第3話: チームワークの価値

倉庫に朝日が差し込み、涼介はいつもより早めに現場に到着していた。

昨日の失敗を振り返りながら、心の中で「今日は絶対にミスを減らす」と誓っていた。

だが、その表情には固さが残り、何度も深呼吸を繰り返しては緊張をほぐそうとしていた。


「おはよう、山本さん!」

元気な声をかけたのは、アルバイトリーダーの佐々木優樹だった。

彼は明るい性格で、チーム全体の雰囲気を和ませるムードメーカーだった。

その無邪気な笑顔に救われたような気持ちになった涼介は、少しだけ緊張を解いた。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします!」

涼介は頭を下げながら答えたが、その声にはわずかな不安が滲んでいた。


昨日のミスが頭を離れず、「また同じ失敗をしたらどうしよう」という思いが胸に重くのしかかっていた。

そのためか、言葉は少し震え、目も佐々木としっかり合わせることができなかった。

佐々木はその様子を察したのか、肩を軽く叩いて「大丈夫、焦らず行こう」と笑みを浮かべた。

その言葉に、涼介はわずかに肩の力を抜くことができた。


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ピッキング作業は、指定された商品を倉庫内から取り出し、出荷準備を行うプロセスだ。

現場は朝から活気に満ち、トラックが荷受けを待つ中での作業はスピードと正確さが求められる。


涼介は佐々木の指示を受け、ピッキングリストを片手に動き出した。

リストを手に、指示された棚番号を探そうとするが、似たような番号が並ぶ棚を前にして一瞬混乱する。

「あれ、どっちだったっけ……?」と小さくつぶやきながら足を止めた。

その間にも後ろから次の作業者が近づき、焦った涼介は適当な方向に進んでしまった。


「違う、ここじゃない!」

頭の中で警鐘が鳴り、再びリストを確認するも、視線が焦点を定めきれずに文字がぼやけるように感じられた。

冷や汗が額から流れ落ち、「もっと集中しないと」と心の中で繰り返すが、その思いとは裏腹に、足取りはますます慌ただしくなり、通路を逆走してしまうこともあった。


「山本さん、それ違うエリアです!」


佐々木の声が響き、涼介は慌てて元の位置に戻ったが、その焦りから次の指示も聞き逃してしまう。

商品の取り間違いや配置ミスが重なり、ついには通路を塞いでしまうこともあった。


「山本さん、通路を塞ぐと他の人が通れなくなるよ。」


作業リーダーの藤原が冷静な声で注意を促した。

その声の落ち着きが、逆に涼介の胸に重く響く。

周囲の作業者たちが一瞬こちらを振り返り、視線のプレッシャーに涼介は顔を俯かせた。


「すみません……」

絞り出すような謝罪の言葉が、空気の中に溶けて消えた。


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その時、村田が涼介の隣に立った。

彼は少し眉をしかめながらも穏やかな声で話しかけた。


「山本くん、焦らなくていい。流れを見て動くんだ。ピッキングはスピードだけじゃなく、正確さと周りを見ることが大事だよ。」

村田の声は冷静で、まるで兄のような安心感を与えてくれた。

彼は話しながら軽く手をポケットに突っ込み、目を細めて涼介を見つめた。

その表情には厳しさだけでなく、「大丈夫だ、次がある」という励ましの色があった。


涼介はその言葉に深くうなずき、「次は気をつけます」と自分に誓った。

村田は口角を少しだけ上げ、肩を軽く叩くと、そのまま静かに去っていった。

その背中には「失敗しても構わない。次こそは頑張れ。」という信頼が込められているようだった。


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昼休み、涼介は休憩室の隅で一人反省していた。

履歴書ノートを開き、ペンを握りしめながら頭を抱える。

「自分のせいで現場の流れを乱してしまった」という思いが重くのしかかり、書き出す言葉が見つからなかった。


「山本さん、大丈夫?」

優しい声がして顔を上げると、佐々木が缶ジュースを持って立っていた。

彼はにっこり笑いながら、「俺も最初はミスばかりだったよ」と言った。


「ほんとですか?」

涼介が驚くと、佐々木は大きく頷いた。

「もちろん!俺なんて、一度なんか荷物を全部別のエリアに運んで、大騒ぎになったこともあるんだ。その時は、藤原さんにこっぴどく叱られてな。汗だくになりながら戻したけど、全部やり直しになって結局現場全体の作業が遅れた。でも、その失敗を次からどう生かすかが大事なんだよ。ミスは直せばいいんだよ。ピッキングはみんなでやる仕事だろ? みんなで助け合えば乗り越えられるからさ。」


その言葉に少し救われた涼介は、小さく頷きながらノートに「チームワーク」の文字を書き込んだ。

ペンを走らせる手はまだ少し震えていたが、その文字を見つめるうちに、ほんのわずかな希望が胸に灯った。


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午後の作業では、涼介は佐々木のアドバイスを心に留め、周囲の動きを意識しながら作業を進めた。

ピッキングリストを確認するたびに一呼吸置き、棚番号を正確に見つけるよう努めた。

周りの作業者と声を掛け合い、ミスを減らすよう努力した結果、少しずつピッキングがスムーズに進むようになった。


「その調子だよ、山本さん!」

佐々木が笑顔で親指を立てる。

その姿に涼介も少しだけ笑顔を返した。

藤原や村田も満足そうに頷いているのが見えた。


一日の終わりが近づく頃、涼介は他の作業者たちの動きを注意深く観察していた。

ベテランたちは作業中も無駄な動きが一切なく、必要な場面では視線を交わすだけで意思疎通を行い、短い言葉で次の行動を確認し合っていた。


例えば、一人が棚から商品を下ろしながら「次、右列!」と声をかけると、すでに別の作業者がその方向に移動を始めている。

動きの中に自然な連携があり、手を差し伸べたりサポートしたりする場面もスムーズだった。

その様子はまるで一つの精密な機械が動いているようで、涼介は「自分もあの一員になりたい」と強く思った。


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作業終了後、涼介は履歴書ノートを開き、今日の経験を振り返った。


- 今日の失敗:商品の取り間違え、通路の妨害。

- 学んだこと:ピッキングはスピードだけでなく、正確さと周囲を見ることが重要。

- 次回への改善:現場の作業者と声を掛け合い、動きを確認しながら作業を進める。


ノートを書き終えた涼介は、窓の外に広がる夜空を見上げた。

チームとして動くことで、初めて仕事に手応えを感じることができた。

彼の胸には、新たなやる気が灯っていた。


「次はもっとチームに貢献したい。」涼介はそう心に誓い、ノートを静かに閉じた。

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