(5)

 ここからは麻酔を醒まして病棟に戻る準備になる。その間に患者家族に電話をして手術が終わったことやトラブルがあるかないかの説明をしておく。

 緊急手術なので戻る病棟はICU、集中治療室だ。

 手術室前に置かれている担当患者用のベッドを2人で運びながら、患者を移動させるためのスライダーも確保する。


「先生、寝られるって言ってましたけど、今日飲み会ですけど来られますか」


 手術室部屋の自動扉を開けながら思い出したように長谷先生が言う。


「え、そうだったっけ?」


「草野先生の送別会です」


「あー、そうか、そうだった……。いくよ、もちろん」


「では19時に駅前の鳥沢でお願いします」


 ベッドを手術室内に入れながら頷いて返事をした。




「NGチューブはHAMAで持続吸引お願いします。点滴は今繋がっているのを夕方18時までで、もう1本を18時から0時までにしてください。尿量は指示簿通りで、抗菌薬は22時に入れてください」


 ICUに手術室から戻り、ベッドサイドで担当看護師に指示を伝える。ここからの外科としての治療は再手術にならないようにする全身管理と感染症との戦いだ。

 外科医と言えば手術だけ、というような某ドラマのようなことをイメージされがちだが、実際は手術後の管理がかなり大事になってくる。

 手術が大事なのは大前提ではあるが、術後の管理次第で合併症を引き起こさないようにしなければならない。消化管の手術となれば、多くは取るだけではなく、繋ぎ直すという消化管再建が必ずと言っていいほど行わなければならない。

 どのように繋ぐか、何の機材を使うか、ということは先人達の知恵が凝縮された現代医療で定型化されつつある。これのおかげで若手でもベテランでも変わらないような手術を行うことができるのだ。


 この病院のICUは6床、HCUが14床あり、隣同士でそれぞれ窓側にベッドが並べられており、それに相対する形で総合モニターと電子カルテ用のパソコンが数台ならべられている。

 空いているパソコンの前に座り、電子カルテで手術をした患者のカルテを開く。行った術式、簡単な手術所見のまとめ、明日以降の検査と点滴の確認、指示簿の見直しなどを電子カルテにまとめておき、再度立ち上がった。

 担当患者のベッドサイドに行き、「田中さん」と頭元で声をかけた。

 うっすらと目を開けて、「……はい」と返事があった。


「穴開いていた場所分かったので、手術前に説明したように縫って閉じてきました。特に大きな問題はなかったですが、暫くは鼻の管は入れたままになるのと、お腹の中にも2本管入れたままになります」


「……そうですか」


「まだ少し麻酔残っていると思うので、今日はゆっくり寝てください」


「……はい。ありがとうございました……」


 簡単に説明し、看護師に「あとお願いします」

と声をかけてICUから出た。階段を1階分上がり、4階の病棟に足を運んだ。

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