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「あー、ここか」


「ピンホールみたいな感じですね」


 モニター画面に映る映像を見ながら、手に持っている腹腔鏡用の鉗子を操作する。

 腹腔鏡手術の基本は臍に腹腔鏡カメラを挿入するためのポートという直径2cmほどの筒を入れ、そのほかに2本から4本ほどの小さなポートから鉗子を使って手術を行う。二酸化炭素ガスを使って腹部を膨らませ、器具を使用できるようにスペースを確保して手術を行う方法だ。マジックハンドのようなものを使用して手術を行うため、手技自体が慣れないと煩雑にはなるが、傷が小さいため術後の痛みや回復が早いので、最近では腹腔鏡で完遂できる手術はなるべく腹腔鏡が選択されるようになっている。


 今回の当直中にやってきた緊急手術症例は上部消化管穿孔と呼ばれるものである。よく胃潰瘍で穴が開いたと呼ばれるものだ。

 今手術を受けている患者はロキソニンなどのNSAIDsと呼ばれる痛み止めを用量以上に使用したことにより、十二指腸潰瘍を来してしまい、その部分が穿孔してしまったのだ。


「じゃあ、ここ下に軽く牽引してて」


「はい」


 助手をしてくれている長谷先生に指示を出しながら、十二指腸に針穴のような穿孔部分を確認した。


「持針器と3-0ください」


「はい」


 直介、通称機械出しと呼ばれる清潔野に入ってくれている看護師に伝え、右手の鉗子を持針器に持ち替える。


「この辺りの場所で、上から見下ろすようにカメラ見せてて」


「わかりました」


 スコピスト担当の現在外科をローテしてくれている研修医の山下先生にカメラの位置を調整するように指示をする。


 腹腔鏡手術に限らずではあるが、基本的に手術は1人ではできない。

 全身麻酔下での手術であれば、麻酔管理をしてくれる麻酔科の先生がいるし、手術中の記録をしてくれる看護師や、必要な機材を清潔野に出してくれる外回りと呼ばれる看護師、それに助手の先生が必須である。ゴッドハンドと、よくメディアで取り上げられる外科系有名医師も1人で手術していることはない。術者は指示を出しながら手を動かし、助手は術者が次に何をしたいかということを考えながらやりやすいように場を展開することを求められる。


 順調に進む手術は疲労感が少ない。

 そうなるようにお互いにコミュニケーションを取りながら手術を進めていく。

 ピンホールの穿孔部を糸と針で縫合閉鎖し、胃の周囲にある大網と呼ばれる脂肪組織を縫合閉鎖した周囲に縫い付けて被覆した。消化液が腹腔内に漏れ出てしまっていたため、生理食塩水で腹腔内全体を洗浄した。ドレーンと言う管を腹腔鏡操作のために挿入していたポートの傷を利用して穿孔部付近と骨盤の方に1本ずつ留置する。

 人間の腹腔内には液が溜まりやすい部分が存在しており、そこに消化液や血液などが残ってしまうと腹腔内膿瘍と呼ばれる膿だまりが出来てしまう。それを防ぐために吸い出し切れなかった腹水を持続的に腹腔内から外に出すようにドレーンを使用するのだ。

 腹腔内に使用したガーゼなどの遺残がないかを最終確認し、腹腔鏡操作を終了した。残ったポートを全て抜去し、傷を閉じにかかる。


「あー、やっとこれで寝れる……」


「昨日結構来たんですか?」


 ポート創部を縫合しながら長谷先生が尋ねてくる。


「1時で一旦途切れたんだけど、4時から1時間ごとに1人ずつ。しかも全然酷くもないタンスの角に足の小指ぶつけたとか」


「え、マジですか」


「マジマジ。で、7時くらいにこの人のコンサルト」


「ハズレ日でしたね」


 縫合した糸を切りながら長谷先生がこちら側の糸も切ってくれる。


「非番日当直がいいなぁ、やっぱ」


「たまに院内発生の緊急ありますけどね」


「3ヶ月に1回あるかどうかくらいだから、そっちのがいいよ」


 最後の傷を縫合し終わり、保護テープで創部を保護する。患者の身体にかけてあるオイフを外し、麻酔科と看護師に挨拶した。

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