罪人ウィルの朝がやってくるまで

Aさん

あなたの夜が明けるまで

壊れていたのは世界ではなくて、間違っていたのは僕なんだ。


君におはようと言えないなんて、君に会うことができないなんて信じたくなかった。

でも君を騙す様な真似をしたからここにいるんだろう。


もう諦めていた、僕は裁きを下されるのだった。




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山並みを観ながら馬車に揺られる。

国境を越えて来たがそんな感覚がなかった。いつも笑っている親の顔が脳裏に浮かぶ。

また会えるとは思ってはいない。


「あんなあっさり別れると思ってなかったな……、」

どうにかこの任務を終えて直ぐに帰りたいなと思いながら草原を馬車は駆け抜ける。

青く輝く雫が草に滴る。大地が潤い、それはまた誰かのためになる。


誰かが僕の世界を変えてくれないのかと思いを馳せながら空を見上げた。

「ウィル坊ちゃん、そろそろ皇都に着きまっせ。そろそろワイは戻らないといけないんで」


そんな気分を断ち切るように従者が話しかける。

ここからは自分の足で行かないといけない。僕は今から平民になるのだから。


「そうか。ここまでありがとうな」


「いえいえ、また会えることを期待してまっせ。ウィル坊ちゃんにご武運を」

ここからは徒歩でこの皇都に向かう。


どんな場所なのだろうか、僕はまだわからなかった。




======


皇都に来てから一ヶ月が経った。


この皇都は街の光が綺麗だった。

魔力石を使って動く街灯が夜を照らし、赤い煉瓦に反射した街は自国のどこを眺めても見れない絶景だろう。


街は活気に溢れていて、色々なお菓子や料理を売っている。

何処からか音楽が聞こえて踊っている人達もいるほどだった。


こんな街は見たことがなかった。

こんな綺麗な街に溶け込んでいる僕はとても言い表せないくらい楽しかった。



そして僕はそんな街から一つ外れた道に入る。

さっきまでの光や活気は何も無い。ここにあるのは暗く深い闇と何も無い静寂だった。


ここはこの皇都の裏の顔。

この場所はスパイとして潜伏するには丁度良かった。



今回の任務で会うことになる、ウォンセント・リリィ第一皇女の情報を今まで集めていた。

街の人はほぼほぼの人は知っているが、誰もがどんな人かはふんわりとしか知らなかった。

だが、みんな口を揃えて綺麗な人だと聞いたことがあると言う。謎の多い人なのだとか。


やっと掴めた情報でもリリィ第一皇女は何故か屋敷から出ることが少なく、出ても貴族街から外には出ないようだ。


それだけ囲むと言うことは重要な人なのだろう。

その人を攫うなり、内部崩壊を起こすなり、婚約して王になって自国に有利な政治を行うなりすることが必要だ。

そうして我々の国に有利な状況を作ることが今回の任務だ。


「まぁ、僕は都合のいい手駒だろうな」

うちの王様は僕を死んでもいいと思ってるんだろう。

まぁ、これからは死ぬ可能性があるから十分に注意しないとな。



懐から出した器具をカチリと押す。

これは魔道具と言い、魔法を込める事が出来るんだとか。高い代物だから壊したら大変なのだろう。


押すと風が僕の周りを囲み始める。ゆっくりだった風はビュンビュンと風は強くなっていて僕は空を飛んでいた。

思い通りに風は動いて、貴族街の上を通っても誰かにバレることはない。


ここからだとこの皇都を一望できて、この優越感はなんとも言えなかった。

この何にも変え難いこの景色は心の中にしまっておこう。



そしてある貴族街の奥来た僕は一つの屋敷に辿り着いた。

一つだけ部屋に灯りが付いている。バレないようにフードを深く被りその部屋のバルコニーにすっと降りる。


「はぁ……私はなんでこんな所にいるの、私はもっと外の世界を見て見たい」


目の前には一人の華麗な女性がいた。女性は憂鬱そうに街を見下ろし、僕が目の前に降り立つとビックリした表情を浮かべた。


