第2話: ミスから学ぶ

朝日が昇る中、倉庫内では涼介の新しい一日が始まっていた。

昨日の初仕事で失敗を重ねたことが頭を離れず、履歴書ノートを握る手に力が入る。


小さく息を吐き出しながら、「今日は絶対にうまくやるんだ」と自分に言い聞かせた。

だが、胸の奥には不安が渦巻いていた。

失敗を繰り返したらどうしよう――その考えを振り払うように、涼介は歩みを速めた。


現場では、藤原が待っていた。

優しい笑みを浮かべながら彼に声をかける。

「おはよう、山本くん。今日も頑張ろうな。」


涼介はぎこちなくうなずき、

「おはようございます。頑張ります」

と答えたが、その声はどこか弱々しかった。


昨日の失敗が胸に重くのしかかり、次も同じ結果になってしまうのではないかという不安が言葉に滲んでいた。

彼は藤原の目をまともに見ることができず、視線を下に落としたまま自分を奮い立たせるように呟いた。


藤原は涼介の肩を軽く叩き、「焦らずやれよ」と励まし、その手の温かさが涼介の心を少しだけ軽くした。


---


午前中の作業はフォークリフトの操作訓練だった。

涼介は緊張しながらハンドルを握った。

大きな車体が自分の小さな動きに反応するたび、全身に汗が滲む。


指示された位置にパレットを運ぼうとするが、視界に入る周囲の動きが気になり、操作に集中できない。


フォークの角度を調整しようとするが、フォークを入れた位置が悪く、荷物を持ち上げた瞬間にバランスを崩してしまい、荷物がぐらつく。


「もっとゆっくりだ」と頭の中で繰り返しても、焦りが指先を狂わせる。

フォークの角度を間違えたり、荷物を不安定な位置に置いてしまったりと、トラブルが続く。

特に、荷物が傾いてしまった瞬間には、周囲から驚きの声が上がった。


「山本くん!荷物の重心を考えろ!」

鋭い声が飛び、涼介の心臓が跳ねた。

声をかけたのは村田だった。


「す、すみません!」

涼介は額に汗を浮かべながら、必死に謝った。

手のひらに滲む汗がハンドルを滑らせそうになるたび、「もっと慎重に」と自分を責める。


しかし、焦りは逆に彼の操作を乱し、失敗が続いた。

周囲の作業者たちの視線を感じるたび、涼介の心は自己嫌悪に沈んでいった。


村田は黙って作業を続ける涼介をちらりと見つめた。

眉間にはうっすらと皺が寄り、口元は厳しく引き締まっているが、その目にはどこか思案するような光があった。


「焦らずやればいいのに」と心の中でつぶやきながらも、言葉には出さず、ふっと視線を外して次の作業に取り掛かった。

その仕草には、厳しさの中にも温かい配慮が感じられた。


---


昼休み、休憩室で涼介は一人で座っていた。

机の上に履歴書ノートを広げるが、何も書き込む気になれない。


頭を抱え、ため息ばかりが漏れる。

失敗ばかりの自分がノートに何を書けるというのだろう――その思いに押しつぶされそうになっていると、村田が缶コーヒーを片手に近づいてきた。


「飲むか?」

涼介は顔を上げた。

村田が無言でコーヒーを差し出している。

戸惑いながらも受け取ると、「ありがとうございます」と小さな声で礼を言った。


村田は隣に腰を下ろし、しばらく黙ったまま缶コーヒーを飲んでいた。

その沈黙が逆に涼介には心地よく感じられた。

やがて、村田が静かに口を開いた。


「俺もな、昔は失敗ばかりだったよ。」

涼介は驚いて顔を上げた。

村田が話をするのは珍しい。

「初めてフォークリフトに乗った時は、荷物を全部倒して怒鳴られたもんだ。それでも、次の日も乗り続けてようやく形になった。その時に教わったことを今も覚えてる。失敗は次に活かせばいい。それができれば成長だ。」


村田の言葉には温かさがあった。

その声に救われるように、涼介の目が少し潤んだ。

「自分だけが、失敗して苦しんでいるわけじゃないんだ」と胸の奥に希望が灯る。

「ありがとうございます。僕も、もっと頑張ります。」


村田は微笑みながら立ち上がった。

「じゃあ、午後はもっと慎重にな。焦る必要はない。」


村田が去った後も、涼介はその場に座り続けた。

缶コーヒーの温かさが手に残る中、彼はそっとノートを開き、ペンを握った。


書き始める前に少しだけ目を閉じ、今日の失敗や学んだことを思い返す。

ペン先が紙に触れると、少し震える手でこう書き始めた。


"フォークの角度を間違えて荷物を傾けた。焦りが操作を乱してしまったが、村田さんの言葉で気持ちを立て直すことができた。次回は深呼吸して、落ち着いて作業に臨む。"


書き終えた涼介はペンを置き、ノートの文字をじっと見つめた。

そこにはまだ不格好な言葉が並んでいたが、自分が前に進んでいる証のように感じられた。「これが自分の成長の第一歩だ」と、小さく息を吐きながら心の中でつぶやいた。


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午後の作業が始まり、涼介は再びフォークリフトのハンドルを握った。

午前中の失敗が頭をよぎるが、村田の言葉を思い出して深呼吸をした。

そして、ゆっくりと丁寧にフォークを動かし、荷物を持ち上げる。


周囲の動きを確認しながら慎重に操作を進めると、今度はトラブルなく荷物を指定の位置に置くことができた。


「よし、その調子だ!」

藤原が声をかけ、涼介は少しだけ笑みを浮かべた。

村田も遠くからうなずいているのが見えた。


作業を続ける中で、涼介はフォークリフトの操作に少しずつ慣れていった。

荷物を動かすたびに、自分の動きがスムーズになっていくのを感じた。

ミスはまだ完全に無くなったわけではないが、涼介は少しずつ自信を取り戻していた。


その間、涼介は周囲の作業者との距離も少しずつ縮めていた。

「初めてにしては悪くないぞ」と言う冗談交じりの声に、彼は照れ笑いを浮かべながら作業を続けた。

周囲の応援が彼の背中を押してくれた。


---


その日の終わり、涼介は履歴書ノートに記録を残していた。

ペンを握る手はまだ少し震えていたが、それでも紙に触れるたび、心が少しずつ落ち着いていくのを感じた。

「今日も失敗ばかりだったけど、学べることもあった」と自分に言い聞かせるように、ゆっくりと文字を綴った。


"荷物の重心を意識することの大切さを学んだ。焦りは禁物で、まずは状況を冷静に見極めること。次回は、村田さんが言ってくれたように、深呼吸してから作業に臨む。"


書き終えた文字をじっと見つめながら、涼介は小さく息を吐いた。

そのページはまだ稚拙で不完全な記録だったが、彼にとっては新しい挑戦の証だった。


「明日はもう少しうまくやれるはずだ。」ノートを閉じた瞬間、涼介の顔にはわずかながらも希望が浮かんでいた。


- 今日の失敗:フォークの角度を間違え、荷物を傾けた。

- 学んだこと:荷物の重心を意識し、焦らずに操作すること。

- 次回への改善:操作前に必ず落ち着いて状況を確認する。


ノートを書き終えた涼介は深く息を吐いた。

「まだまだだけど、少しは前に進めた気がする。」


彼は窓の外に目を向けた。

夕日に染まる倉庫を眺めながら、自分の成長を少しだけ実感していた。


藤原はその姿を遠くから見守りながら、心の中で「やっぱりこいつは伸びるな」とつぶやいた。

そして、涼介に声をかけるのはやめ、静かに自分の仕事を続けた。

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