第1話

 

 王都の中でも評判の酒屋、レイリーズ。賑わう店内で、一人の少女が空になった皿を手際よく片付けていた。


「ようケレス! 今日も元気に働いてるなぁ!」

「そりゃお金稼がないと生きていけないですもん」

 

 高く積み上げた皿を洗い場へと運びながら、ケレスは常連客のディクに答える。


「そりゃ違いねぇが、ケレスは細腕のくせに怪力だな。そんなんじゃ嫁の貰い手が見つからねえぞ。ただでさえ地味な顔してんのに」


 地味、と称されたケレスであるが気を悪くすることはなく、むしろ明るく笑った。


「あら、ディクさん知らないんですか。地味な顔こそ、化粧すればなんとかなるそうですよ。要するに、それなりに化ければいいんです。美人すぎると高嶺の花でしょ? ほどほど手の届きそうな美人が一番いいらしいですよ。それでうまく殿方をよいしょし、懐に入り、タコのように巻き付いて離さず結婚を承諾させる。あとは逃げられないようこどもをつくる、旦那を尻に敷く、それで万事うまくいくんだそうです」

「……一体誰から聞いたんだよ、下品で妙に現実味のあるその攻略法」

「三軒隣の宿屋の女将さんからです。この間、仕事の手伝いに行ったときに教えてくれました」


 ケレスはしれっと答えた。


「おいディク、下品なことケレスに教えんじゃねえぞ! 飯出さなねえからな」


 すると熊のような大柄の男が、キッチンから顔を覗かせた。彼は店主のアルトだ。右手に握った包丁がきらりと光る。


「いや、俺じゃねえし!」

「ケレスが可愛いからって手を出してみろ。放り出すからな」

「だから俺じゃねえって!」


 それだけ言うとアルトは体を引っ込めた。店にどっと笑いが起き、ケレスもつられて笑う。


「おい、ケレスのせいだぞ!」

「いやですねぇ、話題を振ってきたのはディクさんですよ」

「ったく、いつの間にか口だけはいっちょ前になりやがって。ここに入りたての時は、まだ可愛げがあったぞ」

「あはは、それはすみません」


 ケレスがここで働くようになって、二年近くになるだろうか。家出したケレスをアルトが拾ってくれなければ今の生活はなかっただろう。


「おーい、嬢ちゃん。こっちにも酒くれや、なくなっちまった」

「はい、今すぐ」


 注文が入り、地下へ駆け下りて樽から酒を酌み、客の元へと運ぶ。


「お待たせしました」

「おう、ありがとな。……えーとそれで、何の話してたっけ」

「だからさ。こないだペガトの手前まで、仕事で行ったって話だよ」

「はは、そんで魔術師でも見たのか。奴らは空でも飛んでたか?」

「馬鹿言え。あんな得体の知れない国、誰が行くんだよ」


 客たちの会話を耳にしながら、ケレスは洗い場へと姿を消す。


(ペガトかぁ)


 ペガト――世界の中心にあり、神の加護を受ける国。そして他国から憎まれ、恐れられる謎めいた国。

 ケレスたちがいるガナを含め、数々の国がペガトに戦を挑んでは負けている。ペガトは建国以来、戦で負け知らずの強国だ。何故なら、ペガトは魔術師を有しているからだ。

 ケレスは魔術師を見たことがないし、魔術がどういったものかも知らない。魔術師はペガトにしか存在しないから。

 けれど伝え聞くところによると、戦争において、魔術師は人間兵器と揶揄されている。なんでも火のないところで炎を生み出し、人と街を焼き払う。水のないところで洪水を起こし、人と街を沈めるのだとか、様々な噂がある。

 それが本当だというのなら、いくら人が剣や槍、銃で対抗しようが無理な話である。


(ま、自分には全く関係のない話ね)


 と思っていた矢先のことであった。ケレスの運命が大きく変化する事態が訪れたのは。


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