女性は金の絹の様な髪、ぷっくりと乗った唇、幼くも美しいその眼差し。高価な部屋着を着こなし、僕は罪悪感と背徳感が心を満たす。

神に与えられたその美しすぎる美貌に僕は胸がいっぱいになった。


……だがこの人は間違いなくウォンセント・リリィ第一皇女殿下だ。

今からこの人を使ってこの国を自国の物にするなんて考えられなかった。


「リリィ第一皇女殿下がそんな望みがあるなんて、思ってたよりも意外だなぁ……」


そんな不意に口にしたリリィ第一皇女殿下の言葉に呼応する様に僕は話しかけていた。


「あなたは誰なの? なんでここに来たの? どこから来たの? なんで来たの??」

「ちょっと質問が多いですよ。まず自己紹介から僕はウィル、平民です。……僕はあなたに会いたくて来たんです」


少しだけの嘘と本当を重ねて話をする。

リリィ第一皇女殿下は『会いたく来た』という言葉に驚いたような、少し恥ずかしいような顔をしていた。

僕を見てドギマギしているリリィ第一皇女殿下は庇護欲を掻き立てられる。


「……私に会いたいなんて、どうしたのかしら」

勇気を出してリリィ第一皇女殿下は僕に話しかけた。


「あなたをここから連れ出しに来ました」

「……私を?」

僕は子供の悪戯のように少し悪い笑みを浮かべる。

からかってみたらなにか面白い反応が見れるのではないかという悪戯心がリリィ第一皇女殿下にちょっかいを出す。


リリィ第一皇女殿下は少し熟考をしたのち焦ったような恥ずかしさを隠すような甘酸っぱい顔をする。


「あ、あの……」

「決めました?」


「お友達からにしませんか?! ……だって私そんなまだお嫁さんになる練習もしてないし、まだ心の準備が……!!」


思い切ったように言ったリリィ第一皇女殿下の言葉に豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしてしまう。

何を想像したのかわからないが、クスリと笑ってしまった。


「あの……リリィ第一皇女殿下? 僕まだお嫁さんにしたいなんてしゃべってないですよ?」


「ッ!?!?」

リリィ第一皇女殿下は僕の話でやっと理解したようにさらに顔を赤らめる。

湯気が出そうなくらい熱々の顔を見ると可愛いと感じてしまう。


「リリィ第一皇女殿下って、天然なんですね……。可愛いです」

その言葉を伝えると倒れ込むようにベットに倒れ、布団の中に丸まってしまった。

そのまま何かを話してもピクリとも反応しなくなっていた。


ちょっと意地悪しすぎたかな…………?


「……お友達からでしたっけ、僕もあなたなお友達になりたいです」


その話を切り出すと、ニョキっと顔が出てくる。


「…………お、お願いします」

恥ずかしさでいっぱいの顔は見ていて天使かと感じてしまうくらい可愛かった。


「これから友達ですね」

コクリと頷いたリリィ第一皇女殿下を見てこれからもこんな関係が続いてくれるかもと思い少し安心した。


「僕は明日の夜にまた来ます、朝まで寝ないのは体を壊してしまうでしょうから今日らそろそろ帰りますね。……では」

これでまた会える約束を取り付けたのち逃げるように魔道具を起動させてこの場を去ることにした。




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「なんで……なんであんなこと言ったんだぁーーー!!」

布団をかぶって叫ぶ僕。

さっきまでリリィ第一皇女殿下に言ったあの発言の数々が恥ずかしくてたまらなかった。


「なんであんな思春期の子供のする悪戯みたいな話をしてるんだぁ!! まず、リリィ第一皇女殿下があんな可愛いと思わなかったよ!! それを度外視してた僕が馬鹿だったーーー!!!」


悲痛な叫びは誰にも聞かれることはない。

まだ僕は思春期真っ最中の男子だったのだと再認識する。


「でもなんであんな普通言わないようなこと言うんだよ、僕!! カッコつけたいにも程があるだろ、馬鹿!! あんな可愛い子にあんな悪戯して嫌われたらどうするんだ!! というかリリィ第一皇女殿下天然過ぎる! 可愛い!!」


