カフェでの待ち合わせ

 こちらからメールを送って返事が来たのは同じ日の夜だった。

 返信を送ってくれたのはホンの方で、お互いの予定が合う日に対面で話をすることになった。

 オンライン通話では人となりが分かりにくいので、むしろ歓迎できることだった。

 

 ちなみに動画内ではモザイクがあることで分からなかったが、ホンキノ調査隊の活動拠点は市内であることが分かった。

 この市の人口は約五十五万人で広さもそれなりにある。

 それでも確率は低いだろうし、まさかの偶然に驚きを隠せなかった。

  

 私の方が頼む立場になるため、先方に希望を聞いたところ駅前ではなく、ロードサイドにあるカフェを希望するということだった。

 ホンの自宅からほど近いというのと、空いていて会話が他の客に漏れにくというのが理由だと書かれていた。

 落合さんの家の状況について直接話した方が伝わりやすいと思い、ホンには会ってから詳細を話すと伝えておいた。


 日程調整をしてから一週間後。

 愛車に乗って待ち合わせ場所に向かう。

 春が過ぎて夏の手前という季節になり、強めの日差しとさわやかな風を感じる。

 車の運転は好きでも嫌いでもないがドライブ日和だと思った。


 ホンが希望したカフェは何度か行ったことがあり、カーナビを使うまでもない。

 朝の通勤ピークを過ぎた時間帯で道路は空いている。

 これならスムーズに目的地にとたどり着くだろう。


 期待と不安を抱えながらハンドルを握っていると、あっという間にカフェの駐車場に到着した。

 道が空いていたのもあるが、ホンと会うことへの期待から普段よりもスピードが出ていたかもしれない。


 カフェの他にも店舗が複数あるため、駐車場全体の面積は広くなっている。

 併設されている店舗には雑貨店、靴の専門店、衣料品店などがある。

 もう少ししたら開店のようで、各店が店開きをする様子が目に入った。


 私は車内の時計を確認するとショルダーバッグを提げて車から降りた。

 車の少ない駐車場を通過してカフェへと向かう。


 この店に来るのは久しぶりだが、赤茶色のレンガの外壁がおしゃれだった。

 外装と内装――つまり店の雰囲気――だけでなく接客も優れているので、日本全国でもてはやされるのも分かる気がする。

 入り口から店内に入ってカウンターに向かうと、そこにいたスタッフがにこやかな表情でいらっしゃいませと言った。


 私はブラックコーヒーのトールサイズを注文して、商品を受け取ってから席の方に移動した。

 座席はそこまで多くないため、すぐにホンの存在を見つけることができた。

 長めの黒髪と白い肌、中性的で整った顔立ち。

 ノートパソコンを開いて作業している男性がそうだと確信した。


「――失礼ですが、ホンさんですか?」


 私が声をかけると男性は顔を上げて、こちらを向いた。


「はじめまして」  

 

「どうも、よろしくお願いします」


 ホンは動画の時とは異なり、黒縁のメガネをかけていた。

 それにより知的な雰囲気が増している。


 私はホンのいるテーブルに近づいて、コーヒーの入ったマグカップを置いた。

 二人で使うには若干手狭だが、気を利かせたホンがノートパソコンをバックパックにしまったことで広くなった。


「ドリンクのおかわりを注文してくるので、少し待ってもらっても?」


「どうぞどうぞ」


 ホンは軽く頭を下げて、足早にカウンターへ歩いていった。

 彼が戻るまでにと自分の荷物からメモ帳とペンを取り出す。

 取材が目的ではないため、ICレコーダーは必要ないだろう。

 それから少ししてマグカップを手にしたホンが戻ってきた。 

 彼が椅子に腰かけたところで声をかける。


「もしかして、だいぶ前から来られてました?」


「はい、今日は開店時間から。ここよく来るんですよ。テイクアウトのお客さんが多くて、平日はけっこう空いてるので」


 ホンの答えを聞いてから、自己紹介をしておいた方がいいと思った。

 私は名刺入れから名刺を取り出して、正面に差し出した。


「これはご丁寧に。……僕も名刺があるので、交換させてください」


 私たちはお互いの名刺を渡して、相手の名刺を受け取った。

 ホンの名刺には動画配信の情報が書かれているかと思ったが、本名と思われる名前と勤務先の企業名が書かれていた。

 本社の所在地は東京で聞いたことのない社名だった。

 ここから東京に通うなら新幹線が必要な距離のため、おそらくリモートワークを導入している会社なのだろう。


「なるほど、ホンさんは本条というのが本名でしたか」


 当然ながら名刺にはフルネームが書かれており「本条やまと」とある。


「勢いで始めたチャンネルなので、凝った名前を考える時間がなくて」


 そう笑う本条の顔は若さを感じさせるさわやかさがあった。

 他者に不快感を与える要素がなく、誠実そうな上に見た目もいい。

 下世話なことではあるが、女性ウケがよさそうに見える。


「ついでにお伝えしておくと、キノは木下という名前です。同席できたらよかったんですけど、今日はバイトで来れませんでした」


 キノの名前が出たことでペンションのことを思い出した。

 動画の中で半泣きだった場面が脳裏をよぎる。

 自己紹介はそこそこにして、本条に質問したかったことを話すことにした。


「こちらの相談内容はメールに書かせて頂いた通りですが、投稿されている動画のことで知りたいことがありまして……」


「どんなことでしょう? 僕に答えられることであれば何でも答えますよ」


 私からの申し出を受けて、本条は喜ぶような反応を見せた。

 無邪気な子どものように目を輝かせている。

 肝が据わっているのか、そもそも恐怖を感じないのか。

 まだ彼のことはよく分からないが、動画内で見たように大胆不敵なところがあるように思えた。

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