膜を張るココア
パソたん
膜を張るココア
待ち合わせまで時間があったので、ふらっと喫茶店に寄った。無機質に垂れ流れるラジオ。ほとんど無音なこの空間で、甘ったるいであろうアイスココアを頼んだ。アイスココアを頼んだはずが、ホットココアが来た。そしてホットココアの方が100円高いのだ。どっちも美味しいので問題は無いが、暑いのでアイスココアが飲みたかったなぁと、思い口に運んでみる。猫舌の私には熱すぎる。少し冷めるまで今読んでる本を開いた。喫茶店で本を開くなんて我ながら気取っているな。なんて思った。ついでだから、煙草にも火を付けた。もくもくと上がる煙のせいで文章が霞むが、問題なく読めるのでそのまま読み進める。こんな日も悪くないなぁ。なんて思う。こんな日々が続けばいいなぁ。なんて思う。
ココアに膜が張っている。大分夢中になって読んでいたようだ。この、今日という平凡な日は、思い出すに値するものなのだろうか。この長いようで短いこの人生の中で、今日という日を僕は思い出せるだろうか。そんな変な事を考えていた。お客さんが少しだけ入ってきて、色々な話が垂れ込んでいる。会社の話。男と女が(主に女性)話をしている。元彼の話をしている。男はうん、そうだね、なるほどなどの、生産性のない返事を繰り返していた。この無機質に流れる、よく聴くと、くだらない内容ばかりを垂れ込んでいるラジオ。そんな音がサラサラと響くこの喫茶店の中に、色々な人間と、物語と、顔が存在している。この中では僕はただの背景なのだろう。僕も、他の人を背景だと思う。それと同じように、あのつまらない相槌を打つ男からは、僕はただの景色でしか無いのだろう。それにしてもココアが冷めてしまったな。口に運ぶ、酷く甘ったるい。冷めているならアイスココアと同じじゃないか。いや、アイスココアより酷い。多く払った100円は虚空に溶け込んだのか?とまたくだらないことを考えている。そういえば、火を付けた煙草は灰になっていた。これまた夢中で過ごしていたみたいだ。
僕の人生もきっと、膜を張ったココアのように、火をつけて、知らない内に灰になってしまった煙草のように、僕の人生は気付かない内に、冷めきって、それでいて甘く、終わっていくのだろう。タバコの煙のように、昇って、消えて、そんな風に終わっていくのだろうな。そんな事を考えていた。
膜を張るココア パソたん @kamigod_paso
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
静かな海/パソたん
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます