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一般病棟と呼ばれる場所は北側と南側に分かれている。外科は4階北病棟が割り当てられているが、実際は外科だけでなく消化器内科や入り切らなかった循環器や呼吸器外科の患者も少し入ってきている。なぜならどうしても急変が多い科ではあるので、看護師達も急変対応が慣れており、一般病棟としての洗練がされているから、との事だ。
自分の担当患者の病室にそれぞれ赴き、状態の変化がないか確認していく。昨日のPD術後の人に始まり、大腸癌や胃癌などの術後で食事が始まった人、虫垂炎や胆嚢炎に対して緊急手術をした人、ヘルニアの手術後、再発に対して化学療法をしている人など、バリエーションに富んだ担当患者達。
幸いにも今のところ何もトラブルなく経過しており、退院も決まっている人もいる。
ナースステーションの空いている電子カルテを使い、回診の内容を簡潔にまとめる。研修医の頃は事細かにアセスメント等行っていたが、それよりも見やすく重要なことが分かるようにするのが結局のところ業務において大事なのだ。
「五十嵐先生、ちょっといいですか」
4人目のカルテを書き終えたところで1人の看護師から声をかけられた。
「はいはい、何でしょう」
恐らく新人、と思われる岡村さんが後ろに立っていた。
「PDの人上がってきたんですけど、ドレーンの袋に名前書いてなくて、どこがどこのドレーンですか?」
「おう、マジっすか」
コピー機の中から1枚A4用紙を取り出し、簡単に腹部の絵を書く。身体から出ているドレーンの大まかな位置を昨日の手術を思い出しながら書き足していく。
「左右から入っている太いやつがメインのドレーンで、患者の右側が胆管空腸後面、左側が膵空腸後面。で、細いチューブが3本あってループを作って留めてあるのが2本あるはずです。排液が透明なのが膵管チューブ、黄色っぽい排液があるのが胆管チューブ、真っ直ぐなってるのが腸瘻です」
ドレーンとチューブの名称を紙に書き足し手渡した。
「これが基本になってるので、ここの病院の外科ならこれが分かってれば大丈夫だと思います」
「ありがとうございました、バッグに名前書いてきます」
岡村さんはやや小走りにナースステーションを後にしていった。
自分はナースステーションから出て2階にある医局へと向かった。いわゆる自分のデスクがある場所である。だだっ広く開けた部屋の中に所狭しと机が並べられている。
病院によってもこの形態は様々だが、当院では個人個人のスペースとしてデスクが分け与えられており、それぞれの科でなるべく近くに集まっている。デスクの上に置いてあった時計を確認すれば、もう既に15:30を過ぎようとしているところだった。
勤務時間としては残り1時間半、だが昨日の長時間手術から当直、緊急手術と続いた身体は限界だったようだ。机に突っ伏すと緊張の糸も直ぐに切れ、意識も遠くに行ってしまった。
スクラブのポケットに入っている院内PHSの着信音で目が覚めた。
「……ふぁい」
半分以上働いてない頭で返事をする。
『ICUの瀬古です、今大丈夫ですか?』
「どうかしました?」
『穿孔でオペした田中さんの明日の点滴が出てなくて、明後日からのと同じでいいのかの確認なんですけど』
「……あれ、出してなかったですか?」
記憶の端ではオーダーしていたと思っていたので、尋ねておく。その間に椅子から立ち上がり、医局の一角に並んでいる電子カルテのパソコンまで移動する。
『明後日からはしっかり出てるんですけど、明日のだけ入ってないんですよ』
患者のカルテを開き、注射オーダーを確認すると、確かに言われた通り明日分のオーダーだけされていなかった。カチカチとマウスでクリックしながら明日分のオーダーを入力していく。
「多分寝ぼけてました、眠すぎて。今オーダー出したので、確認お願いします」
『ありがとうございます』
そう言って電話は切れた。PHSをスクラブのポケットに戻して、カルテも閉じる。
時計を確認するともう16:45を回ったところだった。1時間弱の仮眠ではあったが少しは頭がすっきりとした気がする。
でもここから送別会という飲み会が開催される。
背もたれにもたれかかり、天井を見上げて一息ついた。
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