし、言いたいことはわかったな?


「う、うむ。直してやろうぞ。こちらとしても不可抗力じゃ。お主が怖いからではないぞ」

「そ、そうね、慈悲よ。慈悲。断じて竜殺しの技に恐れをなしたんじゃないんだからね」


 双子の神様は示し合わせ、互いの手と手を重ねて目を閉じた。

 途端、手の間からまばゆい光がピカッとあふれ出し、一瞬のうちに、壁も床も、消えたベッドに至るまで、すべてが完璧に元通りに。


「うお!? マジで直った!」

「あったりまえなのじゃ。破壊と創造はワンセットなのじゃー」

「破壊神は創造神であり、創造神は破壊神でもあるのよ」


 ドヤるロリ双子。

 他方、呆然ぼうぜんとする俺と姉貴。


「……凪沙。この子たちって、神様だったの?」

「……俺に聞かれても」


 そして、


「「きゃはは」」


 母の腕の中で笑い出す、幼い愛美莉えみり萌愛莉めあり

 不思議な不思議な光景に、そろって無邪気に喜んでいる。


「赤ん坊って、大物だよな」


 なんか、毒気が抜かれてくわ。


「アタシたちの偉大さが肌でわかるのよ。理屈なんてものに縛られてないから」

いやつめ、いやつめ」


 そんな赤ちゃん姉妹を猫可愛がる神様姉妹ネリィとマリィ

 この神様たち、愛美莉えみり萌愛莉めありに絡ませとけば、破壊がどうとか言わなくなんじゃね?


「うぅぅ……完全に起きちゃったぁ……お昼寝、せっかくしそうだったのに……」


 よし。姉貴には可愛そうだけど、この状況を上手く使おう。

 神を説得に挑むため、姉貴の協力も――


「ゴッデス2がぁ……ゴッデス2がぁ……」


 まだ言うかライムグリーン。



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