ラムネ瓶
雨鳴響
ラムネ瓶
木枯らしの吹き下ろす山道を登った。
「どうしてこんな山の頂上に作ったのさ」
「根村さんは山登りが好きだったからね。まあ、相当低い山だけど許して」
小さな声が木々に響いた。どこか遠くで小川が流れる音がする。
「馬鹿だよ。こんなところに作るせいで誰も来ないんだから」
「良いでしょ。好きな景色が見れる」
後ろで呆れる気配がした。
「いやいや。好きだからって、ずっと見てると飽きて気が狂うんだから」
「それはごめんだね。でも他人に囲まれるよりはマシでしょ。君は他人と同じ空間が嫌いなんだから」
「それは確かに」
一人分の足音がした。山頂の墓は寂れていて、一本のラムネ瓶だけが置かれている。
「今年も来たよ。ラムネ瓶も持って」
根村家之墓と書かれた墓の後ろには彼女が立っていた。先ほど後ろに感じた気配も彼女だ。
「バーカバーカ。さっさと置いて消えろ」
「根村さんは相変わらずツンデレだな。分かったよ置くから、一本飲ませてくれ」
僕は持ってきたラムネを供えて、去年のラムネを手に取った。ビー玉を押し出せば、爽やかな音がして炭酸が抜けていく。
「嫌な顔すんなら飲まなきゃ良いじゃん。君はラムネが嫌いだったでしょ」
「でも、根村さんはこれが好きだっただろう」
口の中で弾ける炭酸が舌に刺激を残す。痛くて、不味くて、根村さんと過ごした夏の味がする。
「冬だし、嫌いだし、どうしてここで飲むかね。毎年持ち帰れば良いだけじゃない」
「嫌だよ。君と話しながら飲むことに意味があるんだ」
いつ消えるかも分からない根村さんと、この場所でラムネを飲みながら話すことが大事なのだ。
「じゃあ、もっと来てくれても良いじゃん」
悲しそうな顔に、僕の悲しそうにした。根村さんはいつもここにいるのだとしても、僕には命日にしかその姿が見えなかった。だから、毎年この日にしか来ないのだ。
「ごめんね。また来年」
「ねえ、ゆうく……」
「ごめん。ごめんね」
涙の端から根村さんは今年も消えていく。何度見ただろう。毎年どんな気持ちで僕がここに来ているのかも知らずにもっと来てとねだる根村さんの姿を。
「ごめん。来年もまた来るから」
空になったラムネ瓶を鞄に放り込んだ。もうそこには僕一人の気配しか残っていなかった。
ラムネ瓶 雨鳴響 @amanarihibiki
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