任務のことなんか全て忘れてどうかこのまま二人の時間がまたほしいと感じる僕だった。




======


そうして時間はすぐに過ぎていった。

時間が進むごとにリリィ第一皇女殿下に吐く嘘は積もっていき、罪悪感も段々と増えていった。


だけどまだ少しだけ、もう少しだけリリィ第一皇女殿下。いや、リリィと居たいと思ってしまった。


リリィの国からすれば僕は敵国の人間であってリリィと一緒にいることは許さないだろう。


それでもリリィの隣に居たい。

だがこれ以上一緒にいれば僕の存在がバレて捕まってしまう。


色々なしがらみが僕にのしかかり、この状況から抜け出すことはできなかった。


「……どうしたら、」

僕の部屋で一人考え込む。



するとこの空気を壊すように伝書鳩が僕の部屋の窓を叩く。

開けて手紙を見てみればそこには帰還命令が書かれていた。


近くの森に馬車を用意したからそこまで来れば逃げれるという内容だった。

この死ぬかもしれない状況を切り開く唯一の最善の手段であり、この二人の今の関係を切り離す最悪の手段でもあった。



「決行は今日の深夜……か、もう一度くらいなら会える……」

だが次また行くと死ぬ可能性がぐんと上がるけど……、最後くらい挨拶してから帰りたい。


そんな僕が死ぬなんて思いは振り解き、会うことした僕。

リリィのために今できる美味しいクッキーを手作りして持っていってあげよう。

「最後くらい盛大に……ね、」



生地を作って、盛り付けて、焼いて……。もうリリィのためにクッキーを作るのも手慣れた作業だった。

いつもよりも丁寧に気持ちを込めて作ることを意識して作った。


そして出来上がったクッキーを味見で一つ頬張る。


真心込めて作ったクッキーはなにか甘酸っぱさを感じた。

この恋の味のような、これからの別れのような、そんなことを暗示するようなクッキーはなにかいつもと違う感じがする気がした。


ふと外を見ると周りはもう日が暮れてきて、段々光が溜まり始めていた。

懐中時計を見るともう会う時間の一時間前で、急いで支度を始める。




======


バルコニーでリリィの歌を聴いていた。

「……、」


リリィの歌が聞けないくらい、頭が回らなかった。

これ以上会えないなんていうことが考えられなかったからだ。


「どうしたの? なんか具合でも悪い?」


「……あぁ、なんでもない、大丈夫だよ」

優しく話しかけてくれるリリィはとても天使のようだった。

だがもう死神は僕の首に鎌を当てていた。


これ以上ここにいたら死んでしまう。

だが最後くらい笑って居たい。


「リリィ、もう一曲お願いできるかな?」


「うん! わかった!」

リリィの歌は光を帯びて僕を包み込むように舞っていく。

それは神々しくも感じられるほど綺麗だった。


まるで満点の星空を見て居たような、この街を見下ろしたような。

僕はこの光景を綺麗としか表現できなかった。



最後の時間はあっという間に過ぎて、懐中時計をみると予定してた時刻に差し掛かろうとしていた。


「僕はそろそろ行かなくちゃ」


「もう行っちゃうの?」

「また来るさ、きっと。きっと……ね。まぁ、おやすみ。リリィ」

「おやすみ、ウィル……また、会おうね」


最後にもまた嘘を重ねてしまう。

そして魔道具を起動させ、空へと飛び立つ。




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飛び立って少し経った頃、魔道具がプスンプスンと煙を上げて唸り始めるではないか。

急な出来事にだがこの魔道具を使い続けるわけにもいかず、降りるしかなかった。


降りた場所は貴族街の真ん中、兵士がウロウロしているほど厳重な警備体制だった。

空からならいくらでも行けるが、地上では隠れようにもどうにもできない。


「……このまま待ってたらこの国から出られない、どうすれば」


「では、私が案内して差し上げましょう。牢屋に、ですけどね」

そんな小言を言うと返事が返ってきた。

誰だと後ろを見る暇もなく、僕は気絶させられてしまった。




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「ここは……?」

目を覚まして起き上がるとそこは知らない場所だった。

鉄格子が目の前にあり、周りには何もない殺風景な部屋。


「……牢屋? なんで、僕は……あの時何が起きたんだ?」


そんな考えている中、鉄格子の奥から声が聞こえた。

「あら、起きたんですか?」


「あなたは……誰だ?」

目の前にはメイド服を着た女性が立って居た。

クラシカルなメイド服、絹を使っているあたりからこの国でも偉い人に支えているのだろう。


「私はリリィ第一皇女殿下のメイド、かつ暗部のステラです。お見知りおきを」

「……僕は…………捕まったんだな、」


「そうなります。罪状はリリィ第一皇女殿下に近づき、王位を揺るがそうとした罪罪で捕まっています」


そうか、そうなのか。僕はダメだったのか……。

帰れなかったんだ、自分の国に。


悔しさや、帰れないという悲しさよりも僕自身に呆れる気持ちが強く込み上げてきた。

乾いた笑いが出そうなくらい僕は僕自身に呆れていた。


「先に聞きます、あなたは情報を吐くつもりはありますか?」

「僕は言うわけにはいかないんだ」


「そうですか……ではまた」

一瞬のうちにステラさんは居なくなり、目の前には虚無感しか残らなかった。




======


日も見れないまま数日が経ち、今日がやってきた。


「今日はステラさんは来ないのか……今日も拷問にくると思ってたのに。まぁ僕からすれば好都合か……」

そんなことを話しても聴いてくれる人もいなければ、頷いてくれる人もいない。


誰もいないというのはここまで苦しい物なのだろう。



時間は何もせずにも進んでいく。

やがてコツコツと歩く二人ほどの足音が聞こえてきた。


そして一人の男性が目の前に立つ。

高価な服を羽織り、頭には王冠を乗せていた。

「起きろ、リストリアス・ウィル。ここで面会だ」


そう言うのはこの国の王様。

そして後ろにいたのはリリィ、ウォンセント・リリィ第一皇女殿下その人だった。


僕を見た瞬間、顔を歪ませ悲痛な顔を浮かべる。

その顔は今まで見た中で痛々しく、僕が何をやってしまったのか理解させるには効果的だった。


「罪人リストリアス・ウィル。言うことはあるか」

王様は僕にこの状況で話せと言うらしい。


「リリィ、僕は嘘つきだ……。リリィ、君を使ってこの国を崩壊させようとしていたのは本当なんだ……」

僕は弁明するかのようにポツリポツリと話し始める。

すこし自傷のように笑う僕を見てどう思っているのだろうか。


「……じゃあ、私といた時間は噓だっていうの?」


リリィのその一言がグサリと心に刺さった。

僕もすぐにそれを否定した。


なんとか弁解しようとしてもこの状況は変わらなかった。


「リストリアス・ウィル、お前は今日の夜に斬首刑だ」

「……承知しました」


重く告げられた言葉に僕は弁明する気も全て失せてしまった。

すべてを諦めてしまった。



そこからの時間はとても遅く進んだ。

何も感じられないような感覚が全身を駆け巡り、感じたくもなかった。



そして兵士に手を縛られ、牢を出る。

呆然と進んでいく先には年季の入ったギロチン台があった。


血を受けて錆びた刃は今から僕の頭を切り落とすのだろう、リリィとの運命もその場でバッサリと切り離すのだろう。

台に登ると周りの野次馬たちが騒ぎ立て、僕は抵抗もせず台に首を通した。


ふと横を見てみれば貴賓席のようなものが並べられ、そこには当然のようにリリィがいた。

そりゃあそうだよな……一国の皇女様だもんな。それも第一継承権のある皇女様。



そしてその隣の王様が口を開ける。

「静粛に! これから罪人リストリアス・ウィルの斬首刑を執り行う」

王様がいうと野次馬はすぐに静かになる。


「罪人リストリアス・ウィル、最後に言いたい事はあるか」


僕は少し考えたのちにこう話し始める。

「……リリィ、君の幸せを願っていたころには戻れないんだ」


こんなに隣に居たいと願っても無理だったんだね。

ここまでリリィのことしか考えてなかったのに世界は許してくれなかったんだね。


リリィを見るとグシャリと涙を流していた。


リリィ、君は泣いている姿は似合わないよ。早く泣き止んで……。

「涙を止めるのって、どうやったっけ……?」


またいつか光の街を手を繋いで行こうって言ったっけ。

開けない夜はないと教えたよね。それでも僕の夜はずっと続いている。

空の青さを忘れるなんて全く僕は馬鹿だね。


「あなたを忘れないよ……ウィル」

そう呟きながらいつの間にかリリィは僕の近くまで歩いていた。


「リリィ、」

「……何?」


「本当に君が好きだよ」

今まで言わなかった気持ちを素直に伝える僕。

こんな場所、状況で言うとは思わなかったけどね……。



「リリィ、」

「…………何?」


「君はどう?」


そう聞くとぐしょぐしょに泣いて居た涙を拭いたリリィ。

今できる限りの最大の笑みでリリィはこう答えた。

あなたウィルが好きよ」


そんな最後の力を振り絞った笑みはまだここに居たいと思ってしまう。

あぁ、僕って馬鹿で幸せな男なんだ。


最後の景色がリリィの笑った顔なんて……。

僕も最後に少しニカッと笑った。



そこで僕の意識はフィードバックしていく。





壊れていたのは僕だったけれど、間違っていたのは僕だったけれど。

それでも隣にいてくれるのなら。


嘘で固めていた世界でも、また明日の朝に笑って居てほしい。





                                       END


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読んでいただきありがとうございます。


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