本条との対話
本条が快諾したのを見て、知りたかったことをたずねることにした。
「まず、Aさんの家の件ですが、撮影後のあの方の状態はどうでしたか?」
「ああ、Aさんですね。誰かに見られている気がするとお悩みでしたけど、ストレスの影響を否定できないように見えました」
本条はマグカップの中身を口につけた後、こちらの正面から少しずれた位置に指先を向けた。
そこには名刺交換をしてからテーブルの上に置いてあった本条の名刺がある。
「勤め先が精神面の不調になった人の復職を支援している会社なんです。僕自身はバックオフィスがメインで現場には滅多に出ませんけど。それはさておき、小木さんはリワークというものはご存知で?」
本条の話を聞きつつ名刺に書かれた事業内容に目を向けた。
再就職支援、休職者支援などの言葉が並んでいる。
「職業柄、色んな情報に目を通しているので、表面的な知識であれば一応。それとAさんの件は関係しますか?」
「同じく職業柄ということになりますけど、精神科のドクターとミーティングをすることがあるので、情報交換もしやすいんですよ」
本条が言わんとすることが理解できた。
「Aさんのことをあらかじめ確認しておいて、本人に結論を伝えたということですね」
「ええ、そういうことです」
しっかりと答えた本条に頷き返し、新たに浮かんだ疑問を投げかける。
「一般論になりますが、精神科を勧めるというのは言葉を選びますね」
「その辺は信頼関係というやつです。壁の中の件を解決したことは感謝してくれていて、冷静になったAさんから受診してみるとメールがありました」
そこまで聞いたところで一番知りたかったことを思い出した。
せっかく本人がいるので、たずねてみるのもいいだろう。
「直球の質問になりますが、Aさんの件は超常現象ではなかったということですか?」
「これからの治療次第だと思います。今までのように壁の中の異音はなく、Aさんの状態が持ち直している以上、今後は誰かに見られている気がするというのはなくなるはずです。電動ドライバーが動くのは不自然に見えますけど、電化製品の誤作動はわりかしあることですよ」
本条は淀みのない解説をした後、寄せられる相談のいくつかは家電の不具合が関係していることもあるし、初手から超常現象と決めつける人にはそう見えるみたいですねと付け加えた。
「Aさんの時は他の動画に比べて、そこまで緊張感がなかったですね」
「へえ、他にも見てくれたんですか?」
「ぜひとも本条さんの口から、ペンションの回のことを聞きたいと思いまして」
私がペンションと口にすると、本条の表情が少しばかり固くなったように見えた。
ここまでの会話の中で初めて見せた表情だった。
「あの動画は再生回数が一番多いですからね。小木さんもそうだったように、注目されやすいのかも」
「木下さんの雰囲気が鬼気迫るもので、臨場感のある内容でした」
木下の名前が出ると今度は本条の表情が和らいだ。
きっと二人は仲がいいのだろう。
「動画の最後では未解決みたいな雰囲気でしたが、あのペンションでも超常現象はなかったですか?」
質問をしてから動画を通しで見ていないことを思い出した。
いくらか後ろめたさを感じながら本条の答えを待つ。
「失礼ですけど、小木さん自身はそういった類いを信じてますか?」
「――えっ」
虚を突かれるかたちになり、間の抜けたような声を発していた。
予想外の質問を受けたことで言葉が出なくなる。
ここまでの会話で超常現象を信じていない主旨の発言はしていないはずだ。
私はテーブルに視線を落とした後、本条の方に視線を戻した。
「……難しい質問ですね。どう答えればいいものやら」
目の前の相手にはこちらを試そうという魂胆は感じられず、純粋にたずねただけであると推察した。
本条やまとは終始にこやかで、他人を貶めるような人物には見えない。
「答えにくいようならノーコメントで大丈夫ですよ。僕のスタンスとしては超常現象はあるかもしれないし、ないかもしれない。例えばAさんのようにストレス下にある人に生じたような幻覚めいたものかもしれないし――それでも本当に存在するのかもしれない。調査の動機はそれだけではないですけど、真理の探究みたいなものも含まれてます」
本条の意見を耳にして、オカルトへの否定的な価値観が揺らぐのを感じた。
この青年は物事を俯瞰して大局を見極めようという度量がある。
対して自分は己にとって都合のいいものしか受け入れなかったのではないか。
気まずさを紛らわせるようにマグカップに手を伸ばす。
まだ温かさの残るコーヒーを口に含んで、いくらか頭がすっきりするような感じがした。
「答えを煙(けむ)に巻くようになってすいません。否定的な姿勢の人に話しても理解しにくいことなので」
「超常現象があるかどうかはさておき、視聴回数の伸びや木下さんの怯えぶりを目の当たりにした結果、ペンションの件に関心を持ったことに変わりはありません。ライターですから探求心まではなくとも、好奇心は持ち合わせています」
「そこまで関心を持ってもらえたなら、投稿した甲斐があるってもんですね」
本条は間を置くように視線をこちらから外した後、小さく息を吐いて話を続ける。
「あのペンションに行った時点で、十数件の調査を行った後でした。だいたいが気のせいだったり、本人にしか見聞きできない現象だったり、客観性に乏しいケースが大半でした。中には動画にするまでもないケースもあって、ボツになったこともあります」
動画がボツになったことが惜しいようで、本条は苦笑いした。
私は相づちを打って先を促す。
「あのペンションだけは何もかもが違いました。人づてにオーナーと知り合い、客からのクレームがえらいことになっていて、どうにかしてほしいという相談でした。設備の老朽化は間違いなくあって、そこからくる軋みや異音は確認できましたけど……」
「ふむふむ、それでどうなりました?」
撮影の裏話を聞いているようで、気分が盛り上がっていた。
動画配信に縁がないからこそ、現場の空気感に好奇心が刺激される。
「それ以外だと、不自然な肌寒さやその場から離れたくなる感覚。うーん、どう表現すればいいのか……言葉では説明できません。行けば分かるのは言うまでもないですけど、僕としては近づかない方がいいと思ってます」
本条は一旦言葉を切り、おもむろにマグカップに手を伸ばした。
現地にいた時のことを思い出したのだろうか。
本条からかすかな動揺が見て取れた。
「ちなみに、そのペンションはどうなりましたか?」
「オーナーには解体して更地にするように進言しました。僕にできるのはそこまでで……。直感が鋭いキノがあそこまで怖がってしまっては再調査もありません」
本条の話を聞き終えて、ごくりとのどが鳴った。
怖い話には過度の誇張や怖がらせてやろうという魂胆が見え隠れしがちである。
しかし、本条からはそんな気配は少しも感じられなかった。
そのことが彼の話の信ぴょう性を高めているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます