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「長い挨拶は嫌われるので、草野先生、お疲れ様でした、乾杯!」
外科部長の金田先生の音頭でそれぞれ近くの人とグラスをカチンと鳴らして乾杯する。駅前の鳥沢というこの店は外科のイベント事でよく利用している個人店だ。30人ほどしか入らないが、ここの串物が絶品で一度利用してからは忘年会や新年会などもお願いさせてもらっている。人当たりのいい店主が作る料理に毎回舌鼓を打ち、会話も楽しんでいた。
人事異動というのはどの会社でもあるように、病院にも各診療科単位で行われている。それぞれの診療科のスタッフは大きな括りとして大学病院の医局に属しており、その医局の采配で勤務先が決まる。伊津総合病院の外科は紀州大学病院の第1外科という医局に属しており、その関連病院としてスタッフが配置されている。
今回の異動は10月人事というものになり、10月から草野先生が県立医療センターへ異動となり、別の東紀州南病院という僻地医療機関から中田先生が当院に異動してくる。
「そういえば、先生達ってどうして医者、外科医になろうと思ったんですか?」
4人席で同じテーブルの濱田さんがこちら2人に向かって声をかけてきた。自分と1つ下の中山先生が隣同士、対面に病棟看護師の濱田さんと研修医の山下先生が座っている。
「えっと、父親が外科医なんですよ。兄弟も医学部行ってたんで、なんとなく必然的に医学部目指すようになりしたね」
研修医の山下先生がビールジョッキを煽りながら答えた。
「あ、マジで、お父さん外科医なんか。なら山下は外科医やなぁ」
つくね串を頬張りながら中山先生が囃し立てる。
「自分的にも内科系よりは外科系の方が好きです。先生はなんで外科なんですか?」
「んー、もともとは内科希望だったけど、ローテーションしてる時にその時の研修病院の外科の雰囲気がよくて。それが最後の決め手かなぁ」
中山先生が次の串に手を伸ばしながら、「医学部に入ったのは何となくだけどね」と付け加えた。
「五十嵐さんは何だったんですか?」
中山先生がベーコンアスパラ巻きを口に咥えてこちらを見る。
医者になった理由、外科を選んだ理由ね。
自分のビールジョッキを空けて、次の注文をした。
「3つタイミングがあったなぁ、確か」
届いたレモンサワーのグラスを受け取りながら、簡単に話した。
「自分が子どもの頃に手術受けたことと、中学生の時の同級生が教室でしんどそうにしてたことと、じいさんが緊急手術したことかね」
「自分の手術って何したんですか? アッペ(虫垂炎)とかですか?」
「いや、扁桃腺摘出。全然外科関係ないんだけど、開業医とかしか見たことなかったから、総合病院で勤めてる医者ってすげえ、って単純な理由」
手羽先の皿から1つ取り、齧り付いた。甘みのあるタレがきいていて美味い。
「じいさんの緊急手術はラパコレ(腹腔鏡下胆嚢摘出術)だったけどね。胆嚢捻転だったのよ」
「あー、それは緊急でやりますねぇ」
中山先生が頷く。
「あんま緊急でやりたくないよな、ラパコレ。うちのじいさん、アホみたいにタバコ吸ってたから、術後肺炎で死にかけたのよね」
苦笑いしながら食べ終わった手羽先の骨を殻入れに入れる。
外科医だけではないが、合併症というものは精神力が削られる。そうならないように最大限の注意と努力で治療に臨むが、数%という低確率ではあるものの合併症というものが起きてしまうことがある。これの原因は様々な要因が絡まり合って起きるもので、喫煙は特に合併症リスクを跳ね上げる。
「大丈夫だったんですか?」
「1週間くらい挿管されてたけど、普通に復活したね。今でもまぁ、元気にしてるよ」
「じゃあ、中学生の時のは何ですか?」
濱田さんが自分のカシスサワーを飲みながら訊いてくる。
「あー、まぁ、中学生だったからなぁ」
「もしかして恋的なやつですか?」
少し前のめりになりながら、濱田さんが不敵な笑みを浮かべている。この顔は最後まで話すまで終わらせないぞ、と目で訴えているようである。
「否定はしないかな。そう言っていいものかはわからないけどね」
カラカラと半分ほどにまで減ったレモンサワーのグラスを回す。
今になっては懐かしい時間を少しだけ思い出す。
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