第4話: 葛藤と決断

涼介の作業にも少しずつ慣れが出てきた。

倉庫内でのピッキング作業やフォークリフトの操作にも自信がつき始めていたが、それと同時に、新たな問題が涼介の前に立ちはだかった。


その日の朝、藤原が倉庫スタッフ全員を集めてミーティングを開いた。

「最近、出荷ミスが増えている。各自、確認作業を徹底するように」

と鋭い声が倉庫内に響く。


涼介はその言葉に思わず体を硬くした。

数日前、自分が間違えて運んだ荷物が誤配送の原因になった出来事が頭をよぎったからだ。


藤原に注意を受けたときの作業者たちの視線、そして「もっと慎重にやれ」という藤原の低く重い声が耳に蘇る。

その記憶が不安として胸に広がり、「また失敗したらどうしよう」という考えが繰り返された。

彼の視線は足元に落ち、固く結んだ唇と時折乱れる呼吸が、その緊張を隠しきれなかった。


作業が始まると、涼介はいつも以上に慎重に動こうとした。

しかし、細心の注意を払うあまり動きが遅くなり、周囲の作業ペースに遅れを取るようになってしまった。


周囲の作業者がスムーズに動く中で、自分だけが取り残されているような感覚に陥り、ますます動きがぎこちなくなる。

汗が額を伝い、手にしたピッキングリストを握る指が少し震えていた。


そんな中、佐々木が声をかけてきた。


「山本さん、大丈夫ですか? 何か分からないことがありますか?。」


涼介は顔を上げ、力ない笑みを浮かべた。

「すみません、確認しすぎてしまって……」

彼の目には、申し訳なさと自信のなさが滲んでいた。


佐々木は軽くため息をつきながら言った。

「確認も大事だけど、スピードも求められますからね。それに、ミスが怖いのは分かるけど、何かあれば周りに相談してくださいね。」


その言葉に少し救われた涼介だったが、心の中の不安は完全には消えなかった。

彼の表情にはまだどこか曇りが残り、自分に問いかけるように「自分は本当にこの仕事に向いているのか」と考え続けていた。


---


昼休み、涼介は休憩室で村田に話を持ちかけた。

「村田さん、僕、どうしてもミスを減らそうとすると動きが遅くなってしまって……どうすればいいんでしょうか。」


村田は涼介をじっと見つめながら頷き、少し考え込むように目を細めた。

涼介が話す間、村田は静かに腕を組み、まるで涼介の内面を見透かすような目でうなずいていた。

「誰だって最初はそうだ。だがな、ミスをゼロにするのは不可能だ。重要なのは、ミスをしたときにどう対応するかだ。失敗は取り戻せるが、焦りすぎると周りの流れを乱してしまう。それが本当に怖いミスになる。」


村田の声には重みがあり、その言葉は涼介の胸にじわりと染み渡った。

その低く落ち着いた声はまるで静かな湖のようで、周囲の喧騒を和らげるようだった。

村田は言葉を発する間、片手で軽く顎に触れ、目を細めながら涼介を見つめていた。

「お前は真面目すぎるんだよ」と村田が軽く笑いながら続け、肩を小さくすくめてみせた。


その仕草には厳しさと同時に、どこか温かな親しみが感じられた。

涼介はその瞬間、肩にかかった重圧が少しだけ和らぐのを感じた。


「でも、ミスしたら迷惑をかけてしまうのが怖くて……」

涼介の声は小さく、かすれ気味だった。


村田はふっと息を吐きながら肩に手を置いた。

「それで動けなくなる方がもっと迷惑だろう。周りを信じろ。そして自分を信じろ。」


村田の言葉に涼介はハッとした。

これまで、自分だけで完璧にしようとするあまり、周りのことを信用していないことに気づいたのだ。

涼介の目が少しだけ輝きを取り戻したように見えた。


---


午後の作業では、涼介は村田と佐々木の言葉を胸に刻みながら動いた。

確認作業は怠らず、それでもスピードを意識しつつ、周囲のスタッフと頻繁に声を掛け合った。


「次、右列を頼む!」「了解です!」

少しずつ、涼介の動きがチームの一部として自然になり始めた。


例えば、ピッキングリストを確認する際には一呼吸置いて正確に棚を見つけることができるようになり、以前は緊張してぎこちなかったフォークリフトの操作もスムーズさが増してきた。


周りの作業者たちも彼の成長を感じてか、声をかける回数が増え、「いいぞ、その調子だ」といった励ましの言葉が飛び交うようになった。


作業中に他の作業者が困っている場面では、涼介が率先して荷物の運搬を手伝い、「ありがとう、助かったよ」と感謝されることもあった。

周囲の笑顔を見るたびに、涼介の胸の中に少しずつ自信が積み重なっていった。


その中で、ベテランの動きを観察する時間も増えた。

彼らは常に先を見越し、次の行動をスムーズに進めるために小さな合図や短い指示を交わしていた。


一人がフォークリフトで荷物を運ぶ際には、「次は左列を頼む」と短く声をかけ、指示された作業者がすぐにその準備に取り掛かる。

別のスタッフは、荷物の積み方を見直しながら、手早く周囲に「これで完了」と知らせるために軽く手を挙げる。


その一連の動きには、無駄が一切なく、長年培われた信頼と経験が感じられた。

涼介はその動きに感嘆し、「自分もあんなふうに動けるようになりたい」と強く思った。


作業が終了する頃、藤原が涼介の元にやってきた。

「今日は良かったな、山本くん。確認とスピードのバランスが取れてきているな。」


藤原のその一言が、涼介の胸に温かい灯をともした。

「ありがとうございます!」涼介は心の底から嬉しそうに答えた。

その笑顔は、これまでの不安を少しずつ乗り越えてきた自分を誇らしく思う気持ちが含まれていた。


---


その日の終わり、涼介は履歴書ノートに記録を残していた。


- 今日の課題:確認作業とスピードの両立。

- 学んだこと:ミスをゼロにするのではなく、チームと連携しながら対応していくこと。

- 次回への目標:周囲ともっと積極的にコミュニケーションを取り、効率的に動く。


ノートを書き終えた涼介は、小さく深呼吸をした。

ページを見つめながら、今日の作業中に感じた不安や達成感が胸に去来するのを感じた。

「確認作業とスピードの両立ができた」と書き込んだ文字を指でなぞりながら、「まだ課題はあるけれど、確実に前に進んでいる」と思えた。


その一瞬、心の中に温かな灯がともり、やる気が湧いてくるのを感じた。

「完璧を目指すのではなく、最善を尽くす。それがチームの中での自分の役割なんだ。」


彼はノートを閉じた後、しばらくその場に座り、今日一日の出来事を反芻していた。

窓の外を見ると、夜空に星が瞬いていた。

その光景を眺めながら、涼介は新たな決意を胸に刻んだ。


「明日はもっとチームに貢献できる自分になろう。」

彼の心は静かな充足感とともに、次の日への希望で満ちていた。

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