(8)

 あれは確か秋から冬になる手前くらい、体育祭が終わって、あと少しで定期テストが迫ってくる11月頃だった。田舎の私立中高一貫校だったため、中体連の大会が終わって部活自体を引退はしていたが、身体は動かしたいし、受験もないから暇でもあるしということで、よく部活に顔を出していた。

 トレーニングウェアにジャージを羽織り、友人5人とグラウンドへ向かっていた。ふと自分の手を見ると、スパイクを入れてあるシューズ袋を持っていないことに気がついた。


「やべ、スパイク忘れた。取ってくる」


 友人達にそう伝え、小走りで教室へと戻った。3年A組の教室後ろから入り、自分の机の横にかけてあったシューズ袋を手に取った。


「亜紗、大丈夫?」


 不意に声が聞こえたので、そちらを向くと同じクラスの冬川亜紗が机に突っ伏すように身体を丸め、腕を摩っていた。


「……寒い」


 その一言だけを呟いて、咳をしている。クラスメイトの女子達が防寒対策で使っているブランケットを数枚上からかけてあげていた。かけるというより十二単のように上から何枚も重なっており、背中が分厚くなっていた。


「あたしたち部活行かないといけないけど、大丈夫? 誰かに連絡した?」


 取り囲んでいた4人のうちの1人が声をかけると、折り重なったブランケットの隙間から右手を出して冬川さんは返事をしていた。4人ともテニスラケットを持ち、「気をつけてね」と最後に声をかけて教室を出て行った。


 教室にいるのは自分と冬川さんの2人のみ。すぐに出ていくこともできたが咳とブランケット越しに震える姿に少し戸惑う。

 大人になってから思い返せば特に何ということもないのだが、中学生の時となると異性と話しただとか、2人っきりだとか、そういう状況でのことを面白可笑しく囃し立てられることも多々あった。困ってはいると思うのだが、話しかけてもいいものかどうか、とその2つが頭の中でぐるぐる巡ったのを覚えている。


 うーん、と散々考えた末、自身の財布を持ち、教室前方の黒板近くにあるエアコンのリモコンを操作した。私立ということもあり、当時には珍しく全教室にエアコンが備え付けられてあった。真夏と真冬のみ使用することが許可されていたのだが、職員室に申し出れば大丈夫だろうとの判断だった。


 そのまま教室を出て3階の職員室に顔を出し、担任に冬川さんが体調不良であることを伝えた。会議か委員会か何かは忘れてしまったが、仕事を片付けて少ししたら顔見に行くと返事をもらった。


 中高一貫のこの学校は中等部と高等部の校舎の間に体育館と多目的室があり、その棟に自動販売機が3台置かれている。昼休みと放課後のみ使用できるようになっていた。目的のものを購入し、教室に戻る。

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